【Vol.01】前書き ver. 2.0「マイルス・デイビスに関するオマージュ企画の仕事ってのはジャズ界隈の人間にとってはある種の罰ゲームでしかない」for『MILES : REIMAGINED』

『MILES : REIMAGINED 2010年代のマイルス・デイヴィス・ガイド』➡ https://www.shinko-music.co.jp/item/pid1643178/

まずは、ここに前書きのようなものを書いておこうと思う。

そもそもマイルス・デイビスに関するオマージュ企画の仕事ってのはジャズ界隈の人間にとって、ある種の罰ゲームでしかない。

ミュージシャンにとっても、評論家にとっても、ハードルが高いうえに、何をやっても褒められない、何をやってもdisられる、ロクでもない案件だ。ライフワーク的にマイルスをひたすら追って研究している研究者がその成果を発表するようなものなら話は別だけど。

例えば、ハービー・ハンコック<Rock It>を手掛けたことでも知られるビル・ラズウェルが監修してマイルス・デイビスの音源をリミックスして作り上げたアルバム『パンサラッサ』は、マイルスの音源を腫れ物に触るように丁寧に扱いながら、当時のクラブミュージックとも通じるサウンドに仕立てあげはしたが、古くからのマイルス・ファンには「テオ・マセロ以外が編集すんじゃねーよ」「この辺の音楽はよく知らないし、たぶん悪くはないんだろうけど、オリジナル聴いたほうがいいよな」というような冷たい評価しか受けられず、かといってマイルスを知らないリスナーからは「なんかリアルじゃないし」みたいな感じでスルーされてしまってさほど話題にもならず、つまり大して聴かれもしなかった。結局、あんなに方々に気を使ってやったのに貶されるわ、褒められもしないわで踏んだり蹴ったりだったように映った。個人的にも唯一、日本盤のボーナストラックに収められていたDJクラッシュのリミックスだけが面白かった記憶がある。やっぱりマイルス絡みの企画はビル・ラズウェルをもってしても罰ゲームだったのである。

そんな仕事が遂に僕の元にも来てしまった。マイルス・デイビス生誕90周年に公開されたマイルスをテーマにした映画『Miles Ahead』の音楽をロバート・グラスパーが担当したことで、マイルス・デイビスは今、扱わなければならないものになってしまった。しかも、グラスパーは『Everything's beautiful』というマイルス・デイビスの音源を使った再解釈盤まで作るという。グラスパーも罰ゲームを引き受けて、そこまでやるなら、僕も引き受けるしかないかぁと思って、なんだか勢いで引き受けてしまったのだった。

とはいえ、曲がりなりにも自分もジャズファンの端くれであり、マイルスに対しては思い入れもある。困ったなぁと思ったのと同時に意気に感じたのも確かだ。なので、僕の感覚としては「とにかくマイルスを聴け!」とか熱く思っているというよりは、これを機に「2016年にマイルスを楽しむにはどう聴けばいいのだろうか」ってことを本を作りながらじっくり考えていったという方が近いのかもしれない。結果的に熱心なマイルス研究者の方が作ってきたこれまでのマイルス本とはかなり毛色が違うものが出来た気がする。

そもそも90年代にドラムンベーストリップホップポストロックジャムバンドなどのムーブメントをきっかけに起こったジャズ以外のジャンルからのマイルス・デイビスの再評価から僕自身もずいぶん音楽の聴き方に関しては影響を受けたし、それがきっかけで僕は90-00年代の音楽とも呼応する新しい音楽としてマイルスを聴くことができた。そんな時期から、もうずいぶん時間が経ってしまって、しばらくマイルスを再評価する動きは現れていないのを個人的には残念に思っていた時期ではあった。若いリスナーへのジャズの紹介役をクラブジャズレアグルーヴが担っていた時代もあったが、その時期、クラブジャズの方面の方々によるジャズ評論への関与はゼロに等しかったことも、マイルスへのルートが閉ざされた原因としてあるだろう。空白を経て、今、若いリスナーがマイルスを聴くきっかけが見つからないかもみたいな寂しさと苛立ち。

そんな状況の間にも中山康樹さんはマイルスのディスクガイド『マイルスを聴け』に次々と出るブートレッグのレビューをを追加し、増補しまくり、ものすごい情報を提供していたし、菊地成孔さんはマイルスの研究本の決定版とも言えるような『M/D』を出版して日本のマイルス研究をものすごく先に進めていた。ただ、マイルスの音楽をリスナーレベルでカジュアルに楽しむための動きはあまりなかったのが正直なところだ。その間にあった音楽リスナーに向けた動きとしては、菊地さんがDCPRGダブセクステットなどの活動に絡めたりしながら、所々でマイルスについてたびたび発言して、孤軍奮闘していたことだけだったと言ってもいいかもしれない。

そこで僕が考えたのは、単純に90年代に起こったマイルス再評価の頃にあった様々なメディアの動きのように、(ジャズリスナーではなく)音楽リスナーがマイルスの音楽を掘り下げたくなるきっかけになるようなものを作れないかということだった。例えば、僕が『Jazz The New Chapter』シリーズで紹介しているようなロバート・グラスパーなどのジャズを軸にした動きに関心をもち、日々リリースされる様々なジャンルの刺激的な新譜を聴いて楽しんでいるような人たちのためにあるマイルスの音楽ガイドブックが作れないかと考えた。

クリス・デイブを聴く流れでトニー・ウィリアムスが参加していたころのマイルスを聴けるように、マリア・シュナイダーを聴く流れでギル・エヴァンスとコラボレーションしていたころのマイルスを聴けるように、というようなきっかけを作れたらというところから、この本の企画をスタートさせた。

僕がマイルスを聴くようになったのは、DJクラッシュ「死刑台のエレベーター」をネタに使っていると知ったからだし、トータス周辺のミュージシャンたちが『In A Silent Way』にインスパイアされていたと知ったからだった。今回の『Everything's beautiful』でのグラスパーやエリカ・バドゥハイエイタス・カイヨーテキングのサウンドが、あの頃の僕にとってのトータスやDJクラッシュのようにマイルスの音楽への導入になってくれたらという思いも込めて、彼らから話を聞いたりもした。

また、マイルスをより身近に感じてもらえるように、ライターに関しては読者から見て、というより、僕から見てリアリティがある人を選んだ。ミュージシャンであれば、同時代性を感じる音楽を作っている人だったり、そもそもジャズ以外のジャンルで活躍している人だったり、この人が書いてるんだったら聴いてみたいなと思える人たちに原稿を頼んだし、この人が語っているんだったらマイルスを今の耳で聴けるかもしれないと思えるようなミュージシャンに話を聞いた。

※ロバート・グラスパー、ハイエイタス・カイヨーテ、キング、渡辺貞夫、吉田隆一、坪口昌恭、挾間美帆、大谷能生、類家心平、黒田卓也、小林雅明、原雅明、高橋健太郎、ケペル木村、廣瀬大輔、村井康司、石若駿、横山和明、小川慶太、高橋アフィ、岡田拓郎、吉田ヨウヘイ、八木皓平、小浜文晶、長尾悠市、吉本秀純、花木洸

結果的に今までにないようなマイルス・デイビスのガイドブックになったと思う。

また、マイルスと言えば、日本制作盤を、しかも重要作をいくつも残している。今の日本の音楽業界の状況では考えられないようなことだと思う。せっかくの機会なので、そんな大仕事に関わった当時の関係者、伊藤潔中村慶一鈴木智雄の3人に話を聞いた。皆さん当時は20代。その時代だからこそ出来たってのはあると思うけど、なかなかに無茶なチャレンジしていた当時の話は、マイルスに関する話の貴重さだけでなく、こんな時代に生きる僕らにとっても何かの参考になるかもしれないなと思う。(ここだけは若干「ガイアの夜明け」「プロジェクトX」感ある。)

あと、僕なりのこだわりで気軽に聴けるオフィシャルアルバムを語ることにこだわった。ブートレッグを含めて語ることが当たり前のようになっていて、「ブートも聴かなきゃマイルスはわからない」というような言説も増えていたが、ここではオフィシャル・アルバムをどう聴けばマイルスを楽しめるかに絞った。個人的にはブートなんて無理に聴かなくてもマイルスは楽しめると思っているし。あくまでもマイルス・デイビス入門編としての読めることにはこだわっているので、CD買ってでも、アップルミュージックでも聴くでも、やり方は何でもいいので、気軽に音源を聴きながら、読んでもらえると嬉しい。元レコ屋として言うなら、マイルスのレコードはめっちゃ安いので、レコードで買うのもオススメ。

そういえば、ロバート・グラスパーが手掛けた『Everything's beautiful』だが、僕は結構気に入ってよく聴いている。特に<Ghetto Walkin'><Maisya>は素晴らしい出来だなと思う。このアルバムのどこが面白いかはビル・ラズウェルが『パンサラッサ』で全方位的に気を使った結果、どこからも評価されなかったことことや、マイルスを丁寧になぞったトリビュート盤が大抵スベっていることを念頭に置いて、自分がやることをマイルス・ファンを喜ばせることではなくて、自分より若い音楽ファンに楽しんでもらうことに絞ったことだろう。熱心なマイルスファンが「これのどこがマイルスなんだよ」と怒れば怒るほど、広く聴かれるアルバムになるんじゃないかなと思う。これを聴いた人全員がマイルスにアクセスする必要ないけど、100人に1人くらいマイルスの元音源を聴く人が現れたら、それでこのアルバムは成功だろう。そんな距離感でマイルスと対峙できるようになったのも、マイルスが亡くなって、25年が経ち、遠い存在になったこともあるだろう。マイルスが亡くなった91年、ロバート・グラスパーはまだ小学生だ。「もしマイルスが生きていたら、今、何をやっただろう」なんて口にするジャズファンがいまだにいるくらいにマイルスは常にリアルだと思われていた。しかし、そんなマイルスすらももう過去のものになってしまったことをグラスパーのこのアルバムで改めて感じたのだった。(それは「モダンジャズの終わり」みたいなことを実感したこととも同義なのかもしれない。)

でも、僕としては、それはいいことだと思っている。ようやく特別視せずに、神格化せずに、フラットにマイルスを楽しめる時代が来たのかなと思う。だから、『Miles:Reimagined』も『Everything's beautiful』を聴くのと同じように、気軽に読んでくれればいいなと思っている。マイルスと同時代を生きていない音楽ファンが作ったマイルス・デイビス・ガイドブックを、マイルスのことなんて知らない音楽ファンが読んでくれたら最高だ

さて、10年後はマイルス・デイビス生誕100周年。次の罰ゲームのバトンは特大だ。それを受け取るのは誰だろうか。大変だなーと思いつつも、それを10年後のマイルス本を引き受ける人がこの本の読者から出てきてくれたら、すげーうれしいなと思ったり。

                                                    柳樂光隆(Jazz The New Chapter)

『MILES : REIMAGINED 2010年代のマイルス・デイヴィス・ガイド』https://www.shinko-music.co.jp/item/pid1643178/

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柳樂光隆

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