見出し画像

ジャズリスナーのためのビヨンセ『HOMECOMING:THE LIVE ALBUM』

ビヨンセが2018年に音楽フェスのコーチェラでやったライブ音源が『Homecoming:The Live Album』としてリリースされた。世界が最も注目するフェスのためにビヨンセとそのチームがこのショーを #beychella と名付けて、特別に作り上げてきたプログラムは音楽史に残る偉大な記録になった。

その特別さに関しては、衣装とかメッセージとかゲストとか検索すれば詳しいものがいくらでも出てくるので、それらをググって参照してほしい。例えば、若林恵のこれとか必読。

ここではリアルタイム中継でも観て感動していた僕が今回、改めて音源がリリースされて聴いたことで再び感動したので、その音楽面について書いてみたい。

なぜなら、これはジャズのリスナーにも、というかジャズリスナーにこそ楽しめるものだと思うからだ。

その理由はバンドとダンサーだけでなく、沢山の管楽器と打楽器によるマーチングバンドを従えていたことや、その想像以上に渋いサウンドだ。

映画『ドラムライン』に出てくるような派手な音楽だが、ジャズリスナー的にはニューオーリンズ・ジャズ/ディキシーランド・ジャズとの共通点はすぐに見つかるはずだし、ニューオーリンズ・ブラスバンドとの共通点も見つかるはずだ。

ビヨンセはR&Bのボーカリストだし、打ち込みで作ったトラックをバックに歌う人だし、ジャズリスナーの自分には関係ないと思う人もいるかもしれない。確かに『Dangerously In Love』『I Am... Sasha Fierce』『4』『Beyoncé』あたりはいわゆるポップなR&Bなので、ジャズが好きな人、生音が好きな人にはたしかにちょっとしんどいかもしれないのも事実…

ただ、『Homecoming:The Live Album』はそのあたりが苦手な人にこそ聴いてほしい生音ベースのサウンドだ。

しかも紛れもない歴史的名盤だ。

そして、これまでジャズを聴いてきた人に楽しめるポイントがたくさんある。ここではそのあたりを書いていこうと思う。

ちなみにこのアルバムで最もすごいのは分厚いバックのサウンドもすべてねじ伏せてしまうビヨンセの圧倒的なボーカルである、というところもぜひ楽しんでもらいたい。

■アメリカ南部とルイジアナ州ニューオーリンズ

ビヨンセはアメリカ南部のテキサス州の出身。この音源とは関係ないが、ジャズピアニストのロバート・グラスパーやジェイソン・モラン、クリス・デイヴも通っていたヒューストンの名門高校Houston High School of Performing Artsの卒業生、という時点でジャズリスナー的には少しだけ親近感がわくかも。

テキサス州は、ジャズ誕生の地として語られることも多いニューオーリンズがあるルイジアナ州の隣に位置しているカリブ海に面した州でもある。アメリカのミュージシャンから「ルイジアナはアメリカの南部じゃなくて、カリブ海の北部だから」なんて言葉を聞くこともあるくらいルイジアナは特殊な場所だが、テキサスも隣なだけあって文化的にはかなり近い部分もある。

先ほどの「ルイジアナは北カリブ」発言じゃないが、アメリカ南部は昔からラテン系の人口も多く、たとえば、2014年のヒューストンの人種比率を見るとヒスパニック・ラテン系43.8%、白人25.6%、黒人23.7%、アジア系6%(出典:US Census Bureau)とヒスパニック・ラテン系の人口が多いことがわかる。

そんなルイジアナには、主にスペインやフランスなどのヨーロッパから、そして、カリブ海の国々から、またアフリカからの奴隷として連れてこられた人たちと、様々な人種が集まっていて、そこでざまざまな地域の文化が混じりあった中からジャズが生まれたとも言われている。

また、ルイジアナにはクレオールと呼ばれる人たちがいる。
ヨーロッパのスペイン人やフランス人とアフリカ系やネイティブ・アメリカンとの混血のことで、彼らがジャズの誕生に貢献したと言われている。そのフランス人の中にはフランス領の植民地だったカリブ海の国を経由してきた人たちも少なくなかったため、クレオールの中にはカリブの文化があった。例えば、ラグタイムの重要人物ジェリー・ロール・モートンもハイチの血を引くクレオール。つまりジャズのパイオニアの中にもカリビアン落ちが流れていたのだ。しかも「The Crave」なんて曲を書いていたりする。

それ以外にもルイジアナにはケイジャンと呼ばれる人たちがいて、ヨーロッパからカナダのアカディア地方にきたフランス系の人たちが追い出されてルイジアナに辿り着き独自の文化を形成していたりもする。彼らの音楽がクレオールや黒人の音楽と融合してザディコと呼ばれる音楽が生まれ、これもこの地域を代表する音楽になっていたりする。曲によってはカントリーやミュゼットみたいな雰囲気もあって、ミクスチャー具合が面白い。

そういったものがありつつ、先にも触れたニューオーリンズ・ジャズやブラスバンドもあるし、リズム&ブルースやファンク寄りのニューオーリンズ・ファンクとかセカンドラインファンクと呼ばれる音楽もある。ヒップホップの世界でもニューオーリンズファンクの代表的バンドのミーターズは度々サンプリングされているのでその筋でも有名だ。

ジャズはヨーロッパの音楽、アフリカの音楽、カリブ海の音楽がアメリカで融合してできたなんて言われるが、ルイジアナの音楽を聴いていると、それらの要素の組み合わせが違ったり、要素は同じでも配分が違ったりする音楽がアメリカにはたくさん存在していることがわかる。ルイジアナの音楽はどれもこれもジャンルや人種が入り混じっているのだ。

ちなみにビヨンセは父がアフリカ系で母がフランス系のクレオール。そういう意味では彼女自身がDNAレベルでアメリカ南部の多様性を体現しているような存在ともいえる。そんな自身の出自そのものみたいな音楽を作りだしてしまったのが『Homecoming:The Live Album』だと思って聴いてみると印象が変わるかもしれない。

■マーチングバンドのこと

そんな背景を考えながら、この『Homecoming』を聴くと、ビヨンセのバックにいるマーチングバンドのサウンドの中には、ニューオーリンズのカルチャーが入っていることがすぐわかる。そもそもニューオーリンズの文化を代表するイベントのマルディグラのカーニバルでもマーチングバンドのパレードがあって、これもまさに『Homecoming』の世界そのものだったりする。

その前に、マーチングバンドが面白いのは「ドラマーがドラムセットを叩くのとは異なる行為」である、ということを知ってから聴くとより楽しめる気がする。

マーチングバンドはドラムセットのように複数の太鼓を組み合わせたセットを一人が叩くのではない。一人が一個の太鼓を持ち、別々の太鼓を持った奏者が複数人で合奏することでひとつのリズムを作り上げる。例えば、以下のジャズ・ドラマーのケンドリック・スコットの発言を参照してほしい。

「ドラムの歴史を辿れば、シンバル、スネア、バスドラ、小太鼓、大太鼓みたいにそれぞれに担当の弾き手がいて、それぞれをバラバラに弾いていた。それをニューオリンズでジャズを始めた人たちが、これらをまとめてしまえば一人の人間が全部演奏できるんじゃないかと考えて、それがドラムセットになっていった。スネアとかバスドラはヨーロッパが発祥で、タムはネイティブアメリカンの音楽から来ていたり、シンバルはトルコや中国だったり、そういった異なる文化背景から来た楽器が一つに集まって、混じり合って、融合したのがドラムセットなんだ。」

つまりマーチングバンドはある意味ではドラムセットの先祖のようなもの、とも言える。

もともとはオスマントルコやイギリスなどの軍楽隊などがルーツにあるマーチングバンドだが、アメリカではドラム&ビューグル・コーと呼ばれ子供の教育の一環で行われていたり、その延長で高校や大学のスクールバンドでも行われ、フットボールのハーフタイムショーに出たりしていて、かなり身近な存在になっている。スクールバンドがその時期のヒット曲をどんどん演奏していたり、エンターテインメント要素も強いのも、身近な理由でもあるのかも知れない。例えば、サザン・ユニバーシティーはエラ・メイとかSZAとかを取り上げてて面白い。他の大学の動画を見ていてもどれも想像以上にパワフルでフィジカルな魅力に溢れている。

それにドラム&ビューグル・コーはゴスペルと同じようにミュージシャン育成のためになっていたりもして、アメリカの音楽シーンにおいて重要な存在だ。ディアンジェロ&ヴァンガードのトランぺッターのキーヨン・ハロルドやグレゴリー・ポーターのバンドのドラマーのエマニュエル・ハロルドはドラム&ビューグル・コー出身。ウィントン・マルサリスブランフォード・マルサリスも幼少期にやっていたとのこと。

それと同時にビヨンセがスクールバンドを使った理由に関しては、以下のリンクの「HBCU(歴史的黒人大学)──なぜ「大学風」デザインなのか?」を読むといいかと。

つまりビヨンセは教育の歴史みたいなところへの意識もあったと思われる。HBCUに関してはダニー・ハサウェイやロバータ・フラック、リロイ・ハトソン、ラリー・マイゼルらが学んだハワード大学(※教師としてドナルド・バードがいて、バードは教え子たちと共にブラックバーズというバンドを作り、ブルーノートに傑作を残したことでも知られる)が音楽の世界でも有名だったりして、ブラックカルチャーとは切っても切れない存在なので、彼女が取り上げる理由もよく分かる。

上のリンクの紋章の記事にも書かれているように、ここでは音楽や教育だけでなく、アメリカの黒人の歴史へのアプローチが様々な形で行われているのも重要なポイントだ。

■マーチングバンド的なカリビアン・ミュージック

ここでは想像に近い解釈を少し。

マーチングバンドのような一人がひとつの太鼓を叩き、複数人を組み合わせて打楽器のアンサンブルを作る音楽は、様々な場所に地域している。ただ、「パーカッションのアンサンブル」ということであれば世界中にあるが、「マーチングバンド的なスネアやバスドラムなどを使った軍楽隊の影響が色濃いドラムアンサンブル」ということになるとイギリスの植民地が多かったカリブ海によく見られる、ということになる。

例えば、バルバドスにはTuk Bandと呼ばれるマーチングバンド的な音楽があり、これはバルバドスの宗主国だったイギリスの軍楽隊と西アフリカのリズムが組み合わさってできたもの。他にもインドからバルバドスやトリニダードに移住してきたインド系カリビアンが生み出したTassaと呼ばれる音楽とか、大英帝国が植民地に残した軍楽隊の音楽が他の地域の音楽と結びついてできたマーチングバンドの兄弟のような音楽がカリブには残っている。

現代だとロンドンにあるスクールバンド的なマーチングバンドのチームのKinetikaBlocoが興味深い。

カリビアンが多いイギリスらしくトリニダードの楽器スティールパンが入っていたり、ロード・キチナーなどのカリプソの曲をやってたりして、まさにカリブ系譜の現行マーチングバンドそのもの。Blocoはブラジルのサンバチームを表す言葉だったりもするので南米的なイメージが加味されているのも面白い。

そんなロンドンから出てきたUKカリビアンを中心にしたグループがサンズ・オブ・ケメットというバンド。ドラムセット2台のツインドラムでリズムを作っているのでマーチングバンドとは違うが、リズムの組み立て方はマーチングバンドそのもの。ちなみにサックスのシャバカ・ハッチングスはバルバドスの出身で、チューバのテオン・クロスが前述のKinetikaBlocoの出身。

このライブでビヨンセがマーチングバンドを使ったことの中にはカリブ海の文化との繋がりを見出しやすく、カリブの音楽要素と混ぜやすいという意図もあったのではないだろうか。なんて思っていたら、『Homecoming』のドキュメンタリーの方にサンズ・オブ・ケメットの音が実際に使われていたらしいので、この憶測もあながちハズレでもないのかもしれない。

ちなみにサンズ・オブ・ケメット『Your Queen is Reptile』は「イギリスの女王制や階級社会、人種問題などへのメッセージとして、エリザベス女王ではなく、自分たちなりの女王の誕生を祝う」というコンセプトがあり、それぞれの楽曲にはシャバカ・ハッチングスが尊敬しているという「アメリカを中心に、イギリス、アフリカ、ジャマイカなどで人種差別などに立ち向かい時代を切り開いてきた有色人種の女性」の名前が付けられている。そのコンセプトは『Homecoming』と合致している。

■『Homecoming』と現代ジャズの接点

ちなみにマーチングバンドは各太鼓に複数人数がいて、ユニゾンする分、音量や音圧はかなり凄まじく、生音だけでもかなりのものになる。ビヨンセはその強力なエネルギーをフェスの場で活かしているわけだ。

一方で、ユニゾンはかなり揃っているとはいえ、人間がやる分わずかなズレは出る。ただ、そのズレがワイルドさを生むし、パワフルさの一因にもなる。スクールバンドの動画を見ていると、どこのチームも上手いけど、荒々しい。ただ、それらはスクールバンドの魅力であり、それを効果的に使っているのがこのライブの魅力にもなっている。

そして、そのマーチングバンドに様々なリズムを叩かせるだけでなく、あくまでも今の音として鳴らすためにトラップレゲトンなども意識したプログラミングのビートが多用されていれ、そのプログラミングされたビートの音色とマーチングバンドのドラムのサウンドをうまく組み合わせたアレンジがめちゃくちゃ良くできているが魅力になっている。トラップやレゲトン、ヒップホップから、ファンク、ゴーゴー、レゲエからラテン、アフロビートなどがものすごくうまく溶け込んでいることに驚く。

ただ、このプログラミングと生演奏の融合手法は現代ジャズリスナーには割と親しみのあるものだと思う。

ルイジアナ出身のトランぺッターのクリスチャン・スコットがドラムセットの中にアフリカのパーカッションやドラムパットを組み合わせて、リズムの音色の一部を微妙に変えることで、アフリカやラテンのリズムとヒップホップやトラップのリズムを組み合わせるやり方にも似ている。

ヒップホップやロックのビートをニューオーリンズジャズと融合させるプリザベーション・ホール・バンドあたりとも通じているし、リヴァース・ブラスバンドソウル・レヴェルズホット8ブラスバンドなど、ヒップホップ以降に出てきたニューオーリンズ・ブラスバンドとも同じ地平にあるだろう。00年代以降のニューオーリンズ・ブラスバンドはヒップホップとかなり密接で、ラッパーとの共演も多い。

例えば、プリザヴェーション・ホール・バンドは2016年にキューバ音楽をテーマにした『So it Is』をリリースしていたりも。ここ数年はアメリカ音楽とカリブ音楽の関係性にフォーカスした音楽を耳にすることも少なくないが、ニューオーリンズとキューバの音楽の共通点をわかりやすく聴かせてくれるこのアルバムを聴くと、『Homecoming』のマーチングバンドのサウンドからもルイジアナの音楽がどんなものなのかを少し感じられたりもするかもしれない。

そういったジャズの流れを意識してみると、コーチェラでのビヨンセの試みは、過去のジャズから現代のジャズまで、様々な接点がある音楽でもあるとも言える。この点でジャズリスナーはかなり楽しめる条件がそろっていると僕は考えている。

■『Homecoming』に聴こえるカリブ音楽

『Homecoming』における、ルイジアナなどアメリカ南部っぽさみたいな話で言えば、この音楽の中にはレゲトンやレゲエが入っていたり、クラーヴェっぽかったり、アメリカ南部の音楽に含まれているカリブの要素をわかりやすく提示してくれているようにも思える。

最も象徴的なのが「Mi Gente」と共演しているJバルヴィン
Jバルヴィンはコロンビア生まれのシンガー。レゲトンの影響を受けた音楽性とスペイン語で歌うことでも知られる。レゲトンはカリブ海のプエルトリコ発の音楽で、ダンスホールレゲエとヒップホップと、プエルトリコの音楽が融合してできたような音楽。家族やデスチャ以外のゲストが出ていないのに、アメリカとカリブの音楽が混ざり合ってできたレゲトンのサウンドで、しかもスペイン語のままで、アメリカで大きな成功を収めているJバルヴィンを敢えて起用していることには大きな意図がありそう。

そこから1曲挟んで、ジャマイカのシンガーのドーン・ペンの名曲「No No No」のカヴァーを「You Don't Love Me(No No No)」としてやっている。

この曲のストーリーがかなり面白い。
もともとはウィリー・コブ「You Don't Love Me」のカヴァーだが、これはボ・ディドリー「She's Fine She's Mine」を下敷きに作られている。

ウィリー・コブはルイジアナ州の北隣にあるアーカンソー州出身のブルースシンガー/ハーモニカ奏者。

ボ・ディドリーはアメリカのロックンロールにおけるレジェンドで、ミシシッピ州生まれ。ミシシッピはルイジアナの東隣にあるカリブ海に面した南部の州だ。

カリブの要素をDNAにもつアメリカの音楽がカリブ海のジャマイカの音楽に影響を与えていて、それを再びビヨンセがカヴァーする。

「You Don't Love Me」は幅広いジャンルでカヴァーされていてオールマン・ブラザーズ・バンドやジョン・メイオール、マイク・ブルームフィールドなどのブルースロックから

ブッカーT&MG'sやアイク&ティナ・ターナーなどのソウルの世界まで

それをのちにカリブ海のバルバドス出身のリアーナがカヴァーしたり。

それを今、ビヨンセが歌うわけだ。この曲の経緯を追うだけで、人種を超えて、アメリカとカリブの間で文化が行き来して、新しいものが生まれるその交流を見ているようで、ビヨンセはそんな歴史を提示しているようでもある。

そして、「You Don't Love Me(No No No)」から「Hold Up」につなぐ流れも見事で、この間ではジャマイカの女性DJシスター・ナンシー(Sister Nansy)の名曲「Bam Bam」が引用されている。

ジャマイカではMC的な人のことをDJ=DeeJayと呼ぶが、彼女はそのパイオニアの一人。そして、この曲は数々の楽曲でサンプリングされている最も有名なレゲエのサンプリングソースのひとつでもある。

例えば、ローリン・ヒル「Lost Ones」。カリブ海のハイチ出身のワイクリフ・ジーン、プラーズと共にフージーズをやっていたローリン・ヒルはフージーズ時代からソロに至るまでレゲエを中心にしたカリブ音楽からの影響を強く受けている。そんな彼女がこの曲をサンプリングするのはよくわかる。

他にはカニエ・ウエスト「Famous」でもサンプリングされていて、ここではバルバドス出身のリアーナが歌っている。ちなみにこの曲のラストではニーナ・シモンの声もサンプリングされている。

「Bam Bam」は『Homecoming』のテーマでもある「黒人」「女性」にもふさわしく、またヒップホップとの関係はカリブとアメリカの音楽的な交流にも合致する。そして、ビヨンセの夫のジェイZ「Bam」でサンプリングしていたり、馴染みも深い曲だ。

そもそもヒップホップの誕生にはジャマイカからの移民のDJクールハークが関わっていて、レゲエから来たダブやト―スティングが重要な要素だったし、その歴史にはラティーノやプエルトリカンたちも関わっている。『Homecoming』はそんな歴史も思い起こさせてくれる。

また、「Deja Vu」ではフェラ・クティ「Zombie」が引用されていててアフロビートが取り入れられている。ここではカリブだけでなく、アフリカの音楽も使われている。

フェラ・クティのアフロビートの構成要素を考えるとそこにはジェイムス・ブラウンのようなファンクも入っていれば、アート・ブレイキーのようなジャズも入っているし、アフリカのハイライフも入っている。

ジャズドラマーのアート・ブレイキーはアフリカに長期旅行に行ったり、アメリカにいるアフリカのパーカッショニストたちと録音したりもしている。ブルーノートに残した『オージー・イン・リズム』『ホリデイ・フォー・スキンズ』『ジ・アフリカン・ビート』のアフリカ3部作はジャズリスナーにはお馴染み。彼はアフリカ音楽からの影響を受け続けた人でもある。

一方で、フェラと共にアフロビートを創出したドラマーのトニー・アレンはアート・ブレイキーのトリビュート・アルバムをリリースしていたりもするほどで、ブレイキーからの影響の大きさを何度も語っている。

そんなトニー・アレンが生み出したアフロビートは現代ジャズの重要人物クリス・デイヴネイト・スミスあたりに大きな影響を与えていて、彼らはトニー・アレンへのリスペクトを惜しまない。つまりアフロビートとジャズの間にはアフリカとアメリカの間の影響の往復があるのだ。

そういったカリブ海/アフリカとアメリカの間での影響関係の往復を感じさせる曲を繰り返しカヴァーしているのも意図的なんじゃないかなと。

他にもアメリカ国内の音だけでもいろんなものが提示されている。
ニーナ・シモンの声だったり、ザップ&ロジャーの曲を2パックDrドレがサンプリングした西海岸ではお馴染みの「California Love」だったり、「Deja Vu」ではアフロビートの上にギャンブル&ハフによるフィリー・ソウルを思わせる流麗なストリングスが施されていたり、ところどころに小ネタが仕込まれていて、アメリカのブラックミュージックを知ることができる。そういう部分でも歴史に対して自覚的で、『Homecoming』は教育的なプログラムであるとも言えるかもしれない。

■『B'Days』『Lemonade』との繋がり

とはいえ、ポップスターのビヨンセがいきなりこんなことをやったのかというと、意外とそうでもない。彼女の音楽をさかのぼると、

『B’Day』ではファンクやゴーゴーをはじめとした生音のサウンドとニューオーリンズ・バウンスと呼ばれるアメリカ南部のビート、更にはジャマイカのレゲトンなどのビートがアルバムの中で同居していて、全体的に生音っぽい。

『Irreemplazable』はスペイン語で歌ったラテン系のR&Bアルバム。南部にいたからスペイン語には馴染みがあったそう。

『Lemonade』ではサザンソウル~サザンロック的な「Don't Hurt Yourself」から、ジョナサン・バティステあたりを想起させる弾き語りのゴスペル「Sandcatle」、ニューオーリンズジャズやザディコが混じったような「Daddys Lesson」とめちゃくちゃアーシーでかっこいい。ジャック・ホワイトみたいなアメリカのヴィンテージな音楽に精通したロック・ミュージシャンが起用されるのも納得だ。

ジャズリスナー的には、オルガンが印象的な「Freedom」ではドラムがマーチングバンド的なものだったりするし、めちゃくちゃウネるベースラインはなんとマーカス・ミラー「All Night」では再びマーカス・ミラーがレゲエを思わせるベースラインを強烈に奏でていて、そこにブラスセクションのリフ重なる。とりあえずこの2曲だけでも聴いてもらいたい。

「Formation」ではルイジアナを襲ったハリケーンのカトリーナの被害へのメッセージも込めた歌詞とヴィデオを作り、サウンド的にもニューオーリンズ・バウンスやニューオーリンズ・ブラスバンドを思わせるホーンが入っていたりもして、聴きこむと発見があって面白い。「父はアラバマ、母はルイジアナ」とカリブ海に面した南部のDNAをアピールするリリックも印象的だ。

ビヨンセは思いっきりポップに振り切ったトレンド全開なアルバムも多いが、『B'days』『Lemonade』に関してはアメリカのルーツミュージックの要素を大胆に取り入れていて、かなり異質だ。

どちらかというとザラッとしてて土臭かったり渋かったりするサウンドも多くて、なんならディアンジェロやエリカ・バドゥあたりのネオソウルよりもはるかに渋くて、ラファエル・サディークあたりと近い感覚で聴ける、のかも。むしろノンサッチ・レーベルの作品を聴くようなアメリカーナ的な志向のリスナーにこそ聴かれるべきサウンドといってもいいかもしれない。

それを知ってから『Homecoming:Live Album』を聴くと、このライブが『Lemonade』の延長にあるのがよく分かるし、これまでの彼女の音楽の様々なものが入り込んだ集大成的な音楽でもあることもわかる。

そして、アメリカのポップミュージックの最先端にはラテンからレゲエから、ニューオーリンズまでトレンドだけでなく、様々な物が取り入れられていて、それが古くて新しく、刺激的でどこか懐かしいサウンドで鳴らされていることもわかる、のだ。こういう音楽が、過去の豊かな音楽への入り口になったら最高だなと思わせてくれるのも最高だ。

こういう音楽こそ、僕がJazz The New Chapterで取り上げたい音楽の理想なのだ。

※最後までお読みいただきありがとうございました。
この後、テキストは何も書いてませんが、
ここまでの記事に100円の価値があると思ったら《購入》を、
もっと価値があると思ったら《サポート》をお願いします。
『Jazz The New Chapter』の制作費にします。

この続きをみるには

この続き:0文字

ジャズリスナーのためのビヨンセ『HOMECOMING:THE LIVE ALBUM』

柳樂光隆

100円

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

この記事は無料で全文公開しています。記事が気に入ったら、(100円~) お気持ちを投げ銭的にサポートをしてもらえたらうれしいです。いただいたサポートは全て『Jazz The New Chapter』の制作関連に使わせていただきます。

あざっす››››( ˙ᵕ˙ )
73

柳樂光隆

79年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。『MILES:Reimagined』、21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など

柳樂光隆の音楽評論

柳樂光隆が書いた音楽に関する論考的なものを中心に。ここだけに公開するインタビューもあります。
5つ のマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。