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interview 福盛進也 - about Shinya Fukumori Trio『For 2 Akis』 後編「僕はドラムを打楽器とは思っていない」


「2018年にECMから日本人ミュージシャンがデビューする。」という情報を得たのは2017年の夏ごろだった。ECMの本社があるミュンヘンに在住の30代で福盛進也という名前のドラマーだと知ったが、どんなミュージシャンなのか僕は何も知らなかった。

会いに行ったのは2017年の8月。関西弁のイントネーションが残る穏やかな語り口で「ユニクロのECMのTシャツ出てましたよね。僕、爆買いしましたよ。」とか言ってしまうような大のECM好きの彼はジャズ史における超名門レーベルでありながら、謎も多いECMでのレコーディングの貴重な経験をたっぷり語ってくれた。

1万字越えで、分量は多いが、今のジャズを知るためのヒントが詰まっていて、『Jazz The New Chapter』の読者には有益な話があまりに多い。ここは前編・後編の二つに分けて、あまり編集せずにほぼノーカットで全文を載せようと思う。
まずは以下の前編を読んでいただきたい。

この後編ではアルバム『For 2 Akis』の話とECM、そしてマンフレート・アイヒャーの実像にも迫る貴重な話を中心にお送りする。(インタビュー・編集・構成:柳樂光隆 )

――レインボウスタジオで録ったデモをECMに送ったら、レーベル・オーナーのマンフレート・アイヒャーが聴いてくれて気に入ってくれたんですか?

「オフィスに来れるか」って感じで連絡をくれて、ECMのオフィスに行ったんですよ。そこで「興味があるから生で一回見てみたい」ってことになったんですけど、なかなかタイミングが合わなくて、一年後くらいにリハーサルを見に来てくれて、そこで「じゃ、録音しよう」って。

――その時のリハの様子は?

ほとんどコンサートみたいな感じで僕らが演奏して、それを一人で聴いてくれる感じ。でも、その時点でプロデュースしたい気持ちがあったのか、「ここはこうしたほうがいんじゃないか」とか「そこはあまりよくないから削ってこういう風に変えたらどうだ」とか言ってくれましたね笑 終わったら、「充分聴いて、録音したいと思ってるから、また連絡くれ」って。

――かなり口を出す人なんですね。

もうかなり。メンバーの一員みたいな感じですね。録音中も。最初からアルバムの全体像を見てるみたいで。それは僕らには一切教えてくれてないんですけどね。その時に持って行った曲はバラード系が多かったから、「ほかにもっとテンポのある曲が必要だよね」とかそういう風に全体像を考えて口を出してましたね。アレンジも一緒になって考えてくれたり。

――ECMっぽいサウンドって、現場でのマンフレートの意見もかなり入ってできているんですね。

どっちかと言うとそうですね、だからマンフレートとの共同の作品ですよね、ECMは。
やっぱり、2・4のバックビートがあるような音楽は好みじゃなかったですね。僕のアレンジでそういうアレンジもあったんですけど、「なんかジャズクラブでやるような音楽だね、ちょっと変えたほうがいいね」みたいな感じで。

――「ECMにはアート・ブレイキーは要らない」みたいなことを言ったって逸話がありますけど

リッチー・バイラークが言われたんですよね。そういうグルーヴする感じは欲しくないみたいで、「テンポがある曲は欲しいけど、そういうアプローチじゃないものにしてほしい」って感じですね。特に対話=ダイアローグみたいなものを重視していましたね。ピアノとサックスとドラムが曲の中でどういう風に対話していくのかってことを僕らにずーっと言ってましたね。

――インタープレイをすごく重視してるんですね。

メロディーの部分にもそういうことを意識してほしいみたいで、「サックスだけがメロディーを吹くんじゃなくて、サックスはこの部分はメロディーを吹いて、ピアノもその後ちょっと弾いて」とか。

――ちなみに曲に関しては譜面に書いてます?

譜面はありました。でも、録音の時にマンフレートが「譜面は見なくていいから。メロディーは覚えているでしょ?」って。譜面通りの構成じゃなくていいから、対話を重視してやってみようってのは何曲かありましたね。「満月の夕べ」はそんな感じで進みましたね。「星めぐりの歌」もそうですね。シンプルな曲に対して、そういうアプローチを求められることは多かったですね、ちょっと面白みを付けたいというか。あと、面白かったのが、僕らは「星めぐりのうた」から録音しようと思っていたんですけど、「この曲は一番最初に録音するような曲じゃないよ」って言われたんですよ。録音するときにもストーリーを付けて雰囲気を作るというか。

――録音にも順番があるってことですね。

それはけっこう言われて。「ここはこの曲じゃないでしょ、もっと他の曲はないの?」とか。

――それは収録順とは全然違うんですよね?

そうですね。アルバムの曲順は「星めぐりのうた」から始まっているので。マンフレートが言っていたのは、「音楽と言うのは出来上がった作品じゃなくて、作る作業が大切だし、プロセスが大切なんだ」と。そういうところに重きを置いて進めているみたいですね。初日に録ったOkテイクも次の日に聴いたら違うかなってなってまた変えたり、二日目の進み具合によってまた変えたり。

――それ、誰か他の人も言ってましたね。録ってから後で音源が送られてきて、「これ本当に収録したい?」みたいな感じで聞かれて、結局、それは使わずにもう一回録り直したらいいのが録れたって。

エンリコ・ラヴァがマンフレートを喜ばせようと思って、レコーディングの初日にルバートのバラードをたくさんやったらしいんです。それがすごく良くて、マンフレートが上機嫌だったらしいんだけど、翌日に「昨日の録音はすごく良かったけど、足りないものが一つだけある、バラードが必要だ」って。それでもっとゆっくりのバラードを作らされたって笑

――すげー笑。引き出す系のプロデューサーなんですね。

結構厳しいことも言うんですけど、「それもプロセスの一部だ」って自分でも言ってましたね。テイクがダメだと思ったら、すぐにカットして、「次もう一回やってくれ」みたいな。

――OKかどうかは瞬時に判断するんですね。

そうです。「そのアプローチじゃだめだ」みたいな。

――シビアですね。演奏を止めるってことですもんね。

そうですね。曲の途中でも「このアレンジはあまりよくない」とか言いますしね。しょっちゅうじゃないですけどね。ワンテイク録音したら、「コントロールルームに来い」って言われて、音を聴きながら話し合って次に進めることも多かったですね。僕らと一緒に聞いて判断してましたね。

――ちなみにデモ音源を聴いた感じだと。日本の曲がいくつかあったじゃないですか?宮沢賢治の「星めぐりの歌」、瀧廉太郎の「荒城の月」、小椋桂の「愛燦燦」、ソウル・フラワー・ユニオンの「満月の夕」とか。あの辺の曲をマンフレートはどう判断していたんですか?

気に入ってましたよ。そういう日本的なメロディーとか、和声とかの部分が僕らの音楽を好きになってくれた理由なのかなと思ってます。


――非アメリカ的な、ブルースとかゴスペルとかそういうものとは違うメロディーとか和声をECMが求めているってのはよくわかりますね。

あとは、日本人が日本のことをやっているというか、そういうオーセンティックな感じが好きみたいで。彼がよく言うフレーズで「ミュージカル・トラベラーみたいなものは好きじゃない」っていうのがあって。いろんな土地のものを引っ張ってきて、詰め合わせるのは好みじゃないと。1曲目はブラジリアンで2曲目はヒップホップみたいな感じでその土地に根付いてないような感じは好きじゃないみたいですね。

――演奏者やその演奏者の住んでいた土地に根付いているというか、染み付いているようなものが好きってことですね。

オーセンティックな、その土地のものを出せる人が好きみたいですね。だから、世界中の音楽をECMでやっている。

――たしかに世界中のものを取り扱っているけど、そこに色んな地域のものが詰め合わせてある感じはないですね。ちなみにECMと言えば、音響も特徴的ですが、ミキシングはどうでしたか?

マンフレートがご機嫌で。レコーディングの時とは全く違う顔を見れたっていうか。鳥が飛んでいるイメージで聴きながら踊っていたり、ジョークもいっぱい言ってて、すごく上機嫌でしたね。ミキシングをやるのが好きみたいですね。

――ミキシングでサウンドは変わりました?

変わりましたね。あと、マンフレートはリヴァーヴの機械を自分でいじりたいみたいで、エンジニアには「触るな!」って言ってましたよ。

――なるほど。ところでこのアルバム『For 2 Akis』ってどういうコンセプトで、どういうイメージで曲を作ったんですか?

日本的なものっていうのはイメージにはありました。昔の日本の曲とかをこういうECM的なアプローチで演奏できて、それを一つのアルバムとしてまとめたかったですね。自分が作る曲も日本的な和声とかメロディーのものが多いので。

――タイトルは『For 2 Aki’s』というのは?

大阪にいんたーぷれい8ってお店があって。日本に一年半だけ帰っていた時にずっと通っていた店で、その頃は仕事もなかったんですけど、そこのマスターだけは僕のことをほめてくれてて。いつも「仕事ないやろ」って言って、ご飯出してくれたり笑 そこで僕のプロデュースのライブのシリーズをやらせてくれたりサポートしていてくれたんです。マスターの中村明利アキトシさんとスタッフのアキさんの二人の《アキ》ために僕が最初に書いたルバート的な曲が「For 2 Akis」で、その曲名をタイトルにしました。バンドの二人もその曲が好きだっていってくれていて、バンドとしてスタイルが確立された曲でもあって、3人の中でも思い入れのある曲だったので。

――このアルバムではサックスのマテュー・ボルデナーヴとピアノのウォルター・ラングのどういうところを引き出すような音楽にしようと思いましたか?

彼らの得意なところだけを引き出そうと思いました。ウォルターだったら、メロディーラインがきれいだから、難しいコード進行じゃなくて、シンプルに弾いてもらおうと思ったし、そこが日本的な曲にも合うかなと思って誘っていたので。マテューはフリーのラインがすごいから、そこをうまく使えるようにアレンジできたらいいかなと思って。彼はテナーサックスなんですけど、音はアルトのレンジが凄くて。だから、高い音の曲とかも多いんですよ。

――ヤン・ガルバレクとかが好きな人ですか?

そうですね。でも一番好きなのは、ウォーン・マーシュだって言ってましたね。

――彼は今、いくつですか?

33くらいかな。

――じゃ、ウォーン・マーシュとか、ウォーン・マーシュから影響を受けたマーク・ターナーとかも好きですよね。

マーク・ターナーも好きだし、リー・コニッツも好きですね。今度、リー・コニッツと僕のトリオと一緒に演奏するんですよ(+ベースのHenning Sieverts)。ミュンヘンで10月に。それはマテューのリーダーバンドってことで、フィーチャリング・リーコニッツ。ミュンヘンのラジオ局が持っている大きいホールで。

――ちなみにルバートでインプロ・パートの多い曲って、どういう感じで作曲するんですか?

インプロ部分は口出しはしないです。楽譜を渡して、この部分はルバートでやってほしいとかですね。でも、かなりシンプルな楽譜であまり書いたりはしてないですね、ほとんど任せてます。あと、僕はドラムを演奏しながら、バンドをコントロールできると思っているんですよ。たとえば、ダイナミクスとかに関してはコントロールできる。

――なるほど。ちなみにこういう曲でドラムを叩くのって、リズムを刻むのとは違いますよね。

大阪のいんたーぷれい8に行っていた時にフリージャズをやる機会が多くて、その時に教えてもらったのは、あくまで音楽だから、フリーだからと言ってデタラメを叩いていいわけではないし、デタラメでは意味がないということ。だから、ドラムもシンバルをメインに刻むのとは違うんだけど、シンバルをメインの音として、メロディーを作っていきながら音楽を作るのが大事って教えられたんですよ。僕自身はドラムを打楽器とは思っていないから、音階ではないんですけど、メロディーを作り上げるというか、自分の頭の中ではコード進行みたいなものをずっと描きながら叩いています。

――リズム楽器というよりはメロディー楽器くらいのイメージでやっていると。ブライアン・ブレイドもドラムで歌うって話を僕にしてくれたことがありました。

そうですね。あとは、お互いに音を聴けるっていうことが一番大事だと思ってますね。

――僕はECMすごく好きなんですけど、ECM的なサウンドって演奏者が何を考えてやっているのかを伝えるのってすごく難しいんですよね。

僕は、抽象芸術的なことだと思うんです。僕はジャクソン・ポロックとか好きなんですけど、そういうのって見て、理解しようとした時点で負けというか、わからなくてもいいんじゃないかなって。このサウンドがなんかいいなって、雰囲気を楽しんでもらえたらいいなって僕は思ってます。

――たしかに、マンフレートも、実はアトモスフィアみたいなものを楽しんでいる部分も大きい気がしますね。

自分は音楽を作るときは、雰囲気が一番大事だと思っているんですよ。絵画展とか言って、絵の色使いとか、形がいいなとか、雰囲気を楽しめばいいかなって。

――絵画の話がでましたけど、ECMって色で言うとモノトーンですよね。色が少ないところで、違いを出していくためには例えばどういうところで工夫すればできますか?

僕は流れをしっかりと作りたいというか、ストーリーをちゃんとしておきたいですね。このアルバムのような演奏をするときには、川が流れるようになってほしい。川の水の流れって止まらないじゃないですか、そういう音楽であってほしいとは思っていますね。あとは、ダイナミクスには気を付けてますし、そこは自分の得意とするところですね。川の流れって、自然だからなめらかじゃないところもあるじゃないですか。急に木が流れてきたりとか、そういうイメージもありますね。

――それにしてもECMからデビュー作を出す人が出てきたのは驚きました。

ちなみに、日本人だと僕より先に田中鮎美さんが参加したトーマス・ストレーネンのアルバム『LUCUS』がリリースされてますよ。
最近は琴奏者の中川果林さんがアンダーシュ・ヤーミンレナ・ビッレマルク『Trees Of Light』で、

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琴奏者のみやざきみえこさんがマイケル・ベニータ&エシックス『River Silver』でレコーディングしていたり。

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鮎美さんはノルウェーのオスロに住んでて、ECM関係のミュージシャンとよくやっているから、ECMのレコーディングはこれからもどんどんやるんだろうなと思います。

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この福盛進也のインタビューと併せて、ECMに関する大特集を行った『Jazz The New Chapter 2』も参照いただけると嬉しいです。

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