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ドン・ウォズが行うレーベルの歴史の再定義と再提示 - ウェイン・ショーターとチャールス・ロイドのブルーノート復帰のこと for 『ALL GOD'S CHILDREN GOT PIANO』

音楽サイトのリアルサウンドに以下の原稿を寄稿しました。

柳樂光隆の新譜キュレーション 第6回
〈ブルーノート・レコード〉新譜5選 ブルーノート・レコードは再び最高到達点に? 
http://realsound.jp/2018/03/post-168363.html

これは2017~2018年にブルーノートがリリースした作品の意味を僕なりに考えたものです。

・Dr.ロニー・スミス『All In My Mind』 Spotify AppleMusic

・ルイス・ヘイズ『Serenade for Horace』 Spotify AppleMusic

・トニー・アレン『The Source』 Spotify AppleMusic

・クリス・デイヴ『Chris Dave and The Drumheadz』 Spotify AppleMusic

・ブルーノート・オールスターズ『Our Point Of View』 Spotify AppleMusic

DRロニー・スミス、ルイス・ヘイズ、トニー・アレンといった70歳を超えるレジェンドたちがなぜ再びブルーノートに吹き込んだのか、ということを中心に今、ドン・ウォズがやろうとしていることを読み解こうとしたテキストと言えます。

ここでは最近の話題に終始していますが、基本的にはドン・ウォズの目論見の出発点は、ウェイン・ショーターとチャールス・ロイドにあると僕は思っています。ここではリアルサウンドの記事への補足のような形でブルーノートを解説しようと思います。

※ブルーノートがどんなレーベルなのかは上の記事 ↑ を見るとわかりやすと思います。

・ウェイン・ショーター『Without A Net』 Spotify Apple Music

・チャールス・ロイド『Wild Man Dance』 Spotify Apple Music

『Without A Net』がリリースされた2013年ごろのドン・ウォズの証言によれば、ブルーノートの社長を引き受けた時にまず思ったのが、ウェイン・ショーターの復帰。2012年に社長に就任してすぐにそれを実現させます。

そして、チャールス・ロイドの証言によれば、ドン・ウォズから約3年口説かれ続けたことで、2015年、この先もずっと所属すると思っていたECMからブルーノートに移籍をして『Wild Man Dance』をリリースした、と。つまり、チャールス・ロイドのリリースもまたドン・ウォズにとっての社長就任してすぐに取り掛かった案件だったと思われます。

ウェイン・ショーターは60年代からブルーノートに数多くの名盤を残してきたレジェンドでブルーノートの伝説の一部ということは誰もが認める看板アーティストで、今ではハービー・ハンコックと並ぶ現代ジャズの最大の影響源の1人でもあります。僕がこれまでに取材してきて、最も多く名前が出たのが、ショーターとハンコック、そしてセロニアス・モンクという印象があります。

一方のチャールス・ロイドはというとサイケデリック・カルチャー真っただ中の1967年にリリースした『Forest Flower』でおなじみのサックス奏者で、ジャズの枠を超えた大スターだったのですが、突如音楽シーンから離れ、西海岸で隠遁生活に入ります。しかし、80年代に突如復帰し、特に90年代以降はECMに所属して新たな最盛期を生み出しているレジェンドです。そのチャールス・ロイドですが、一般的にはブルーノートのイメージがあまりない人だと思います。でも、実はブルーノートにとって大きな役割を果たした一人。ここではその話をしようかと。

チャールスは1985年にブルーノートから『A Night In Copenhagen』をリリースしています。このアルバムは1983年に録音されたライブ盤で、当時ヨーロッパのシーンを席巻し、アメリカにも進出した時期の天才ピアニストのミシェル・ペトルチアーニが参加していることでも知られています。

当時、西海岸で隠遁状態だったチャールス・ロイドをわざわざ家まで訪ねて行き引っ張り出したのが、ミシェル・ペトルチアーニでした。それまで長い間、ジャズから離れ、サックスすらほとんど手にしていなかったと言われるチャールスを天才ピアニストが突き動かし、チャールスが再びジャズの世界に戻ってくるきっかけを作ったのです。そのあたりのストーリーはペトルチアーニのドキュメンタリー映画『情熱のピアニズム』でも見られるのでぜひ見てみてください。

このコラボレーションを経て復帰したチャールス・ロイドはブルーノートに一枚だけ作品を残し、その後、ECMと契約し、ジェリ・アレンやボボ・ステンソン、ブラッド・メルドー、ジェイソン・モランらと数々の傑作を録音していきます。一方のペトルチアーニはチャールスとの活動を経て、華々しくUSに進出し、ブルーノートと契約。その短い生涯の中で数々の名盤を生み出します。そんな2人の作品群は現代ジャズにも少なくない影響を与えています。

このペトルチアーニとの契約がなぜブルーノートにとって大きいことだったのか。実は、1979年から1985年までの時期、ブルーノートはレコーディングを止めていて、実質休眠状態でした。そのブルーノートが再び動き出す際の目玉が80年代ジャズシーン屈指の才能だったミシェル・ペトルチアーニであり、その中の重要なピースとしてチャールス・ロイドとペトルチアーニの共演盤のリリースがあったからでう。ブルーノートの復活を祝うために盛大に行われたライブ『One Night With Blue Note』にもチャールスとペトルチアーニが出演しているあたりにも、この2人の存在の大きさがうかがえます。

つまり70年代までのモダンジャズをけん引してきたブルーノートから、一時期の休止期間を経て、あらたな時代のブルーノートへと切り替わる時期に多大な貢献していたのが、ペトルチアーニであり、そしてチャールス・ロイドだったのです。

そして、80年代から、ジャズの歴史はまた大きく動き出し、現在のシーンの礎を築くような動きが次々に出始めます。ペトルチアーニがジョー・ロヴァーノとともに1992年にブルーノートに録音した『From The Soul』はそんな新たな時代の始まりを示した一枚ともいえる気がします。ジョー・ロヴァーノはマーク・ターナーやジョシュア・レッドマンといった00年代のサックス奏者のスタイルに大きな影響を与えた現代サックス最大の影響源の1人。今でもブルーノートの重要アーティストであり、エスペランサ・スポルディングらを起用したバンドでシーンを刺激し続けています。

またこの時期にもブルーノートは看板アーティストのペトルチアーニとブルーノートのレジェンドでもあるウェイン・ショーターとの共演盤『Power of Three』を製作します。そこでは過去と現在を繋ぐだけでなく、もう一人の共演者としてギタリストのジム・ホールを起用しています。彼もまたこの時点でレジェンド枠でしたが、今ではカート・ローゼンウィンケルやジェフ・パーカー、ジュリアン・ラージなどがリスペクトを捧げる現代ジャズ・ギター最大の影響源となっています。ここでも過去と現在を繋ぎながら未来を見据えていたのがブルーノートの凄さだと思います。

そういったブルーノートの歴史を知ってからだと、チャールス・ロイドのブルーノートへの復帰はレーベルの歴史とも大きく関係したもので、そこにはドン・ウォズの並々ならぬ思いがあったことがわかります。

他にもドン・ウォズは2014年にブルーノートの新主流派時代に貢献したヴィブラフォン奏者のボビー・ハッチャーソンと契約し『Enjoy The View』を録音しています。これも「新主流派の再プレゼンテーション」であり、同時に「ヒップホップに再評価されたブルーノートの再提示」のひとつだったのでしょう。

そこにはドン・ウォズらしいブルーノートというレーベルへのリスペクトと愛情があり、ドン・ウォズという人は、そうやってブルーノートの歴史を丁寧に再提示していると僕は思うのです。

特にウェイン・ショーターとチャールス・ロイドの二人に関しては、現代ジャズへの影響という意味も含めて、今、ブルーノートがウェイン・ショーターがブライアン・ブレイドやダニーロ・ペレスらと、チャールス・ロイドがジェイソン・モランやエリック・ハーランドら、遥か下の世代との新録を出すということがものすごく大きいことだったと思います。そして、そんなレジェンドの新作が現在においてもとんでもないクオリティで、現在のジャズとの濃密な繋がりが誰の目にも明らかだということも。

僕が選曲したブルーノート音源のコンピレーション『ALL GOD'S CHILDREN GOT PIANO』のdisc2はミシェル・ペトルチアーニから始まります。それは、僕なりにブルーノートへの尊敬と現在ドン・ウォズがやっていることへの共感を形にしたものです。

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