KIP HANRAHAN - CRESCENT MOON WANING 推薦コメント全文

20代のころの僕にとってのジャズシーンのアイドルはハル・ウィルナーとキップ・ハンラハンだった。ジャズにどっぷりハマりながらも、オルタナティブなロックが好きで、ヒップホップやテクノにも関心があり、ラテンやブラジルもかじっていて、たまに古いブルースやカントリーを掘ってみたり、フリージャズやアヴァンギャルドも嗜んでみたりしていた僕にとって、彼らの音楽が他の何よりもしっくりきたからだ。そこには好きな要素のすべてがあった。心の名盤はハル・ウィルナーの『Amarcord Nino Rota』と、キップ・ハンラハンの『Vertical‘s Currency』だった。

特にキップ・ハンラハンに関しては、00年代までは本人もアクティブだったし、クラブシーンからの再評価もあり、リアルタイムで追いかけるべき存在という感じだった。『Beautiful Scars』や『At Home In Anger』が出た時には興奮したし、彼が運営していたレーベル Amerian Claveのリリースは逐一チェックしていた。

自由で猥雑だけど、そのサウンドは同じ方向を向いて心地よくグルーヴしていて、不思議な翳りがあって、常にセクシー。あぁ、そうだキップの音楽の中にある歌やヴォイスはどれもセクシーだったんだ。体温が低く、情感が抑えられているそのクールな色気には、他のジャズやラテン音楽からは感じたことがないリアリティがあった。ひとことで言えば、とにかく《かっこよかった》。その美意識はキップが関わる全ての作品に、キップのレーベルからリリースされているすべての作品でも徹底されていたのもあり、僕はキップ関連のCDを買い漁っていた。それにキップやハルの音楽を聴いていると、音や響きだけでなく、その音楽にかかわる人たちが持っている歴史や文脈の重要性を感じる。音楽は空気の振動だが、音楽はその情報が聴き手の聴取体験を豊かにしてくれることにも気づかせてくれた。そこにジャック・ブルースやスティーブ・スワロウやミルトン・カンドナがともにいることの意味が音楽を更に鮮やかに、重層的に、そして、更なる深みを与えてくれる。僕はキップ・ハンラハンの音楽を愛していただけでなく、そこから多くを学んだと思う。

久々に届いた新作を聴いてみると、そこには僕が好きだったキップの音楽があった。スティーブ・スワロウもいれば、ジャック・ブルースもいるし、ブランドン・ロスもいるし、なんとチコ・フリーマンもいる。前のアルバムが出た時にも感じたが、キップの音楽は、作品を重ねてもそんなに変わってないように思えるのに、新しくはないが、古びもしないままで、新作にはその新作が出たタイミングに合ったリアリティが感じられる。いつものままだが、今聴いても自然。この不思議な感覚は本作にもある。とはいえ、そこにはきちんと変化の理由がある。こんなリズムは今までのキップにはなかっただろうという曲がしれっと入っていたりするし、クレジットを見ればJ.Dアレンのような現代のUSジャズシーン屈指の名手がいたりもする。何も変わらないようでいて、何かが変わっている。つまり、これは今、2018年に聴くべきキップ・ハンラハンの音楽なのだ。

柳樂光隆(Jazz The New Chapter)

■キップ・ハンラハン - クレッセント・ムーン
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ニューヨーク音楽シーンの重鎮、キップ・ハンラハンが7年間の沈黙を破り、混沌とした音楽界に放つ新たなる問題作。この30数年間で彼が世に送り出してきた数々の作品は芳醇な香りを放つハイブリッドなサウンドで、そのどれもが聴き手の耳と感性を刺激してきた。キップ・ハンラハンの今を伝える7年ぶりとなるこの新作からも時代の空気の淀みを掬い取ったようなクールで濃厚な彼のメッセージがじんわりと伝わってくる傑作!

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柳樂光隆

柳樂光隆の音楽評論

柳樂光隆が書いた音楽に関する論考的なものを中心に。ここだけに公開するインタビューもあります。
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