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Christian Scott aTunde Adjuah - Ancestral Recall:Disc Review without Preparation

クリスチャン・スコット『Ancestral Recall』

ルイジアナ出身のジャズトランぺッターのクリスチャン・スコットの新作が凄まじい。これは紛れもない最高傑作だ。

彼が提唱している「Stretch Music」というコンセプトのなかにもあると思われる「アメリカ音楽のルーツを辿った先にカリブとアフリカがあり、そこから世界の音楽が接続される」考え方のその先を突き詰めた感がある。

特に2曲目「I Own the Night (feat. Saul Williams)」がすごくて、フィールドレコーディング的に粗く聴こえるアフリカの祝祭音楽の中から一部のパーカッションが浮き出ててきたり、打ち込みと混ざったりしてる上に重ねられたいくつものレイヤーが前景化したり後景化しながら変化する。超トリッピーだが瞑想感もある。

アフロフューチャリズムみたいな「この世界の外部への憧憬」的ものではなくて、むしろ地球上の世界に留まらせるネイチャーっぽい感覚とひたすら自己と対話してる感じの「自分の心の中の宇宙」への意識みたいな感覚が両立している。ある意味で宗教的だし、東洋思想的な感覚での瞑想的でもある。

シンセの音もコズミックみたいな表現で例えられる近未来のマシーンの音というよりは、あの世からの声みたいな感触がある。幻聴みたいな音に聴こえるとでも言えばいいか。他に喩えるなら「辿り着いた境地」や「彼岸」みたいな音とか。映画『レヴェナント』での教会のシーンで聴こえた声のような異世界感を持ってしまう電子音の響き。このアルバムは全編スピリチュアルが過ぎるくらいスピリチュアルだ。

そして、本来的な意味でもトレンド的な意味でも「ニューエイジ」との繋がりがあるのかもとも感じる。例えばサックス奏者のローガン・リチャードソンのソロ入りの曲はなんなら元祖ニューエイジとして知られるポール・ウィンターとかを思わせたりもする。電子音やエフェクトに関しても、「洞窟の反響」や「水琴窟」みたいな手触りもあって、その自然の中にある不思議な響きみたいな感触もある。

そして、音楽の構造的にはポリフォニーだったり、ポリリズムだったりするし、リズムもアフリカやアメリカにとどまらなくて、クリスチャン・スコットのトランペットのフレージングも特定の地域や文化を想定させないフレーズを選んで演奏してるようにも聴こえる。それは彼が言う「ワールドシティズン=世界市民」のための音楽が実現されたものなのかもしれない。音楽のあらゆる要素が入念に選ばれて、それらが的確に組まれている。

そもそもクリスチャン・スコットの音楽は以前からティピカルなアフロアメリカンの音楽的な雰囲気がないのが特徴的だ。ブルースやゴスペルやヒップホップ、R&Bなどの雰囲気が希薄だ。だからと言って、ブラックミュージック感が無いかというとそれは違っていて、確実にブラックミュージックでもある。昔のスピリチュアルソングとかを聴くと、前述したような20世紀中期以降に形になったブラックミュージックの印象とは違ったりする。

クリスチャン・スコットの音楽は、そういうアフロアメリカンが持ってたり持たされてたりした「イメージ」みたいなものからは自由になりつつ、自分のルーツとは矛盾しないものを作るために歴史を遡っているように僕には聴こえる。こんなバランス感を持った音楽は他にない。伝統や継承の否定や破壊ではなく、むしろ伝統や継承をどこまでも遡って突き詰められるだけ突き詰めることで、伝統や継承を突き破ってしまい、新たな音楽が生まれる。これは新しい正攻法とも言えるかもしれない。

クリスチャン・スコットは前作も素晴らしかったが、今作は音響面でも明らかに作り方が変わっていて、ようやく彼の頭の中でイメージされていたものが具現化されたのかもしれない。

すべての音がくぐもっていて、サウンドの最前面に一枚フィルターをかぶせたような音響にすることで、全く違うはずの質感や響きの音が自然に馴染んでて完全に一体化して、懸案のトランペットも浮いてない。2017年の前作『The Emancipation Procrastination』『Diaspora』『Ruler Rebel』も素晴らしかったが、サウンドは分離していた。ジャズの常識を完全に捨てて、全く別の発想でミックスしたことで、これまでの彼の作品を遥かに凌駕するこの名作を生んだのだろう。(2019/03/22)


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