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Kendrick Scott Oracle - A Wall Becomes A Bridge:Disc Review without Preparation

ケンドリック・スコット・オラクル『A Wall Becomes A Bridge』

現代ジャズシーン最高のドラマーの一人でもあるケンドリック・スコットの新作が最高到達点を更新してる。

特別なことは何もしてないように聴こえる。前々作『Conviction』でスフィアン・スティーブンスを、前作『We Are The Drum』でフライングロータスのカヴァーをしているようなキャッチ―な曲があるわけでもない。ロバート・グラスパーのバンドのDJのジャヒ・サンダンスが入ってて、声ネタを仕込んでいたりはするが、それもさりげないもので、サウンドの変化と呼べるようなものではない。特別な変化はあまり感じさせない。

でも、こんな透明でスムースで、流れる水を見ているようなジャズは他にないという感覚がどんどん研ぎ澄まされていて、聴いていると時折ハッとさせられる。音数や音量などを含めたあらゆる音の過不足の無さがすさまじく、極めて繊細に音が選ばれてるのがわかる。それでいて音楽は途切れずにずっと流れていて緊張を強いないから、ふっと音楽の存在を忘れてしまいそうになるくらいにリラックスしてしまう。作曲なのか、即興なのか、わからないその楽曲のあまりの完成度の高さに驚いて、何度も聴いてしまう。

以前、『Conviction』をリリースした際のインタビューでケンドリックはアーロン・パークスの『Invisible Cinema』から大きな影響を受けたと語ってくれた。

『Invisible Sinema』はジョシュア・レッドマンがジェイムス・ファームというプロジェクトを始める際にインスピレーションを与えたアルバムであり、2000年代ジャズの傑作だ。ケンドリックはその映像的楽曲=サウンドスケープに惹かれるという話をしていて、彼のバンドのオラクルもこの時のアーロンのグループが参照されているように思える。実際にこのバンドではアーロンのバンドにも在籍していたギタリストのマイク・モレーノが大きな役割を果たしていて、そのギターのサウンド無くしてはオラクルは成立しないと言ってもいい。本作ではその『Invisible Ciname』から「Nemesis」をカヴァーしている。これはケンドリックがその影響源とも言えるサウンドをプレイしてみたいと思うくらいにオラクルが完成度の高い集団になったことを示しているのではないかというくらいに、原曲に沿ったアレンジでカヴァーしている。ここに僕はケンドリックの自信を見たような気がする。

また、本作を聴いて思い出しのは、ケンドリック・スコットが『Conviction』でブルース・リーの「Be Water」という言葉を引用していたこと。「水はあらゆる物の形に形を変えるし、流れることも破壊こともできる。心を空にして水になるんだ」。本作はそんなブルース・リーの哲学をそのまま音楽化したようにも聴こえるレベルに達している。もはやその哲学をメンバーが全員共有してるかのようだ。

こんなに力の抜けた柔らかさと、その力の無さこそが力を生むみたいな感覚の、例えば、合気道とかを想起させるような不思議な音楽はない。でも、普通にジャズの形をしている。ケンドリック・スコットがたどり着いた境地みたいな音楽に聴こえる。とにもかくにもすさまじい「ジャズ」なのだ。

カート・ローゼンウィンケルやマーク・ターナーらがやっているようないわゆるコンテンポラリージャズと言われてるものと比較すると、ブラジルのミナス要素とかクラシック経由とか、いくつもの共通点はあるが同じようでどこか違う。ただロバート・グラスパーの音楽にあるグルーヴとスムースさとが同居してるあの不思議な感覚みたいなものとは通じるものがある気がする。それはジェイムス・フランシーズとかにも通じるもので、すごくいろんなことが起こってるし、起こしてるけど、それを強調してうねらせるようなことは敢えてせずに、むしろ平坦に滑らかにしつつもきっちりグルーヴさせる感じ。ケンドリックのドラムは正にそんな感じだ。

ジャズを聴き続けていて感じるのは、それぞれのミュージシャンたちが自分の音楽を、実に地道に少しづつ少しづつ、ブラッシュアップしたり、試行錯誤を繰り返しながら、キャリアを重ねていて、それが反映された作品が多いことだ。それは楽器の演奏の鍛錬とも繋がっていて、少しづつ積み重なっていく変化だ。

本作はまさにこれで積み重ねてきたものが開花して大きな壁を超えてネクストレベルに辿り着いた感じがする。クリスチャン・スコットの『Ancestral Recall』はこれまでの彼の音楽の進化系だが突き詰めたら突如メタモルフォーゼしたみたいな驚きがあった。どちらも自身の音楽を少しづつ積み重ねていった先にあるジャンプ。延長上の出来事だ。

クリスチャン・スコットやスナーキー・パピー、ジュリアン・ラージなどの新作を聴いてそんなことを考えてたところにケンドリック・スコットがこんなのを出して、自分が何を聴いて何を楽しんでるのかを考えていた。おそらく僕はのんびりと5年、10年の進化や変化を楽しんでる部分がかなりあるのかもしれないな、とか、ケンドリック・スコットというミュージシャンはそんなことを思わせてくれる人だ。

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