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書評:『Jazz The New Chapter 5』 - この本はジャズ、アメリカ音楽の本としてだけでなく、教育の本として読むことができる(伏見瞬 @shunnnn002 )

『Jazz The New Chapter』のテーマは、教育だ。

 カマシ・ワシントンはジェラルド・ウィルソンのビッグバンドに所属していた時に受けた教えについて、誇らしげに語っている。クリス・デイブは地元ヒューストンの伝説的な盲目ドラマー、セバスチャン・ウィテカーからの直接的な影響を説明するために多くの言葉を費やしている。その他にも、ロバート・グラスパー、ケイシー・ベンジャミン、テラス・マーティン、マリア・シュナイダーなど、インタビューを受けているほとんどのミュージシャンが、先代のミュージシャンから教育を受けたことを、誰かの楽曲や演奏を必死に学んだことを、とてもポジティブなフィーリングで語っている。彼らは皆、教育を重んじているのだ。

 「Every State Has Teachers」と題された柳樂光隆によるテクストでは、シカゴ、テキサス、カンザスなど、それぞれの街のジャズの教育機関が紹介されている。柳樂は、あらゆる場所にティーチャーやメンターが存在することで「ステイト」ごとに独自の文化が育ち、それらが「ユナイト」して懐の広い表現を獲得するという「ユナイテッド・ステイツ」の豊かさを指摘する。地域ごとに細分化して音楽を捉え直し、日本において漠然と共有されている「アメリカ音楽」のイメージを刷新せんとするこのテクストの根本にあるのも、教育への信頼だ。

 『Jazz The New Chapter 5』(以下『JTNC5』)を読みはじめると、「これから音楽はどんどん面白くなっていく」というあまりに前向きな見通しに戸惑うことがある。ネガティブな現状認識を持つことが普通となっている時代においては、徹底的にポジティブな表現は、浅薄な自己啓発コンテンツくらいでしか見かけない。故に、『JTNC5』のポジティブさに接する時にも、そこに深みがないのではないかと一度身構えてしまう。読み進めていけば、その心配は杞憂であると悟るだろう。監修(というか総合プロデューサー)の柳樂の他、原雅明、小室敬幸らが執筆した短い論考には、豊富なリスニング体験と膨大な数のインタビューから得た具体的な知見が備わっている。論考に含まれる情報量の充実は、本全体を覆う明るさがリアルなものであることを証し立てているだろう。

 複数の執筆者、複数のインタビュイーによって独自の論点が展開され、それらが「ユナイト」することで一冊の本としての豊かさを獲得する。カマシ・ワシントンとケイシー・ベンジャミンのインタビューが、別々のトピックに合わせて二つに分けられているのに注目してほしい。『JTNC5』では、個別のテーマ(例えばサックス、例えばLAシーン、例えばクラシックとジャズの関係)に合わせて記事を細分するような編集方針が採られている。細やかな断片を繋げて、大きな文脈を作り出していくダイナミズムを、本書は読者に教える。そうした読書の快楽へと人を半ば自主的に向かわせるという意味で、『JTNC5』自身が教育的な書物である。

 『JTNC5』はジャズ、アメリカ音楽の本としてだけでなく、教育の本として読むことができる。教育者は具体的な知識を断片的に示し、大枠としてポジティブなメッセージを伝える。その中で、人は自らに固有の文脈を見つけ出し、教育へのリスペクトを深め、次の人間たちにバトンを繋いでいく。本書はそうした教育の実践の場なのだ。知識・教養が軽視されがちな今の時代において、知識の伝達の蓄積によって豊かなうねりが生まれる様をドキュメントしたこの本は、多くの示唆を読む者に与えてくれるだろう。(伏見 瞬)

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Profile 伏見 瞬
「1985年東京都八王子市生まれ。ゲンロン批評再生塾第3期生(東浩紀審査員賞)。主に音楽や演劇の批評書いてますが、たまに曲作って歌ったりもします。」 ☞ Twitter @shunnnn002

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