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Interview Nitai Hershkovits : ソロピアノ『New Place Always』とニタイ・ハーシュコビッツのルーツのこと

ニタイ・ハーシュコビッツはイスラエルを代表するジャズピアニストの一人だ。

イスラエル国内でも高い評価を得た後に、イスラエル・ジャズの第一世代で、いち早くUSへ進出し、世界的な成功を収めた巨匠でもあるアヴィシャイ・コーエンのバンドの不動のピアニストだった天才シャイ・マエストロの後釜に就任したのがニタイだった。アヴィシャイの『Gently Disturbed』『Aurora』『Seven Seas』といった2000年代の傑作に大きな貢献をしていたシャイの不在をすぐに忘れさせてしまうような仕事をニタイはすぐに成し遂げる。『Duende』『From Darkness』『Almah』と作品群で一気にその名を世界に知らしめ、ジャズピアニストとしての評価を高めていく。カート・ローゼンウィンケルアリ・ホーニグといった世界的なプレイヤーがニタイを起用するまでに時間はかからなかった。

また、イスラエルのテルアビブにはキチャ(Kicha-Studio)というスタジオがあり、そこには様々なプロデューサーが集まっていて、イスラエルのシーンにハブになっていた。

イスラエルのフューチャーソウル・バンドのバターリング・トリオのプロデューサーで、LAの名門インディーレーベルのSTONES THROWからアルバム『Energy Dreams』をリリースするビートメイカーで、RAW TAPESレーベルのオーナーでもあるリジョイサーもここのスタジオを拠点にしていた。キチャにはソル・モンクヨナタン・アルバラックといったジャズ周辺のミュージシャンも足を運んでいて、そのツテでニタイ・ハーシュコビッツもまたキチャに訪れ、リジョイサーと知り合った。

また、リジョイサーの『Energy Dreams』、RAW TAPES周辺のミュージシャンによるプロジェクトのタイム・グルーヴ『More Than One Thing』、ドラマーのアミール・ブレスラーらによるアフロビートのプロジェクトのリキッド・サルーン『Liquid Saloon』などに参加、更にRAW TAPESのコンピレーション『Puzzles Vol. 3』にはSTONES THROWのアーティストMNDSGNとのコラボで「Flyin' Bamboo (feat MNDSGN)」を提供した。

そうやってジャズミュージシャンとしてのキャリアとハイブリッドなアーティストのキャリをパラレルに確立してきた。

そんなニタイは2016年にデビュー作『I asked you a question』をRAW TAPESからのリリース。LAのビートミュージックからヒップホップ、更にはFKAツイッグスのようなダブステップ経由のサウンドまでもが詰め込まれたジャンルで括れない作品だった。

そして、2018年に自分の名前を冠した初のアコースティック・ジャズ・アルバムとしてヨーロッパの名門ENJAレーベルからリリースしたのが『New Place Always』だ。このアルバムは一見、オーセンティックなソロピアノ・アルバムだが、リジョイサーをコ・プロデューサーに迎えていて、そのディテールを知れば決してオーセンティックなだけではないことがわかるだろう。

まずレコーディングはポーランドにあるRecPublica Studioが使われている。Recpublica.comでスタジオの画像が見られるので是非見てもらいたいが、美しいデザインと高い天井が印象的で、その真ん中にはピアノが一台置いてある。アビーロード・スタジオを手掛けた建築家のジョン・フリンが設計しているこのスタジオは、もともと700年前から製粉所として使われていた建物で、ピアノが置かれたメインルームはほぼ1000立方メートルというヨーロッパでも屈指の空間の広さをもっている。そこに最先端のミキシング・コンソールがあり、プロトゥールスなどを使った現代のサウンドにも対応している。そして、もう一つの特徴はそのピアノ。ハービー・ハンコックも使用している名機ファツィオリを備えている。

そんなスタジオで、リジョイサーとともに作ったどこか普通じゃないソロピアノ・アルバムについて、ニタイに語ってもらったインタビューがこれだ。

ちなみにニタイは2019/11/30のPIANO ERAでの来日が決まっている。

■『New Place Always』のこと

――『ニュー・プレイス・オールウェイズ』が素晴らしかったんですけど、これはなぜポーランドでレコーディングしたんですか?

いいスタジオだったよ、ヴィジュアル的にもね、レコーディングには完璧な場所だったね。僕らにとって必要なものがすべてそこにあったんだ。天井がものすごく高くて。だから、マイクをスタジオの天井から吊るしたり、それぞれの角に置いてみたりすることができた。それに曲ごとにマイクの位置を変えることも可能なスタジオだった。そこも素晴らしかったね。

――誰かの推薦でこのスタジオを見つけたんですか?

ドイツ出身のマネージャーの推薦だね。彼がポーランドにいいスタジオがあるって教えてくれたんだ。

――このアルバムでのリジョイサーの役割について教えてください。

デビュー作で彼と一緒にやったらすごく相性が良かったから、今回も一緒に組んだんだ。ここでは楽曲も共作しているし、co-produceもしてもらった。今、僕はNYに住んでいるから、作曲に取り掛かったのはNY。でも、リジョイサーとポーランドのスタジオに行ったら、ピアノは普段弾いているものとは全然違うし、部屋も変わってる。だから、もともと想定していたものから、かなりサウンドが変わったんだ。今までやってきた準備はすべて忘れて、そこで一から始めようって決めて、まずスタジオにあるピアノに座って、2人で曲を書いたんだ。僕から書き始めたものもあるし、リジョイサーが書き始めてできた曲もあるよ。そうやって二人の全てのアイデアを集めて、まとめて、それを僕が演奏したんだ。

――作曲のプロセスもインプロヴィゼーションっぽいですね。

まさにインプロヴィゼーションだね。他のミュージシャンともそういう作業を過去にやってことがあるんだけど、なかなかうまくいかなかった。でも、リジョイサーとはなぜだか上手くいったんだ。だからこそ彼とは何度も組んでるんだよね。どちらかが何か思いついてやっていると「ちょっとなにやってんの?それを一回止めて、二人で一緒にやってみようよ」とかそういう感じで進められる相手なんだよ。彼にはエゴがなくて、音楽のためだけにベストを尽くせるんだよね。

――リジョイサーはピアノを弾くんですか?

シンセが多いね。もちろんピアノも弾くんだけど。彼はコンサート・ピアニストって感じではないから、普通のピアニストとは違うアプローチで弾くし、なんならノン・ピアニストって感じのアプローチで弾く。僕も時々ノン・ピアニストみたいなアプローチを試みたりもするんだよ。時には自分がピアニストだっていうことを忘れる必要があることもあるから。だからリジョイサーみたいに視点で弾きたいって思うことも少なくないし、そこからインスパイアされることもあるよ。

――それってリジョイサーのビートメイカーとかプロデューサー的な視点が入ったピアノ演奏を面白いって思っているってことでもある?

結果的には、僕はピアノをプレイしているからパフォーマーで、彼はアレンジャーって感じの役割分担でもあったのかな。リジョイサーはビートに関しては彼の得意分野だし、素晴らしいアイデアを持っているから、そこは大きかったね。でも、今回はお互いの役割や、担当に関しては敢えて話さなかったし、そこで立場を決めて、自分たちを縛りたくなかったんだ。2人の人間がアートを作る、ただ、それだけしか決めていないのが良かった気がする。

――ところでNYで書いた曲で、使った曲はどれですか?

「Red Wagon Go」「Annette & Issac」「Green Hill Pearls」はNYで書いていった曲だね。あとは、さっき話したみたいに、ここの部屋とピアノに合わせて選んだり、その場で書いた曲だね。ピアノはその個体によってそれぞれ音色が違うから、押したり引いたりしながら、そのピアノの音を引き出した。僕にとってピアノはすごく繊細な楽器なんだ。

■名ピアノ ファツィオリと8本のマイクのこと

――スタジオにあったのはイタリアのファツィオリってピアノだと思うんですが、これすごく個性的なピアノですよね。

そうだね、個性的なピアノだね。僕はヤマハとスタインウェイの中間と説明してる。ヤマハはすごくパーカッシブ、スタインウェイはすごくソフトで、ちょっとだけパーカッシブ、その中間かな。あと、ファツィオリはすごい轟音がするんだよね。

――たしか左手の低音部がかなり出るんですよね?

そうなんだよね。でも、このピアノはソフトにプレイすると音色のキャラクターがすごく変わるのも特徴で、そこが面白かったんだ。僕はピアノの音の中にできるだけ多くの色彩を見つけ出して、それを引き出すように演奏したいといつも心がけているんだ。

――今回のファツィオリだからこその音色が最も効果的に引き出せた曲があれば教えてください。

僕はあらゆる曲はそれぞれのダイナミックレンジを持っていると思ってる。どれかひとつの曲がそのピアノにフィットするんじゃなくて、その曲が持つダイナミックレンジをきちんと演奏すれば、すべての曲はそのピアノにフィットするんだ。僕はピアノの鍵盤を強く押さないし、強い音を出そうとは思わない。でも、僕は叫んではいないような音でありながら、それでいて力強さがある音を出すことができる。ピアノは鍵盤を叩かなくても力強さを表現できる楽器なんだよね。それに何事も全てを出し切らないほうが、受け手、つまり聴き手がそこから何かを感じ取れると思うんだ。

――ところで、ピアノを録音するとき、通常はピアノの中にマイクを突っ込んで弦の近くで録ったりすると思うけど、ここでは全然違うやり方をしていますよね。

ひとつの部屋の8か所くらいだったと思うけど、様々な位置にマイクを設置したんだ。つまりひとつの演奏の音を様々な場所で拾ったってことだね。それは主にミックスに関係してくる。後からそれをいじることができるからね。エンジニアがその8つのマイクが拾った音をそれぞれ下げたり、ミュートしたり、上げたりしながら、その楽曲によってベストなバランスを選ぶことができた。ちなみにこれはリジョイサーのアイデア。どういう音が出るのか、どういう音が拾えるのか、それをどんな音で鳴らすことができるのか、それは作曲と同じくらい重要なことだし、これってすごく音楽的なことだよね。

――普通はピアニストが演奏しているときに聴こえているものとできるだけ近いものが録音されていると思うんですけど、このアルバムではピアニストが聴こえているものとは全然違うものを録音しているということになりますよね。

そうだね。アルバムを聴いていると、リスナー側が曲ごとに部屋の中の異なる場所に立って聴いているような感覚になるアルバムとも言えると思う。ライブに行くと、席が決まってて、最初にそこに座っちゃったらいい場所だって思えなくて、他の場所で聴きたいって思うこともあるし、実際に他の場所で聴いたら聴こえ方は変わるよね。それと同じことを体感できるって感じかも。つまり、このアルバムはピアニストが主体じゃなくて、リスナーがどう聴こえるかってことを中心に考えて作ったものだね。

――ペダルを踏んでいるような音もかなり大きく入ってて、それも面白い効果を生んでいたと思います。普通、その音は消したり、小さくしますよね。

それがインティメイト=親密な効果を生むんだ。リスナーとピアニストの距離が近い感覚になるよね。だからリジョイサーと話してたら、消す必要ないんじゃないかなってことになってそのまま残したんだよ。

――アコースティックのソロピアノだから、エレクトロニックなサウンドの前作『I Asked You A Question』とは全然違うサウンドなんだけど、でも、あの前作が作れる感性がある人だからこそ作れた音響的なピアノソロ・アルバムだなって僕は思いました。

人には恋しい気持ちもあれば、怒ったり、悲しかったり、いろんな感情がある。同じように、僕にはこういう面があるよ、こういう面があるよって点で示していくんじゃなくて、それをプロセスとして見せていく必要がある。そのためにプロデューサーがいるし、だからこそプロデューサー選びはものすごく重要だと思うよ。

――好きなプロデューサーって誰ですか?

まずはクインシー・ジョーンズ。それからエボ・テイラー。エボは数多くのレコードに関わっているし、曲も書いているし、歌詞も書く。それに素晴らしいメロディー・メイカーでもある。エボ・テイラーのことはリジョイサーアミール・ブレスラーが教えてくれた。彼らはアフリカの音楽をめちゃくちゃDIGってるからね。「ジャズみたいだけど、ジャズでもないような、不思議な音楽なんだけど、とっても魅力的だから聴いたほうがいい」って勧めてくれたんだ。(※『New Place Always』ではエボ・テイラー作曲の「Oye Odo」をカヴァーしている。)

――それってイスラエルのキチャってスタジオでつるんでいた時の話ですよね。どんな場所なんですか?

キチャはスタジオだね。僕のアルバム『I Asked You A Question』をレコーディングした場所でもある。Time Grooveのレコーディングでイスラエルに行った時にもキチャに行ったね。テルアビブ郊外にあるスタジオで僕のピアノが置いてある。あとはたくさんのシンセサイザーがあるんだよ、ムーグ、アープとか、JUNO、プロフェッツ、みんな揃ってる。美しいスタジオだよ。

――そこではどんな音楽をやっていたんですか?

ジャズがベースだったけど、エレクトロニックな音楽をよく演奏していたね、キチャで演奏しているとそこに友達が立ち寄ったりして、それがアルバム『I Asked You A Question』になったり。もちろんそこでビートも作っていたよ。僕らは自分の役割を決めずに自由にやっていからね。僕はこれやるから、君はこれをやってみてって感じで、いろんなことを試していた。そうすることでしか多様なアイデアは出てこないから。それにそうやって自分にできるオプションが増えることは音楽家としていいことだよね。

――NYでもそういうことはやってますか?

NYではそういうのはあまりやってないね。NYでは自分のピアノに専念している感じだね。でも、機会があれば出来るだけイスラエルに戻るようにはしているんだ。少し前にロンドンのWah Wah 45sってレーベルと契約したんだけど、そこはあらゆるジャンルをリリースしていて、ジャズも、ビーツもある。アミール・ブレスラーヨナタン・アルバラックが参加しているTime Grooveってバンドを録音していたり、面白いレーベルなんだ。そうやって、NYではピアノに専念しながら、イスラエルでは友達と集まっていろんな音楽をやるようにしていて、いろいろスペシャルな音源を作っているよ。

■ニタイ・ハーシュコヴィッツ一家のルーツのこと

――お母さんがモロッコ系、お父さんがポーランドだそうですが、そういう両親の出自みたいなものは自分の音楽と関係していると思いますか?

それは絶対にあるね。人間の性格っていうのは音楽に現れると思っていて、そこが切り離されているミュージシャンは見たことがないからね。

子供頃から母方のおじいちゃんが毎週金曜日に、モロッコのカサブランカにあるアンダルシア山脈を映したTVを見ていたり、子供のころからモロッコ文化には触れていた。19歳の時に初めてカサブランカに行ったら、全然想像していたのとは違ってびくっりした。ポーランドに関してはラジオとかで音楽を聴いていた、東欧のイメージだよね。

父方のポーランド的なものに関して言えば、イスラエルには両親がリトアニアから移住してきたナオミ・シュメル(Naomi Shemer)とか、ポーランド出身のチャバ・アルバ―スタイン(Chava Alberstein)のような音楽家がいるように、ロシア、ポーランド、ブルガリア、バルカンとかから大きな影響を受けている作曲家が少なくないんだ。一方で、母方からのヘリテッジはちょっと変わっていて、ユダヤ系のモロッコ人。なので僕の家族はモロッコから来たしきたりとか服装とかそういうものを大事にしてきた。その影響もあるね。

――ちなみに自分の中にイスラエルっぽさって感じますか?

イスラエルの音楽はラジオから聴こえてくるから馴染みはあるよ。でも、イスラエルのラジオっていろんな音楽がかかるんだよね。レバノンの音楽も聴くし、ブラジル音楽も、インド音楽も、エチオピア音楽も流れるし、一方で、基本的にはアメリカナイズされている部分も大きいので、アメリカの音楽がかなり流れている。僕はそんな環境で育ったから、それらの影響はあるんだろうね。

ただ、僕は意識的に「イスラエルのジャズ」って感じの音楽を敢えて目指さないようにしている。そういうのって意識しちゃうといいものができないと思うんだよね。それよりは自分がいいと思うものを作ろうと思って、自然にやってるよ。

■3rdアルバム『Lemon The Moon』のこと

ちなみに2019年にニタイはピアノトリオのフォーマットを中心とした『Lemon The Moon』をリリースした。

前作に続き、再びリジョイサーを共同プロデューサーに迎え、しかも、前作と同じRecPublica Studioで録音されている。

ニタイが関わったRAW TAPES諸作や、ニタイがいた頃のアヴィシャイ・コーエンの作品などにも起用されているイスラエルのトップ・ドラマーのアミール・ブレスラーと、イスラエル出身でスナーキー・パピー周辺バンドのバンダ・マグダに起用されたりもしている新鋭ベーシストのオル・バレケットとのトリオで、一部リジョイサーがピアノとシンセ(プロフェット08)で参加している。

『Lemon The Moon』は一見、チルで穏やかなピアノトリオだが、この『New Place Always』のエピソードを知ってから聴けば、このアルバムの特殊さがわかるはずだ。それはニタイとオルが参加したアリ・ホーニグのピアノトリオ・アルバム『Conner's Days』と聴き比べてみるといいだろう。同じピアニストとベーシストだが、超絶リズムを駆使したバッキバキにテクニカルな現代ジャズを披露するアリの作品での演奏は、ニタイの作品と並べるとその演奏はまるで違うし、音楽自体もまるで違っていて、もはや同じミュージシャンが参加しているとは思えないほどだ。それ故にこの2枚を並べることで、『Lemon The Moon』が何を意図されていた作品なのかがはっきりと浮かび上がると思う。ニタイが何を求めたのか、ぜひそんなことを考えながら聴いてみてほしい。

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