Solange:ソランジュ『When I Get Home』とスティービー・ワンダー『Journey Through The Secret Life Of Plants』

※このテキストは以下のRolling Stone japanに書いたものの補足です。
 クロスレビューで片方だけ1万字はありえないのでカットした部分です。
 まずRolling Stone Japanのテキストを読んでからどうぞ。

ソランジュの『When I Get Home』を聴いて感じたことがあまりにも多すぎて、Rolling Stone Japanには書き切れなかったので、ここにも書いておきたい。
( ちなみに前作『A Seat at the Table』についてもnoteに書いていた☞LINK )

本作に関して、彼女はスティービー・ワンダー『Journey Through The Secret Life Of Plants』からの影響を公言している。

以前から彼女はニューソウルへの関心を何度も口にしているし、スティービーへのリスペクトはもう言うまでもないといった感じだが、このアルバムが選ばれたことに関しては、そういった文脈とはまた違う話になってくる。

そもそもスティービー・ワンダーはかなりぶっ飛んだアーティストで、ソウルミュージックを大幅に拡張した偉大な先人だ。その楽曲には色あせない様々なアイデアが埋まっていて、今でも多くのアーティストを刺激していて、どのアルバムも未来を予見しているようなフレッシュさが消えない。とはいえ、その中でも『Journey Through The Secret Life Of Plants』は例外中の例外だ。

スティービー・ワンダーの楽曲はR&B、ソウル、ファンク、ジャズ、フュージョンなど、アメリカのブラックミュージックの系譜にある。彼の音楽のすごさはそのブラックミュージックの枠内にとどまりながら、そのアイデアでその枠組みを拡張してきたところにあると思う。例えば、ロバート・グラスパーが「スティービー・ワンダーの楽曲は知っていると思っていても実際に弾いてみると、ハーモニーが複雑だったりして、簡単に弾けなかったりする」と語っていたことがあるように、一見、ソウルやファンクの形をしていても、そのディテールがそれまでの常識では考えられないようなものが忍ばせてあったりする。だからこそ、現代のジャズミュージシャンがスティービーの音楽を研究し続けているし、近年だとネガティブハーモニーという理論をぶち上げて話題になった天才ジェイコブ・コリア―が影響を受けたミュージシャンとして真っ先に名前を挙げるのだと思う。

そんなスティービーが映画のためのサウンドトラックとして作った『Journey Through The Secret Life Of Plants』ではブラックミュージックから完全に逸脱した音楽をやっている。鳥の鳴き声や虫の羽音が入っていたり、インド音楽を取り入れた「Voyage to India」があったり、更には日本人の子供たちが歌う「Ai No, Sono」という謎の曲までもがあって、そこにシンセサイザーが混じっていたり、更には当時はまだ珍しかったサンプラーを使用していたり、最先端のテクノロジーは使いつつ、これまでのスティービーの音楽の延長にあるブラックミュージックやジャズやクラシックに通じる部分を聴かせつつも、非欧米圏(しかもアジア)の音楽からフィールドレコーディングまでを取り込んで、全く新しい音楽を志向したものになっている。よく分からない旋律がいくつもどういう理屈で重ねられているのかわからないポリフォニックな曲の中には、同時に水の流れる音や雷があり、そこにドローンや民族音楽が並走していたりもする。とにかくアフロ・アメリカン云々の文脈遥かに超えたどころではなく、常軌を逸した壮大すぎるコンセプトの音楽なのだ。

とはいえ、今、改めて聴いてみると、80年代っぽい音色のシンセサイザーを多用した音色やスピリチュアルとも取れる自然信仰っぽさがニューエイジとも通じるかなみたいなところは2010年代っぽいが、正直、音楽的にはどこまで成功しているのかはわからないのは否めない。

ただ、確実に言えるのは、アフロアメリカンが作る音楽の定石や常識を超えるチャレンジをしたことは大きな一歩だったのだろう。スティービーはラテンやブラジル、レゲエなどをかなり早くから取り入れていて、かなり先進的で、自由な音楽を作っている音楽家だ。とはいえ、自分たちの先祖に繋がるカリブ海やアフリカの要素以外のアジアの音楽をも取り入れて、地球規模のスケールで音楽を捉えることで、これまでの西洋音楽の理論だけでもなく、アフリカ由来のものでもないものを、同時代のテクノロジーとも共存させながら、ポップミュージックに取り入れたことで、その後のブラックミュージックの可能性を切り開いたという部分ではとても大きいことだ。もちろんジョン・コルトレーンがインド音楽を取り入れていたりとジャズの世界では民族音楽は幾度となく融合されてきていたが、更に同時代のテクノロジーやトレンドとの融合も目指し、セールスも意識していたスティービーのチャレンジのハードルの高さは群を抜くものだろう。

という部分で、ソランジュがピッチフォークに語っていた影響源から見えてくることがある。

When asked about the process of writing the new album, Solange revealed some musical inspirations she turned to at the time, including Stevie Wonder (and specifically his album The Secret Life of Plants), Steve Reich, Alice Coltrane, and Sun Ra—music that emphasized repetition.

先ほども名前を出したジョン・コルトレーンのパートナーでもあったアリス・コルトレーンはインド音楽を大胆に取り入れ、それをジャズやゴスペル、アフリカ音楽などと融合させた音楽をやっていたことで知られている。コルトレーンにインド音楽を勧めた張本人ともいわれているし、日本で琴や尺八に関心を持っていたとも言われている。

また、フリージャズ界の異端児でもあるサン・ラは、ジャズやゴスペルが出発点にはあったが、インド音楽をはじめ、アジアやアラブの楽器を取り入れたりと膨大に残した音源の中で様々な実験を行っていた。そして、彼はアメリカ人でも、アフリカ由来の地球人でもなく、土星人を名乗っていた。

スティーブ・ライヒはミニマルミュージックの巨匠。彼はひたすらに反復を続ける音楽を作っていた現代音楽家だが、その音楽はアフリカやアジアの音楽からの影響を受けていた。インドネシアのガムランからインスパイアされていたことは有名だ。

つまりスティービー・ワンダーを含めた4人ともすべてアメリカ人だが、60-70年代にアジアを含めた非西欧圏の音楽から影響を受けて、それをもとに新たな音楽を模索した奇才たちだ。彼らの音楽はアメリカが生んだ音楽ではあるが、アジアをはじめとした地域の音楽の要素が入っている。とはいえ、彼らは決して民族音楽をやっているわけではなく、結果的にそれぞれのジャンルの中に新しい価値観を生み出したとも言える。

もしかしたら、ソランジュは、世界中の音楽に目を向けてそれらを取り入れて音楽を作っていたアメリカの先人たちからのインスパイアを受けていたのかもしれないとも思う。という文脈でソランジュの『When I Get Home』を聴いてみると、彼女の音楽もソウルやR&Bやヒップホップの枠内で聴こえる雰囲気はあるが、そのディテールを見るとそれらの定石とは異なる要素が聴こえてくることがわかる。あくまで自身の音楽が「アメリカの音楽」であることは彼女の中で重要なことなのかもしれないとも思ったりした。アメリカ人として、リベラルな意識を持ちつつ、世界の音楽へと視野を広げた先人たちによるチャレンジの歴史を取り入れたかったのかもしれないし、それはつまりアメリカ音楽史の延長上にいることを示したかったとも言えるかもしれない。

その結果、ソウルやR&Bっぽいんだが、ポリフォニックでどこか抽象的な不思議な音楽が出来上がった。それはスティービー・ワンダーがまだ使い方の定まっていないサンプラーや新しいシンセを試行錯誤しながら重ねていった感覚を確実にアップデートしながらも、そのチャレンジが持つ「得体の知れなさ」だけは自身の作品にも注入しているようにも思える。

『Journey Through The Secret Life Of Plants』のような迷作(やアリス・コルトレーンやサン・ラといったジャズ史に位置づけづらいのオルタナティブ)がこうやって、40年後に未来を生み出すヒントになり、音楽家の背中を押すことになるとは。その音楽が後々どんな意味を持つことになるかなんて、誰にもわからないだなと思う。

ちなみにジャズを中心に見ている僕としては、2010年以降の音楽シーンで、ポリフォニーはよく見るトピックではある。『Jazz The New Chapter』でも何度も触れているし、近年だとジャズピアニストのティグラン・ハマシアンは自身でも何度もポリフォニーに言及している。

というところで本作とビョーク『Utopia』を並べて聴いてみると発見があるかもしれない。このアルバムもまた非西欧圏の様々な地域の要素が入っている。20世紀的な欧米のポップミュージックの構造から逃れるためのひとつの選択肢としてポリフォニーがあるような気がするし、それは非欧米圏の音楽と接続するための方法でもある気もする。更に言えば、レイヤーを重ねるように作るDTM以降の音楽との相性もいい。それに20世紀的なポップミュージックとは異なる響きを手に入れることもできる。みたいなところで2010年代以降、様々なところでポリフォニーを意図的に取り入れた音楽を聴くことが増えた。ソランジュの本作もまたそういった文脈で聴くことができるアルバムだと思う。


さきほど、坂本龍一の名前を出したので、彼の発言から繋がる話を一つ。坂本さんが以前に語っていたが、映画=映像につけるためという制約が音楽のセオリーを無効にするような自由さを生むことがあるそうだ。映像に合わせた時間、映像に合わせた変則的な展開、映像に合わせた音色やリズムなどが、ポップス的な音楽構造の定型を許さないことでクリシェを回避できるという。実はこのことは様々なミュージシャンの口から聴く話で、近年は新しい音楽を生み出すためのインスパイア源としてポップミュージックではなく、映画音楽からの影響を語るミュージシャンも多い。

そう考えると、『Journey Through The Secret Life Of Plants』でのスティービーのある種の無謀さをも感じさせる自由さは、映画のための音楽であったことも理由にあるのかもしれない。

ちなみにソランジュの『When I Get Home』にはAppleMusicで見ることができる33分の動画がある。(☞ https://itunes.apple.com/jp/music-video/when-i-get-home/1454474397 )この美しい映像はこの短い楽曲と更に短いインタールードが連なってできているアルバムの音と完全に連動している。もしかしたら、映像との兼ね合いがこのアルバムの構造を生み、それが音楽に新しさを加えているのかもしれないし、スティービーの『Journey Through The Secret Life Of Plants』を上げていた時点で、その相互作用があらかじめ想定されて作られた音楽であり、映像だったのかもしれない。と考えると若林恵の論考「ソランジュという運動体」はものすごく説得力を持つ。

そして、この部分は、ここに参加している鍵盤奏者のシャソールとも繋がっているのだ。シャソールは彼自身も映画のサウンドトラックを担当しているだけでなく、彼はライブで映像に合わせてその場で即興的に音楽を重ねるパフォーマンスで知られている。彼の音楽も映像に規定されていることが、新しさに繋がっている。そういう意味でも、ソランジュとシャソールとのつながりはかなり密なものだったのではないかと想像できる。

ちなみに以下の「Indiamore」はインドで撮った映像が使われていて、音楽にもインド音楽の要素が入っている。この部分もソランジュと繋がっている。もしかしたら、本作でのソランジュのテーマにはアジアがあり、その中でも「インド」が鍵だったのかもしれない。そう考えると、アルバム全体がひとつのラーガみたいな雰囲気があるという見立ても間違いではないのかもしれない。

こうやって聴けば聴くほど、発見があったり、イマジネーションが湧いてくるアルバムなのだ。改めて、ソランジュはすごいものを作ったなと思うのだった。

※『When I Get Home』に関係ある曲を集めたプレイリストを作ってる方がいたので貼っておきます。


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柳樂光隆

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柳樂光隆

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