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若い男性層にアズールレーンというゲームが受けているらしい

萌えとミリタリーの組み合わせというのは、もうここ10年で完全にオタク文化として定着して変態的な趣味ではなくなった。

一昔前に比べて全然普通のことになって、ミリタリーや軍事という物に対する抵抗感もだいぶ薄れてきて最近では今時「軍事アレルギー」なほうが時代遅れだという時代だ。

その軍事アレルギーという言葉が死語なほど、ミリタリーについて語ることが普通のことになった。

これを右傾化だとかいう人もいるが、実際のところミリタリーはおまけ要素で大多数の人はキャラ目的だというのが実態だ。


反軍事的な人はそうやってカジュアルに普及させることで、軍国主義へと近づいているだとか批判するかもしれないが、ミリタリーオタクから言わせると「そこまで軍事にオタクが興味持ってくれたら苦労しない」という認識が強い。


例えばFPSが流行って、実銃やエアガンに興味を持つ人が増えたかといえばそうではないし、ガルパンが受けたからと言って戦車好きの人がそう簡単に増えるわけではない。

艦これもただ単にキャラが好きだというだけで、史実の軍艦について語る人はむしろその世界では面倒な人だと思われている。

ガンダムももはやキャラクターのネタ要素でしか盛り上がらないし、平和論者的な人が危惧するどころかむしろミリタリー界ですらだいぶ軟派になっているのが現実だ。


ガチガチの軍事オタク的な人はそんなに昨今の萌え×ミリタリーでは増えないし、むしろ着実にマイルド化や平和ボケかが進んでいるという印象すら受ける。

自分が憧れていたもっと硬派で濃密な軍事オタクの世界は今では過去の憧憬となっている。


その極致が「アズールレーン」というソーシャルゲームで、軍事も行くところまで萌え化が進んでいるなというのが伝わってくる。

ここで前提として明らかにするのであれば、自分は決して萌えとミリタリーのコラボに反対の立場というわけではない。

むしろ『ストライクゥイッチーズ』という第二次世界大戦のレシプロ戦闘機と萌えキャラクターを組み合わせた作品の大ファンである。その前の更に黎明期の時代の『武装神姫』や『スカイガールズ』という作品も、すべてを見ているわけではないが興味があり、萌えミリタリー文化の始まりを体験している。


その後『艦これ』と『ガールズ&パンツァー』で、完全にオタク界に定着し、ようやく本題の『アズールレーン』に行きつく。

このアズールレーンというソシャゲのタイトルは、いわば中国版の『艦これ』に近く戦艦と萌えのコラボを主体としている。何が違うかといえば、まずはゲーム性で基本的にゲームとしてのクオリティはアズールレーンの方が高いようだ。シューティングを基本にしており、ゲームとしてはそこまでやりこみ要素の無い艦これとの決定的な差になっており、艦これからだいぶユーザーが移行して対立が起きているという構図だ。


更にもう一つ「アズレン」のストロングポイントがあるとするならば、それは海外の戦艦も充実しており、艦これが頑なに日本海軍艦に拘っていることと一線を画する。

艦これに海外艦が無いというわけではないのだが、そこまで積極的に導入しなかったり艦これユーザー自体が日本海軍艦を信奉しているところがあり、ある種の「壁」や敷居の高さを作っている。


艦これ自体は誰でも簡単に始められて、そこまでガチに対戦する必要もない気軽なゲームだったはずなのだが、いつの間にかユーザーが先鋭化してしまい外部の人が入りにくい空気感が醸成された。

「艦これは日本海軍の悲哀を感じるが、アズレンは感じない」というような選民思想が蔓延し、ある種の原理主義化してしまいカトリックのようになってしまった。

それに対するプロテスタントとしてアズールレーンというものが今、若い20代から30代の男性層に受けているという構図のようだ。

そのカトリック的な意見に対して「今のゲーマーはそんな史実要素は重視せず、キャラクター性を求めている」というのが中国運営側の反論で、確かにそうだと感じる。

アズレンのキャラデザは魅力的であり、自分自身惹かれるキャラが何人かいた。「何艦」かといっていいのか、「何人」かといっていいかわからないがとにかくキャラクターは充実している。

ここまで語っておきながら、自分は以前にも語ったようにソーシャルゲームをやらないので当然ながらアズレンもやったことがないし、艦これもやったことがない。


ただ部外者として感じるのは、もし戦艦に興味がわいてゲームを始めるとするならばアズレンを選ぶかなということだ。自分はミリタリーゲームなどでも様々な国のキャラクターを使いたい人間なので、アズレンのほうがドイツ海軍やロシア海軍などマニアックなところが充実していて楽しそうだと感じる。そしてシューティング性なところがゲームとしても面白そうだ。


ただその一方で「最近の若いゲーマーの文化にはもうついていけないな」と感じるのも事実だ。

年代的にはアズレンのプレイヤー層と変わるわけではないのだが、価値観として自分はもう今のゲーマーの事情についていけない。ゲーム実況も見る気にはならないし、ソーシャルゲームは一切しない。

基本的にゲーミングPCや据え置き機、携帯ゲーム機の方が好みでありそもそも最近ゲームさえしなくなってきている。


もう一つアズレンが果たしている役割として、「嫁キャラクター」を育てるということにあるように思う。キャラクターの好感度をいいねで高められたり、部屋をカスタマイズしたりして楽しめるという機能があるようなのだが、今の時代若い男性は現実に恋人を作るよりもこういったゲームキャラクターを愛する時代になってきている。

別に自分は彼女がいるわけではないのだが、こういったソシャゲの嫁キャラクターで若い男性層が満足するようになれば、そりゃ結婚はオワコンになるしキャバクラや風俗も経営が厳しくなり世の中の従来的な文化は失われていくだろうなと感じる。


それだけ恋愛が敷居が高くなりコスパの悪い物になったし、それで満足している同世代が増えたから安心感はあるという時代だ。

バーチャルユーチューバーやソシャゲの嫁キャラクターで日本人男性が満足するようになり、恋愛にガツガツしなくなれば皆大人しくなって行き緩やかな衰退に向かっていくだろうし、オタク文化も行きつくところまで来た。


それだけ従来のライフスタイルが面倒で大変な物だったのだろうし、そこまで必死になる必要が無いことに多くの男性層が気付いた。アズールレーンのユーザー9割が男性だということらしく、これが最近の20代や30代の実像なのだろう。

ソシャゲの嫁キャラクターを育ててて、バーチャルユーチューバーを見たりアイドルの握手会に行っていれば満足だし、結婚どころか恋愛ですらほど遠い。それだけ日本人男性の甲斐性が無くなり貧しくなっているともいえるし、わざわざ不利な恋愛を目指すのは労力の割に合わないし、同じようなライフスタイルを送っている人は無数にいるので不安ではない。


日本社会の闇といえばそれまでだが、日本人男性もそれが精いっぱいの時代になったし自分以外の人を支えるどころの余裕はない。

現実で一生懸命やってガツガツしたところで確実に幸せになれるわけではないが、ゲームの世界だとある程度プログラム化された愛は確実に返してくれる。

女性は乙女ゲームにはまる時代だし愛もAI化される時代になった。


日本人男性の甲斐性が無くなり、現実の女性以外の代替品があらゆるところでコンテンツ化した。自分自身その文化に依存している立場なので自嘲気味に語るしかないがとにかくもう男性層にそんな力はない。

自分から行って失敗するのはもう嫌だし仮に成功しても支えなければならないのは割に合わない、もちろん相手から来てくれてむしろ支えてくれるならばよいがそんな社長令嬢みたいな人はなかなかいない。いたとしても自分には見向きもしないだろう。


一部のIT社長が成功者として女優と熱愛しているなんて報道される一方で、大多数の男性はソシャゲのキャラクターで満足している。

それもかつてのような恋愛色の強いギャルゲーのようなものから、プラトニックラブのようなより純粋な関係になってきている。

むしろ艦これやアズレンのキャラクターを性的な目線で見る方が穢れているというようなピュアなユーザーの方が多いのではないか。

自分自身がアイドルを性的な目線よりも純情的な目線で見ているので、これが今や普通の感覚になってきているのかもしれない。

普通の幸せが遠い時代に、現実的な範囲内の中で得られる幸福に人々はシフトし始めているのだろう。

面白いとおもたら銭投げてけや