少年と天に斉しい男


 俺は、数日の間、ずっと空をみあげていた。視線の先には、人間が一人ものすごい勢いで塔を登っている。

 いやー……頑張ってるねぇと、正直感心したよ。

 不老不死になりたいという理由でここを訪れるやつは、大抵がロクなやつじゃない。しかし、あのガキ——と言うにはかなり成長はしたが——は仙人のジジィたちの無理難題を数年を掛けてこなし、ついには、最終試練のために自力で天高くある桃源郷へ仙果を取りに行くまでになりやがった。

 仙果を貰いに来た覚悟に偽りなし、か。

 いい根性をしていやがる。

 ——好きな女を孤独にしたくないから、不老不死になれる桃をください……!

 ただの人間、しかも子供が仙術、妖力、神通力、魔術使わず——まあ、それらの使用は禁止されているんだけどな——をここまで来ることは、奇跡に等しい。

 それに、俺は個人的に結構気にしているんだよな。

 なんか、昔の自分を思い出すからかも知れないな。

 あいつは、この試練を突破し、登り切れば桃を得ることが出来るだろう。

 だから、俺も準備に入らなきゃならない。

 あいつに、本当の最後の試練を与えるために——。

 ——

 やっと、桃——仙果——が手に入った。

 ここまで来るのに、ものすごく時間がかかった。

 ママ……シルフィアは怒ってるだろうな……勝手に飛び出しちゃったから。

 おまけに、あの人から貰った服をこんなにボロボロにしちゃった。

 あの人が僕の為にあしらえてくれた、思い出の服だったから。

 でも、これでやっとあの人と同じ時の中で生きていける。

 その人はとっても寂しがり屋だから、早く戻らないと。

 そう思っていた時に、ちょっと離れたところで女の子が泣いているのを見つけた。

 何故こんなところにいるんだろう?

 どうしても気になった僕は、女の子に話を聞いて見た。

 事情を聞く、かなり深刻な事情だった。

 自分の両親が不治の病になってしまったので、どうしても万病に効く「桃」を貰いに来たらしく、欲しければこの塔を登れと言われたらしい。

 こんな小さな子にも容赦なしかよ、と僕は思った。

 それならば、僕が取ってきた桃を渡せば——そう思った時、桃源郷で言われた言葉を思い出した。

 ——お前がここで仙果をもらえるのは、ただの一度限り。ゆめゆめ忘れるでないぞ。

 これを渡せば、少女の両親は助かる。代わりに、僕の数年間は全部無駄になる。

 ちょっと考えたけど、僕は少女に桃を渡した。

 あの人を待たせることになるけど、仕方がない。

 他の方法を見つければいいだけのことだ。

 そうとなれば、ここに長居は無用だ。

 僕は他の方法を探すためにここを立ち去ろうとしたら、少女が突然笑い出した。

 しかも体の大きさに似合わない大きな声で。

 な、なに? 一体何が起こったんだ!?

 うろたえる僕に、少女は開口一番、こう言い放った。

「いやー、お前バカだなー。数年間掛けた成果を躊躇ナシで渡しちまうなんて    な~」

「……はい?」

「だが、それでいい。合格だ、ボーズ。いや、もう一人前の男だな」

 声がいきなり男に変わった。しかも、この声には聞き覚えがある。まさか——!?

「その通りだ。お前は本当の最後の試練に合格したんだよ」

 少女は、ぽんっという音を立ててその姿を変えた。頭に金の輪っかをつけて、長い 棒のようなものを持ってた逞しいその姿は……!

「あなたは……俺をここに連れてきた……!?」

「そーゆ—こと。しっかし、あれだな。お前、ほんとバカだよなー」

「……ほっといてください」

「さっきも言ったが、それでいい。お前の願いは私利私欲ではなかった。その証拠に、困ったものに何のためらいもなく桃を差し出した。こんなこと普通の人間には出来やしねぇんだよ」

「困った人を助ける。それが人でしょう?」

「人はそんなに優しくはねぇよ。俺も長く生きてるが、そんなやつなんか片手で数えるしか見たことないぜ?」

 そんなもんなのかなぁと思ってる僕に、彼は言葉を続ける。

「それにな。これで心が折れて諦めてすごすごと帰るようじゃどっちにしても不老不死なんかになれはしねぇよ。なれても、その重みに潰されるのがオチだ」

「はあ……そんなもんですか——ってなんで僕の考える事が分かるんです?」

「俺をなめんなよ? 他心通力でお前の考えていることなんかお見通しだ」

「え? もしかして……あなたも、魔法使いなんですか???」

「かなーり違うけど、似たようなもんだ。ほれ」

 男は僕に桃を投げ返した。

「あ、ありがとうございます」

「あー、ダメダメ」

「は?」

「お前、これから女を口説くんだろ? そんなおどおどとした態度じゃ相手が不安になっちまうだろうが」

「そんな……もんですかねぇ?」

「そんなもんだ。お前は押しが弱いんだからそこを変えろ。あと、自分のことは「僕」じゃなくて、「俺」に変えろ」

「え。いきなりそんなこと言われても……」

 これは僕の生来からの性格だ。

 いきなり変えろと言っても、簡単に変わるもんじゃない。

 まあ、あの人と一緒にいるためには僕がしっかりしなきゃいけないのもわかるんだけどさ。

「とにかく、始めの内は形から入ってみればいいさ。お前なら大丈夫だ。この俺が保証してやる。上手くやんな」

「は、はぁ。それより、結局あなたは何者だったんですか?」

「俺が誰でもそんなことどういいじゃねーか。重要なのは、お前は試練に合格して欲しいものを手に入れた。それでいいじゃねーか。違うか?」

 ……それはそうなんだけど、やっぱり気になるんだよ。

 なんとなく、ただの仙人じゃない気がするんだけど……とか考えている時に。

「とにかく。お前は早く行きな。女が待ってるんだろ?」

「はい……じゃない。おう」

「声が小さい!」

「お、おうっ!」

 そうだった……僕の目的は、たった一つ。

 考えるのは後でいい。

 今は、一刻も早く帰りたい。

 僕……いや、俺はその場を去った。あの人をずっと支えるために。

 ——

「やれやれ。強いんだか弱いんだかわからん、面白い奴だったな」

 俺がひとりごちると、背後から声が届く。

「なんか、あいつをすごく気にかけてたじゃないか。親父殿」

 声の主は、俺の不肖の息子だ。

 なかなかいい感じに生意気に育ちやがったもんだ。

「まあ、な」

「……オフクロとのことと関係あんのか?」

「教えてやんね」

「ケチ」

「言ってろ」

 息子とのやり取りで、俺は昔を思い出す。

 俺の惚れた女は、ただの人間だった。

 俺は不老不死だが、あいつはそうじゃなかったし、それを望まなかった。

 その代わりにこいつを残し、逝ってしまった。

 ……よそう。

 グダグダ考えるのは俺の柄じゃねぇ。

「それよりも。お前、どうするつもりだ? 自分を呼んでいるやつが何処かにいるとか言ってた様だが」

「あー……あれな。当然行くつもりだよ。俺は強いから問題ないと思うぜ?」

「俺から見ると、まだまだだけどな」

「ほっとけ。絶対に親父を超えてやるからな!」

「威勢がいいな。ま、お前はそんくらいが丁度いい。それに、お前が自分で決めたことだ。しっかりやってこい。それと——」

「それと?」

 実は、俺もその声は聞いている。

 しかも、よく知ってる「あいつ」の声だ。

 まさかそれがこいつにも聞こえるとは、な。

「お前を呼んでるやつは、多分お前の想像を遥かに超えたお人好しだ。せいぜい振り回されるないように気をつけな」

「……なんだよ、それ」

 ——

 程なくして、不肖の息子は旅に出た。

 かつて、俺が使っていたものすべてを持って。

「あいつ」なら、間違いなく俺の子を逞しくしてくれるだろう。

 妻よ——見てくれてるか?

 俺達の息子は、ようやく自分の道を見つけたみたいだぞ。

 そっちからも見守ってやってくれや。

「しっかりやれよ、天空。斉天大聖を継ぐのは、お前しかいねぇんだからな」

 俺はふと、空を仰ぐ。

 そこには、雲一つない青空が果てしなく広がっていた——。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?