「クリエイティブ」に行き詰まった時に。ORCR Cycleを提唱します +「愛の本質」って?私なりの今の答え

「クリエイティブ」が一時停止してしまった時。

何から手をつけていいのかわからない時 そもそも何が好きか・何をしたいのか分からない時
そんな時の考え方について仮説を立てて「ORCR サイクル」と名付けてみました。


この記事で言いたいことの結論

つまづいたり・立ち止まったりしがちな日々の生活や創作においての考え方として、

まず観察し、その中で得た気づきを反復し・製作を経て発表する 一連の流れ

それらの頭文字をとって「ORCRサイクル」として意識していくといいのでは、と考えました。

Observe:観察
Repeat:反復
Create:製作
Release:発表

この、繰り返し。

特に、「観察」が肝と感じていて、「好きなこと」「愛しているもの」「情熱を傾けてしまうこと」は多分 人は「観察してしまう」。そうやって「何度も繰り返し見てしまう」。これによって「自分にとって重要な部分(対象の何が自分にとって大事なのか)」や「対象の傾向・起こりやすい予兆」に気がつくようになる。その部分を切り取って「反復」したり「予測したり」、何か作るために「試行錯誤」を繰り返す。ただ、繰り返しているだけではダメで、ある程度固まったらそれらを製作して形にし完成させ、発表する。さらに発表前の作っただけの段階ではまだ未完成で、発表して、何らかの形で(なんでもいいと思います)世にリリースして初めて一つのサイクルがいったん終わり、またはじめに戻る。

そして、このはじめの「観察」こそが、何より重要に私は感じていて、もしも「愛の本質」があるとするなら、これに当たるんじゃないかって思ったんですね。これは最後に。

なぜこんなことを思いついたのか?からいってみましょう。


PCDA サイクルへの抵抗感

いつ初めて見たかも思い出せないのですが、なんとなく、「PCDAサイクル」という単語を初めて見た時から、あんまり自分には合わないなという感じがしていました。

PDCAサイクル(PDCA cycle、plan-do-check-act cycle)は、生産技術における品質管理などの継続的改善手法。Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の 4段階を繰り返すことによって、業務を継続的に改善する。PDCAサイクルは、主に日本で使われ[注 1]、Aのみが名詞のActionといわれる[1]。PDCAの提唱者といわれるデミングは、晩年までCheckはHold Backという停止を意味することから好ましくないと主張していた。PDCAはシューハート・サイクル (Shewhart Cycle) またはデミング・ホイール (Deming Wheel) と関係無いとも証言をしている。没年には、Checkを研究を行うStudyに置き換えPDSAサイクルとすべきであると主張した[2]。(Wikipediaより)


なるほど、元は生産技術における品質管理の改善手法なのですね。つまり工場や製造の現場での改善方法。それは、自分には合わないわけだ、、何かを作りたい、とは思っているけど、なんていうんだろう、生産の手前の部分が欲しくてもがいている時間が多い。
Plan! そう、確かに「何を作りたいか」は大事だ。大事なんだけど・・・うーん。。。っていう感じの。確かに、工場とか「何を作るか」がある程度決まっていて、それを制作し、改善しつつ量を増やしていくためにはいいのかもしれない。受験勉強にもいいかも。また、後年に「Check」から研究の意味の「Study」に変化したのはとてもいいな、と感じました。研究、という言葉にもとても惹かれる。


PCDAをORCRに置き換えてみる!

では、置き換えてみましょう!例えば私が今はまっていることで例を挙げてみます。外見(自分にとって美しいと感じる見た目はどんなのか)と音楽(DTMでの楽曲製作)、植物(部屋で観葉植物を育てる...というか枯らさない)の3つで行きましょう。

外見(自分にとって美しいと感じる見た目):Plan! 美しくなりたい!綺麗になりたい!自分の思い描く理想に近づこう!
音楽(DTMでの楽曲製作):Plan! だって昔から好きだしあの曲をこんな風にリミックスしたら絶対かっこいいから!やってみたい!コードを覚えよう!
植物(部屋で育てる):Plan! 部屋にあると可愛いし気持ちが癒される!今まで枯らしてしまったことがあるから今度は元気に育てたい!

確かに、こうなんです。こうしたい、そう、そうなんですけど、、なんていうんでしょう。。「対象」があるようでないというか。多分、ある程度の方向性が固まってからの PCDAは活きると思うんです。でも、手探り状態の時って、Planをどうすればいいか、が漠然としがちではないでしょうか?
*そもそもPlan:計画の時点で「どんなものが好きか〜こうしよう」、までしっかりと出来上がっているものでしょうか。だとしたらそれはそれでokですね!笑


これを、Observe:観察で行ってみます。

外見(自分にとって美しいと感じる見た目):Observe!私はどんな人を見たときに素敵!って思うのかな?いつも目で追ってしまう人はどんなだろう。ネットで調べてスクショしてみよう。自分に似合うようなものは何だろう。今まで褒められたことって何だっただろう。街で女性を観察してみると、服の色合いや姿勢の良さって大事だよな。
音楽(DTMでの楽曲製作):Observe! 自分はどんな曲を好きなんだろう?どういうリミックスをかっこいいと感じるんだろう?どんな曲に心を揺さぶられてきたんだろう?どんな曲が流行っているんだろう?機材はどう使えばいいのか?自分にとって合う機材はどれか?コードや理論はどんな理屈で動いているのか?
植物(部屋で育てる):Observe! 現在の部屋の日当たりは?今ある観葉植物の性質は?水やりの頻度はどのくらいが合っているのか?これまで枯らしてしまった時の植物の環境や日当たり・水やりの状況は?


この時 観察するのは、対象ももちろんするんですが、その対象に対峙している「自分」もすらよく観るのが肝要な気がしています。よく恋愛相談とかで見たのですけど、「好きな人といるときの自分を自分が好きかどうか」をチェックしてみよう みたいな考え方があって、そういう感じかなと思います(伝わって欲しい...)
ペットやお子さんがいらっしゃる家庭ではもう、毎日「観察」の嵐なんじゃないでしょうか..!!! 相場もそうだし、営業やマーケティングもそうかもしれませんね。何が売れているのか?求められる広告は?といったように観察。「調べる」というより、やっぱり「観察」が私にはピタッと来るんですよね。



語源・意味合い

ここで改めて、言葉の意味合いも載せておきます。Weblio英和辞書と語源から学ぶ英単語より。

Plan  《★【類語】 plan は「計画」という意味を表わす最も一般的な語; program は予定されている行事や番組などの実施計画; project は大規模で野心的または実験的な計画; design は特定の意図をもって綿密に考えられた計画》
Check チェスの「王手(をかける)」が原義で,「抑える」はそこからの派生.「王手」が正しいかどうかを照合することから現在では中心的意味の「調べる」が派生
Do 何かをする。「行為」を表す最も一般的な動詞
Action n.行動 、アクション◇L.actus(行われた)+-tion(状態、動作、結果) F.n.f.action


Observe 観察する、守る、「仕えるために注意深く」 ◇ob-(=to) = 目の前に保つ、見守る
Repeat 繰り返す、反復 ◇re(=again) = 再び求める
語源
pet-, petit-, pet- : L.petere = to make for(追い求める)、seek(求める)
Create cre(sc)-, cret-, crut- : L.creare = to make(作る); L.crescere = to grow(生ずる)
Release 放つ、離す ◇relaxの姉妹語、ゆるめて
語源
lax- : L.laxare = to loosen(ゆるめる); Gk.lu'ein = to loosen(ゆるめる)


追い求める・生ずる・ゆるめる。語源の意味合いをとっても、Creativeな行為・考え方にはぴったりじゃないでしょうか。特にObserveの「見守る」この意味が最高ですね、、。見守ることは、愛だなぁと感じるんですよね。創作も、愛。生み出すこと自体が愛のなす技と感じる。



ORCRサイクルで物事を考えてみよう!

最初のORCは何度もぐるぐるしますね。何度でも取り掛かっていいし、Release=発表・ゆるめた後にもどんどん続いていくものだ、と捉えると楽になるのではないでしょうか。安心感というのは何においても重要な項目と私は感じています。安心してRelaxして初めて力を出せたり、ゾーンに入れたりする。


RepeatとCreateが順番逆でもいいかなと思ったんですが、んーー・・・自分の感覚的には、Createする前に、試しで繰り返しちゃうんですよね、サンプラーで気持ちいい音のとこ何度も叩いてみちゃう、とか、その感じ。(音楽も繰り返し、ですよね)ある程度繰り返して積み重なってからcreateに入るというか・・感じでしょうか。ドラムのビートもジャズのピアノも、何度も繰り返したり、少しずつ変えたり、いったり戻ったりしながら螺旋を描いて新しい境地にたどり着いている気がします。昔やっていた動画編集でもよく言われてました。放送時間に間に合わないといくら神編集してもダメなんだ!って。一旦 表に出さないと生まれたことにはならないんだ、と。

先ほどの例のように、まずは観察してみる。対象の観察ができないとき、「どうして自分は今そのように感じているのか」を観察してみる。そうすると、寝不足とか会社のストレスとか、環境の変化とか、そもそも創作の前段階でいろんな要因があったことに気がつけたりすると考えています。紙に書き出してみるのがいいかもしれないですね!

例えば・・・
音楽を作りたい→好きなのに進まない→どうやっていいかわからない→やっぱり才能がないんじゃないか
<観察>
苦手意識があるのでは?→家事などで忙しく気持ちに余裕がないのでは?→環境の変化に心が追いついてないのでは?→義務感が発生していないか?→単に作業に慣れていないだけでは?→理論がわからないからアレルギーのように感じていないか?→最初から完璧なものを作ろうとしていないか?など。



自然界を観察してきた?

多分、人間を含む自然界の規則性というか流れ、好み、なりやすい形。傾向、そういう「なりやすさ」「やりやすさ」「心地よさ」そして「黄金比」があって、科学・数学や研究も、それらの傾向や特性をひたすらに観察して記して発表して活用してきた歴史なんじゃないかと。気づきの連続というか。その気づきや見出した後に、発明があって商品化・流通して大衆化があるのではと、比較したりして。一見ランダムに見えるもの・もともとあったものに、ある一定の条件下での規則性・普遍性を見出す。FXを勉強したときに、ここにも「フィボナッチ数列」が生きていることを知って本当に、驚愕というか戦慄というか参った!と感じたことを覚えています。

若冲も、ガリレオも、ダヴィンチも、自然を観察して記していたんじゃないかなって。人間すらも自然の一部だし。人間の考え方もね。

昔からの観察対象だった「自然」。それが今は範囲が広がって、宇宙でもいいし、顕微鏡の世界でもいいし、アカデミックだけじゃなくて、
普段私たちが住んでいるこのすぐ手に触れられる世界がそうで、金融も、為替相場も、農業も、生活も、心も、自分自身も、恋愛も、家族もそうなんじゃないのかなって・・。発明=気づきで、創作=編集だな、とも感じています。組み合わせ。



観察されたくないという感情

愛の本質は観察ではないか、と思ったときに反対のことを考えてみました。みられたくない、というのは「嫌だ・嫌いだ」の大きな現れなのでは、と。
嫌いな人・苦手な人にじっと見られると不快に感じませんか?
(=観察されたくない?)
興味がなくなると、その物事や人が見なくなる、というか、視界に入らなくなりませんか?



参考動画・本・ブログ

天才:別の物事を結びつける

10 Practical Ideas to Take Your PUSH Skills to the Next Level - LECTURE

FXスケーター

sketodara01414

99%は仮説

ずっとやりたかったことをやりなさい

目標より記録 Daigo


この他にもこれまで私が読んだもの・みたもの・触れたものからたくさん参考にしました。Inputしてきた全てが役に立っていると思います。そして思ったのは、本・参考書とか説明書や理論っていうのは、誰かがある対象についてまとめた観察・実験記録なのかな、と。その人が自分で生み出した問いとその人なりの方法で導いたその時点での正解。あくまでそれらは「読んだ人自身」が活用・参考にする・使うためにある。「正解」はそこにはない。道具として上手に利用できたらいいよねっていう。というわけで拙いなりに、私なりの結論を今回生み出してみました。

(直感は観察の前にはこないと思うんですね)
(普通、突然アフリカの言葉を話すことはない..ですよね)
(だからやっぱり積み重ねというか、何においても。直感も好きだけどそれだけでは弱い。やっぱり自分の経験則や創作物をみることも含めた・何かしらのInputの集積あってこそと思う)



最後に

抽象的になってますし主観的になってしまっているので、うまく伝わっていると嬉しいんですが、、汗 自分の感覚的なものをどうしても文章で伝えたくて、書いてみました。PCDAに違和感を感じる人。語源とか言葉の響き・意味合いが好きな人。創作活動や日々の生活で落ち込んだり立ち止まったり勇気が出ない人に届いたらとても嬉しいです。どっしり構えて、気楽に行こう!

あらゆる行為や妄想の手前の、そもそもの考え方というか・捉え方というか。こんなのもいいんじゃないかな〜って感じで一つの例として記憶に残れば幸いです。新しい考え方を持つことで、リラックスの種が増えたらラッキー!って思っています。分からないをわかるに変えていく、事象の要因を 紐解くことができると、悩みや疑念が解けて、きっとすごく楽になります。



おまけ

「愛の本質」ってなんだろう、って考えてしまうんだけど、=観察かな、と思っています。今の所。また変わるかもしれない。

愛の本質を、観察としてみるならば、よくある悩みにもあっさり解決策が浮かぶんじゃないかなって。

好きなものがわからない、なら 自然と目で追ってしまうことは何?でもいいかもしれない。旦那さんが冷たい、なら最近の様子はどうだった?何か変化はあった?になるし、色々当てはめやすい気がする。彼氏彼女の恋愛関係でも、過去の事例から鑑みるに自分はこういう時こうなりやすい、とか、これまでの結果こういう傾向がある、ってわかっていたら情報としてすごく有用だと感じる。

愛が観察だとすると、「最近どう?」というセリフにはめちゃめちゃ愛が込められてるんじゃないかって思う。私はラテン的(と思っている)な"愛してる・素敵だ・美しい・かっこいい・最高"って相手に伝えまくるのが好きなんだけど、黙ってじっとそばにいて、お茶を欲しそうに見えたらすっと渡す、も愛だなとは確かに感じる。「彼の状態をいつも観察しているから」「いつどんなタイミングで茶を欲しがるかわかる」というか。個人的にはやっぱ率直に伝える方が好きだけど。
「わかってるなー!」みたいな。この「わかってるなお前ー!」ってめっちゃアツいと思うんです。心が開くというか。他にはねえなって思わされる感じ。これ!!友情もそう。「あいつはわかってる。」こんな褒め言葉ないと思う。恋愛とか夫婦もこの、「彼はわかってくれてる」「俺はわかってる」てめちゃくちゃ大きな要素な気がしてる_____。

話が逸れたのでこの辺で・・

\Adios!!/

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見てくれてありがとう:-)
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