〜ありのままの自分を愛せるまでの軌跡〜Vol.1

あなたは、

「自分自身を無条件に愛している」

と、心から言えますか?

息を吸うように、それができる人もいれば、毎回毎回、考えなければ、息の吸い方さえ分からない…

そんな人間もいる。
私は、間違いなく後者だった。

出店のハンドバッグ

「えまちゃんはハーフだし、お勉強もできていいわねぇ〜」

 そんなことを軽々しく語る大人の作り笑いに、私はいつも疑念と不安を抱いていた。

「自分からそのバッチがなくなったら、私が存在する意味はないのではないか?」

 物心ついた時から、

「私は空っぽのハンドバックみたいだ」

という虚無感を抱いていた。

そこら辺の出店で売っている鞄なのに、大人たちが、通りすがりに勝手にブランド物のマークを付けて行く。

Coachだとか、GUCCIだとかPRADAだとか。

幼心に、「大人達の期待に応えて行かねば」という義務感が、私の生きる意味そのものにすり替わっていた。

本当は、私自身が誰よりもよく分かっていた。

そのバックの中は空っぽで、ばったもんの安物のハンドバックでしかない

ということを…。

長〜いこと、自分自身の存在意義も、自己愛も感じたことは微塵もなかった。
どんな褒め言葉も、宇宙の彼方からこだましてエコーがわんわんしながら届くような感じ。

 どうしたら、母に愛してもらえるか?存在を認めてもらえるか?

「いい子」というバッチを獲得する為に、私は、毎日を必死で演じるという処世術を覚えた。
 そして、その「バッチ」に向かって必死に走り続けている間は、自己嫌悪と対峙せずに陶酔できる恍惚を知った…。

Born in England but…

1978年、6月17日、私はイギリスで生まれた。

父はイギリス人、母は日本人。

ハーフ・あいのこ・混血・雑種…。

いろんな呼ばれ方をした。

最近ではMIX・ダブルなんて呼び方をするらしいが、特に気ににしたことはない。

 生まれ育ったのは、サリー州という場所らしいが、それがどこなんだか私は知らない。
(一時期、アンジェリーナ・ジョリーの別宅があったとか、なかったとか)

 母は、英国航空のCAで、父は同社の人事部の役員。二人は「春闘」で出会い、母いわく、一目惚れした父が、母がファーストクラス担当になっているフライトに必ず父が乗って来て「世界中をストーカーされた」らしいw

 いかにも情熱的な父らしいが、二人の結婚生活は、わずか3年で破綻を迎えた。

家庭崩壊

 父は激烈にイケメンかつ超ジェントルマンだったので、女性が放っておかないのも無理がない感じもするし、母は(赤松利市先生のお言葉をお借りすると)「ボダ子」
 冷静に見て、交際期間を含め、5年も持っただけ奇跡に近い。

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 イギリスの寒さや、出張で父が留守がちだった異国での孤立した生活に、母はとうとう馴染めなかった。

 日本でもう一度、やり直そうとしていた両親に決定的な亀裂を生じた引き金は、母が傾倒していた、ある占い師の言葉だった。

「イギリスから直接日本に帰って来るのは、方位学的に悪過ぎる。家が火事になるか、娘が死ぬ。一度、日本から見て南の国に半年住んでから、日本に入国しなさい」

 当然のことながら、イギリス人の父が、風水やら方位学など理解できるわけもない。(私自身も否定はしないが、ぶっちゃけ、理解はできない)
 こうして、とりあえず、私と母は、ハワイに半年間住む事になった。

母の自殺未遂

 ハワイに移住し、数ヶ月後、父がはるばるイギリスから会いに来た時のこと。
 扉を開け、開口一番、「離婚して欲しい」と母に離婚届けを差し出した。

 母は、咄嗟に、横のテーブルにあった市販の精神安定剤をひと瓶、一気に飲み干した。
 これが、彼女の最初の自殺未遂だった。父は動揺し、熊のように、部屋をウロウロと行き来しているだけだった。

 何も理解できず、ベッドにちょこんと座る私を見た母は、

「自分が死んだらこの子の世話をする人がいない…」

と、ふと我に返り、自分で救急車を呼んだ。

 当時、僅か3歳だったので、私はこれらの状況を覚えているわけではなく、詳細は小学校に入る前くらいに両親から聞かされた。

 ただ一つ、ハワイで鮮明に記憶していることがある。
 
 母が自殺未遂をしたその日は、たまたま花火大会があり、海岸に面した白いマンションのベランダから、真っ暗な夜空に打ち上げられる花火がとても大きかったこと、その時の「ヒュー…ドーン!」と鳴り続ける音だけは、今でもはっきりと脳裏に刻まれている…。

 いまだに打ち上げ花火を見ると、不思議と美しさよりも、散って行く火花に薄っすらとした切なさがこみ上げて来るのはこの日の名残りなのだろうか?

 こうして、父と母の愛憎劇の火蓋が切って落とされた。
            to be continued…

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(Vol.2 日本へ)

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