今月辞めるバイト先の婦人が、服をプレゼントしてくれた。春先にちょうど良さそうな、ハニーズの白いパーカーだった。

その婦人はときどき、特定の属性を無自覚に異常視（病気・怠慢・逃げの手段として見るなど）することがあり、そのあまりの悪気のなさに面食らったり少々落ち込まされたりすることもあった。
しかし私には優しく気さくだったので、なるべく機嫌よく生きてほしいなと思っていた。彼女が人を傷つけかねない内容のことを言ったとき、私は知識の披露という形で釘を刺したり刺さなかったりした。刺しても手応えはあるようなないような、という感じだった。

初耳だったのだが、婦人は気分が定期的に強く沈んでしまうことに悩んでいたらしく、彼女とシフトが被る最後の日にそのことを打ち明けられた。
彼女の悩みの原因について、考えられる可能性は複数あった。更年期障害の可能性もあると思ったが、暗に彼女の年頃に触れることになるため言えなかった。
私はメンタルクリニックやカウンセラーへ行って専門家に診てもらうことを躊躇しないように言い、自分が睡眠薬を貰っておりそれで生活がマシになっていることも言った。彼女は感心したようなリアクションをしたが、行くかどうかは微妙だろうなと思った。

婦人は「独身の人間が持つ自由が酷く妬ましくなってしまうことがある」という旨のことを言って、私より少し年下の、別のバイト仲間の名前を出した。その人は最近歯列矯正をしたらしい。彼女も同じことをしたいが、家庭のことを考えると自分にお金や時間をかけられないのだと話していた。たぶん、私のこともずっと羨ましかったのだろうなと思う。友達と楽しく遊んだ話を、私は今までたくさんしてきた。

婦人は色々な悩みを話してくれた。諸々のことに対して、若ガキなりの助言や所感を都度労いに添えていたところ、バイトの終わりに「メンタルクリニック・マヴィ」「カウンセラー・マヴィ」というような呼ばれ方をした。
揶揄されているのかと思ったが、彼女の周りの人は共感と労いはしてくれるものの意見を言わない人ばかりなので、人生経験の浅い人間からでもやいのやいの言われるのを喜んでくれたらしかった。「歳をとると誰も何も意見を言ってくれなくなるからありがたい」とのことだった。気の毒だと思うし、それ以上にとても恐ろしいと思った。
私は、誰にも指摘されず自覚のないままおぞましいクリーチャーになっていくことが怖い。クリーチャーになりたくないのではなく、怪物になる時は自らが怪物であると自覚していたいということだ。美女に求婚する前に自分が醜い野獣の姿をしていることはしっかりと把握しておきたい。婦人もそう思っているのかは分からないが、似たような気持ちがあるのかもしれないなと思った。
だから、意味があるかどうか分からないなりに、釘は毎回刺しておくべきのだったかもしれない。

お互いに今までのお礼を言って、婦人とは駅で別れた。おそらくもう二度と会わない。私と婦人は楽しく会話が出来るし、彼女のことは割と好きなのだが、気が合うと思ったことは一度もなかった。価値観が違う分には仲良くなれても、倫理観が著しく違う場合は難しいような気がする。

婦人は苦労の多い人で、愚痴はよく聞いていた（その分以上に良くして頂いていた）が、人生相談レベルの話を持ちかけられたのはその日がはじめてだった。最後の日で、これから他人になる人間だから、話しやすかったのだろうか。それともパーカーが彼女の中で診察料のような役割を果たしたのだろうか。

彼女に対し、幸せを願うほどの想いはないが、辛いとき専門家に頼ることを躊躇わないでほしいと本当に思う。