2019.4.3

「ずっとやりたかったことをやりなさい」の中で、モーニング・ページを書くというのがあるのだけど、それをノートに書き出したらあまりにも手が痛いのでnoteを久しぶりに開いてみた。特にテーマがあるわけじゃなく、頭の中に浮かんだことをどんどん書いていくだけの、自分だけの誰かのためのnoteではないのでタイトルも「2019.4.3」と日付にしたけど、画像は何となく気分がわかるように惹かれたものを入れてみた。続けるかどうかもわからないけど、ざっとノート1/3を書いたところで、心のもやもやがなくなっていく感じがしたので、もしかしたら精神衛生上いいことなのかもしれない。ちなみに「ずっとやりたかったことをやりなさい」は最後まで読んでいないので、モーニング・ページ(頭に浮かんだことをどんどん書く行為)をやることの効能はよくわかっていない。(ちゃんと読もう・・・)

最近、身内のトラブルが発覚して、特にこちらに火の粉が降りかかっているわけではないのだけど、考えたくなくても考えてしまうことが増えて、人生って「思っていた通りの未来」しかこないように感じていた自分に圧倒的に驚く。大体が「自分が設定して向かっていった未来」だと感じていたので(就職、結婚、出産・・・と自分で意思決定して作り上げてきたので)まさか漫画のようなトラブルが近親者に起こって、自分にもそれ相応の悩みとして降りかかってくるとは驚きだ。友人に「勝手に起きる未来を待ってみる余裕を持って、少しゆっくりすれば」と高すぎる(らしい)目標を達成できないと自己肯定できない私に忠告してくれたのが正月のことだった。まさに「勝手に起きた未来」に動揺している私。日頃から常に自分の容量をオーバーする量のタスクを自分に与えがちだったので、2019年は少し余裕を持った生活に切り替えていた。友人のおかげで「勝手に起きた未来」で水が溢れ出てびしゃびしゃにならずに、ギリギリのところで持ちこたえている。

耳の痛い忠告でもあり、半分は理解し、半分は理解できない内容だったけど、信頼できる友人の忠告ということもあって、「そうしよう」と素直に聞いていて本当によかった。

それにしても3歳の娘は食事中もずっと喋り続けていて、おしゃべりだなあと思う。女性は1日に何万語かを喋らないとストレス発散ができないと聞いたことがあるけど、齢3歳にして立派に女性的な特徴を持っているのだなあと感心しながら、反面、うるさいなあと思っている母なのでした。

明日も書くかはわからないけど、この程度のテーマなき単なる駄文であれば書いてストレス発散になるならnoteに書いていくのもいいのかも?
以前は小説を書いてみよう、だの、人の役に立つ文章を書こう、だの思っていたけど、そういったハードルを課すと「書けない時」が必ず訪れる。そうなると、せっかく書くことが好きで、書くことが癒しになるのに、急に苦しい活動になってしまう。別にnoteで稼ごう!という考えはないので、書きたいことを書いたらいいのに・・・。変にハードルを課すとことが自分自身を苦しめるんだよね。

何も考えずに思ったことを書いてみたけど、数10分しかかからないし続けてみるのもいいのかも。

頭に浮かんでくる言葉がなくなってきたのでこの辺で終わりに。今日は娘の幼稚園の制服の裾上げをしなくてはならないので、裾上げテープを買いに行く。プリーツスカートをどうやって裾上げすればいいのかよくわからないんだけど、、掃除洗濯をして、メイクをして、スーパーに行って。娘と過ごす最後の1週間。これからは一人の時間が少し増える。寂しい気持ちもあるけど、どちらかというと「やりきった!」「早く幼稚園に行ってください!」って感じ。3年間、誰にも預けることなく(葬式の時一回だけ実母に預けたけど)よく一人でやりきった。母親なんだし、外で働いていないのだから、当たり前のことかもしれないけど、自分だけは、自分を褒めてあげたい。よくやった。あと1週間だよ〜私。










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野中エミ

2019年日記

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