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俯瞰して見つめる

私は、家事のなかではお洗濯が大好きなのですが、お掃除は正直好きではなくて、(本音を言うと)いつも嫌々やっています。

「お洗濯」に関しては「前世はアライグマだっだんじゃないか?」と思うくらい大好き!です。どれだけでも洗濯していられます。きれいに汚れが落ちる洗剤のチェックも好きだし、干すのも大好き❤️。畳むのも大好きです。

ところが「お片付け」は大の苦手…。というより「片付けられない女」だったりします(汗)。整理整頓は本当に下手なのですが、それでは健全な社会生活を送れないので、自分なりにコツコツ努力しています。

そして「お掃除」…。もちろん嫌々やってます(汗)。基本的には「好きではない」…絶対に喜んではやらない作業です。

…にも関わらず、掃除してスッキリした綺麗な部屋は好きなんです(汗)。矛盾していることはよくわかっています。

でも、掃除しようと思うと、気分がドンと沈んで、モチベーションはマイナスへ急降下。
でも、やらなきゃいけないので、いつも自分を奮い立たせて、やる気を無理やり絞り出してやっています。

多分、これは子供時代のトラウマがあると思います。

私は小学生時代から、毎週、日曜日になると家の掃除をずっとさせられました。

玄関掃除や廊下拭き。部屋の掃除も…。

でも、なぜか跡取り長男として可愛がられた弟は、家事は一切させられませんでした。

掃除だけでなく、食後の食器洗いも、なぜか娘たちの仕事になっていて、弟は家事にはノータッチで育てられました。

母曰く「男が家事をすると世間体が悪い。将来(弟が)結婚したとき、家事が出来る旦那さんだと、将来うちに来てくれるお嫁さんが嫌がるだろうから、男は何もできない方がいい。」とのこと。

その反面、娘の私には、とても厳しかったです。頑張って掃除をしても、褒められるどころか、「ここに埃が残っている」とか「ちゃんときれいにしないからカビが生えてしまったじゃないの!」とか…。私はまだ小学生で小さかったのに、まるで姑にいびられる嫁のように失敗を厳しく責められて、ネチネチとよく母から叱られていました。

そのため、最初から「掃除」が精神的に苦痛でした。全然楽しくなかったから、今も「楽しい」と思えないのです。

今になって思えば、母も掃除が下手で、片づけられない人でした。でも、自分のことは棚に上げて、私には人一倍厳しかったのです。

洗濯に関しては、ここまで厳しく責められなかったのでトラウマは無く、何より、嫁に来てからは自由に洗濯ができるようになり、それですっかりツボにハマりました。

でも、男尊女卑の価値観(←たぶん昭和50年代はどこの家も同じだったと思います)で厳しく躾けられたお蔭で、実家から早く精神的に自立したいと真剣に思って頑張ってこれたし、家事をしっかりやらなくては…という意識は育ったので、あれれはあれで良かったのだ…と、(プラスに受け止めて)感謝しています。

ところが、あれほど跡取り長男として大事に大事に育てられた弟は、今だに独り者…なのです。

今どき、そんな家のことが何一つできない家事能力ゼロの男子では、女子には絶対にモテないんだよ…と、心のなかで母にツッコミを入れています(笑)。

とまぁ、そんな不平等&全然楽しくない体験をしてきたため、いざ掃除となると「嫌だなぁ」という気分に陥ります。一種のフラッシュバックかもしれません。掃除になると、モチベーションは一気にマイナスへと急降下…。

そんな低空飛行のモチベーションで、地を這うような気分で、黙々と一生懸命に掃除をしています。

やり始めれば、夢中になれるんだけど、やり始めるまでが、私には葛藤と苦難のひととき。

これはまさに『苦行』みたいなものです。滝に打たれたり、山のなかを駆けずり回る行者レベルの心の苦行…。苦しいけど、やらないと次に進めないから、今頑張っている…の図。

毎回、やりくない~と葛藤していますが、家のなかが汚いのは精神的に無理なので、葛藤を乗り越えて(無駄な抵抗は諦めて…汗)、コツコツ取り組んでいます。

そんな私ですが、結婚してこの家に嫁いでビックリしたのが、義父も夫も片付けも掃除をすいすいと自分でやっちゃうタイプだったこと。

大正生まれの義父が、料理も片付けもオールマイティーにこなすのを見て、ひぇーと驚いたのでした。実家とは真逆だったのです。

こころに抵抗感がないのって、スッキリして気持ちがいいんだなぁ〜と、義父の姿を見てしみじみ感じました。

夫は私と違って、片付けや整理整頓が好きな人です。
苦なくできるので、本当に羨ましいです。

そんな我が家の男性陣に、私は本当に助けられてきました。

今は家に居る私が掃除担当だけど、精神的にきつくて無理な時は、夫に頼んでやってもらうようにしています。

こんな感じでこつこつやってはいるものの、でも苦手なのですよ~。

お掃除が…(汗)。

今世では、私は掃除が好きになることはないかもしれないなぁと思います。

私はちゃんとできるんだけど、嫌いなのです。

好きなこと=できること…ばかりではない。「嫌いでもできる」ことはあるのだということを、私は自分の身をもって知りました。ここ、混同してはいけない部分だと思います。

◇◇◇

この世の中、自分の心のなかを見つめたとき

・できること
・好きなこと

これが一致しない場合もあるんですよ。

☆出来るけど好きじゃない。好きでもないのに、何故か上手くスイスイとできてしまう。
☆好きだけど下手くそ。うまくできないけど、好きで夢中で取り組んでしまう。

こういうことが、世の中には結構たくさんあるように思います。

もしかしたら、自分は好きだと思い込んでいたけど、本当は好きではなかったこともあるかもしれない…。

また、「自分は下手だから…」と思って嫌遠してたことが、やってみたら下手くそなんだけど楽しくて、実は好きなことだったとか…。

こういうことが、誰にも必ずあると思うのです。

だから、「好き」と「できる」を混ぜて認識しないよう、ちゃんと分けてそれぞれを俯瞰して、客観的に自分の「好き」と「できる」を見つめることが大切だなぁ~と思いました。

◇◇◇

私は、掃除はできるんだけど、「出来る」というだけで、「好きじゃない」のです。

そして、お洗濯は「ものすごく得意でプロレベル」なんてことは絶対に無くて素人なんだけど(笑)、楽しく取り組めて好きなのです。

なので、苦手で嫌なのに、毎週、お掃除を頑張って取り組んでいる自分を、たまには褒めて労ってあげることも大切だな…と思いました。

・上手くできなくても悩まない。

・嫌だと感じることに罪悪感を持たない。

そんな気持ちで、日々もっと、自分のことを大らかに緩やかに見守ることも大事だなぁ〜と思ったのでした。

明日は、週一回の母屋のお掃除日。

また、掃除のやり始めにウジウジと葛藤すると思いますが(汗)、何だかんだ言っても、ちゃんと掃除するんだし、そんな責任感ある自分を褒めて持ち上げながら(笑)、また頑張ろうと思います。

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