「名もなき家事」に支配されない生き方

「名もなき家事」についてのニュースを見た。

たとえば、洗面所のタオルの取り換え、トイレットペーパーの補充、家中のゴミを回収しゴミ置き場に出せる状態までまとめる、など。

たしかに、家事の大半は、「名も無き家事」に埋め尽くされている。

私たちが結婚した約15年前は、まだ夫婦間の家事分担という概念が薄かった最後の時代なので、基本的に、現在に至るまで家事は私がすべて行っている。

それは、会社員として通勤し、管理職になって多忙を極めたときも同様だった。

今は、一人株式会社で、時間の采配が自分でできる分、以前ほどに日々の家事に負担を感じていないが(通勤時間が無くなったことは大きい!)、ニュースに出ていた若い男性が、ゴミをまとめたり手際よくハンバーグを作っている姿を見ると、へえーと本当に驚いてしまう。

これも、家族間の一種のマネジメントだなと感じた。

正直に言うと、仮に夫ときちんと話し合って家事分担して、いい感じに洗濯、掃除、料理を配分しうまくまわすなんてこと自体が、ここまでくるともう面倒だ。

自分でやってしまったほうが、塩梅が気持ちがいいし早い、というのが、多くのベテラン主婦の感じるところであろう。

仕事でもそういう部分がある。

自分で何でも背負い込むのではなく、何も知らない若手に、時間をかけて教えて、ちゃんとできるところまで気長に待つ。その間の不具合は、目をつぶる。

男女間の家事に対する認識といったことは別の次元の話として、こういう裁量の大きさや長い目で見た視点というもの、家事であっても同じなんだろうと感じる。

30代のある時期、やることが多すぎてパンク寸前のある日、夫から言われた。

「少しくらい部屋が汚れていてもいいから、少し座ったら」

残業して、必死の形相で帰り、食事を作って掃除して洗濯してと動き回っていた私に、夫は声をかけた。

いや、手伝ってくれればいいんですけどねとそのとき思ったが、それと同時に「もういいか」と感じ、手を止めてソファに腰かけた。

たしかに、一日家事をなまけたところで、極端に人生がどうこうなるということはなかった。

部屋はいつもきれいなほうが気持ちいいし、洗濯は常にされているほうがいい。ごはんも温かくておいしいほうがいいに決まっている。

だとしても、それは「絶対」なことではない。

最近では、その夫はカレーを作ることができるようになったし、りんごをむけるようになった。出勤時にゴミも出す。

夫は何がどうあっても、同士で理解者だ。

それでも、完全なる我が家の家事分担など、いつの日になるのか分からないし、来ないかもしれない。

だからこそ、自分自身が“やらねばならない”「名もなき家事」に心身を支配されず、夫が知らないうちに少しずつ家事をしている状態にもっていくのが、私の人生スパンのミッションでもある。


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