「美味しくなくてもいい」食べ物

「美味しくなくてもいい」ものが、ある。

先日、セブンルールという番組にフードエッセイストの平野紗希子さんが出ていて、彼女の7つのルールのうちの一つがそれだった。

「美味しくなくてもいい」。

彼女の言葉に、私は、あーわかると膝を打った。

私自身、決して美食家ではないが、毎日の食事やおやつを、わりと大切にしたいほうだ。どうせ食べるなら、絶対的においしく食べたい。

雑なものを口にしてしまったコーヒータイムなどは、本当に最悪だ。変なもの食べてしまった、と、お金のロスだけではなく、時間や気分もパッケージで損した思いがけっこう長めに後をひく。

それはコンビニのおにぎりでも、冷凍の枝豆であっても同様で、高級かどうかではなくて、ああ、おいしいと感じる時間と感覚そのものが、きわめて重要なのだ。

外で時間がないときにちょっと口にするもの。食の失敗が大嫌いなので、そういうときに必ず食べることにしているものがある。

スタバのブラックコーヒーとシュガードーナッツだ。たぶんワンコインに近い価格帯だが、一定水準のおいしさと幸せ感を担保してくれる。

私の食に対する基準はせいぜいこの程度で、決して高くはない。だけど、おいしくないものやまずいものは、基本的には絶対、絶対嫌なのだ。

ただ、たまに、入りたくなる例外の店がある。

駅にある立ち食いそば屋だ。

どこの駅、というわけではないが、JRのホーム内にある立ち食いそば屋の多くは、決して美食店ではない。

なんなら、はっきりとまずいところもある。

それなのに、私はときどきふらっと入ってしまう。私が頼むのは、たいていあたたかいうどんの上にコロッケをのせたものだ。

きつねうどんも悪くないが、こういう店のコロッケはカリッとしていなくて脂っぽいので、つゆでふやかして食べると趣がある。ついでにいえば、うどんの麺はなんだか粉っぽい。

店内は決して清潔とは限らず、カウンターも少しべたべたしていて、コップの清潔さはやや疑わしい。

でも、入ってしまうのだ。

記憶をたどれば、この手のうどんは、わりと人生において併走している感がある。学食のうどんや、出張の合間にかきこんだうどん……。

そういう店で食べるときは、たいてい時間が無くて、極端にお腹が空いていて、心から途方にくれている。だから、通常の食に対する思い出とは、違うフォルダーに入れられて、むしろ強く記憶に残っている。

「美味しくなくてもいい」ものは、たいていその場所の空気や、時間軸やら思い出と、うまいことセットになっている。

そういう食べ物は、案外死ぬまで食べ続けるものになっていく気がしてならない。


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食にまつわる

おいしく食べる、愉しく食べる。食にまつわることがら。

コメント2件

分かります。美味しいものは美味しいし気分も良くなるけど、たまに独特の「不味さ」を求めてしまうんですよね。疲れてる時なんかは特に、懐かしくなって。私は幼稚園の頃に母が作っていた、白ご飯に冷奴を入れて混ぜたものがそれです。笑
oliveさん、わかります、家の味も似た感覚がありますね!
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