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61.ひめ神は知っている ~くしなだひめ~

怒っていて、受け取らずにいたから、さびしい。
よけいにさびしい。ずっとさびしい。
さびしくないと思っていたのは、さびしかったからなのだ。

そのことに気がついたら、そそがれていたものは、何十年経っても消えていなかった。
うけとらなかったものに、ハートをひらいたら、なだれこんでくる。
あの夜も。あの朝も。あの時も。

くしなだひめが教えてくれた。

***

机の上には、いつもひめ神カードがあり、何かをするときは、必ず引いている。
ひめ神カードは、オラクルカードではなく、誰の中にもある魅力(使っていく力)の象徴。
だから、今、どの力を自分から引き出して、メインで使っていくのかを、教えてもらう。

たとえば、12人グループのユニットで、誰をセンターにするかを決めている感じ。

一昨日、今朝、FBで投稿した〈成仏させるのは『手のような雨』ではなかった〉を書き始めるときに引いたひめ神は、くしなだひめだった。

くしなだひめのキーワードは、
〈可愛さ〉〈甘える〉〈弱さが強さ〉〈相手の持っている力を引き出す〉〈一緒にチャレンジする〉
などだ。

カードを見た瞬間、(????)はてなマークが点滅した。

自分にとって、苦手な分野は、脳内シャットダウンが起こるのだと、ふりかえった今、感じている。

ひめは知っていた。

***

最初は違うタイトルで、ちがうテーマで書いていた。
たくさん書いたのにまとまらず、一度寝て、起きてまた、たくさん書いた。
最後の最後に出てきた言葉が、

「さびしがり」

そのとたん、それまでの文章は、全部不要になった。
長い話を短くしたら「さびしんぼう」だった。 

これまでに、スピリチュアル・プロフェッショナル養成コースで、本郷綜海さんから教えていただいたことから、このたびの投稿に関する「境界問題」について考えたことも、「文章を書いて発信すること」は、すでに「ジャイアンリサイタル」だと気づいたことも、「さびしんぼう」にたどりつくための壮大な仕掛け(プロセス)だったのだ。

投稿に寄せてくださったコメントを読んでいるとき、ひめ神カードのことを思い出した。

(くしなだひめ)

くしなだひめの神話を聴いたとき、くしなだひめの両親の名前に、うずくものがあった。
アシナヅチとテナヅチ。
足や手を撫でるようにして愛され、可愛がられて育てられた、くしなだひめ。
なぜ、うずくのか。

小さなころ、病気になると、両親がのぞきにきて、あれやこれやと気にかけてくれ、額に手をあてたり、飲み物を持ってきてくれたりと、世話をしてくれるのが、どうにも我慢できなくてイヤだった。
心配そうな顔もイヤだったし、かまわれるのがイヤだった。
声をかけられるとたまらなくなり、布団にもぐって背を向けていた。

なぜ、イヤだったのか、とつぜん、わかった。
小さな私は、怒っていたのだ。

〈病気のときだけ、そばにこないで〉
〈いつも、みていて。いつもそばにいて〉

怒っていて、受け取らずにいたから、さびしい。
よけいにさびしい。ずっとさびしい。
さびしくないと思っていたのは、さびしかったからなのだ。

そのことに気がついたら、そそがれていたものは、何十年経っても、消えないでいることがわかった。
うけとらなかったものに、ハートをひらいたら、なだれこんでくる。
あの夜も。あの朝も。あの時も。

くしなだひめが教えてくれた。

浜田えみな

これまでの一連の投稿、下記より一気読みです(^^)


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