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冷やしトマトで乾杯を

野球部のマネージャーをしていた。大学生にしては珍しく、週6日の活動。土日は毎週のように他県に遠征へ。

大学生ってもっと暇で自由だと思っていた。でも気づけば、大学生活の大半を部活にささげ、砂と汗にまみれながら部員たちのサポートをする日々。日焼けで肌は黒くなり、学校には薄汚れたジャージで通った。やる気が出ない日もあった。

それでもグラウンドに行くと、怠ける気持ちは、いつも部員たちがつぶしてくれた。彼らのほうがずっと泥だらけになりながら、何度もボールを追いかけている。

すべての練習を終えた後に薄暗い中、丁寧にグラウンド整備をしている風景が好きだった。

グラウンドでしか聞けない音も好きだった。部員たちの響く声。バットが風を切る音。ミットがボールを捕らえた時の、はじけるような音。

ライトがないグラウンドでボールが少しでも見えるように、白く磨いたボール。そのボールがスピード良く飛び交い、アウトを取るのを、わたしの目は夢中で追いかけた。

彼らを見ていると、自然と応援したくなる。マネージャーでありながら、「一緒に頑張るんだ」という気持ちが湧いてくる。

夏にある大会に向けて、それぞれが練習やサポートに励んだ。

* * *

8月の猛暑の中、夏の大会が始まった。

初戦を勝ち進み、2回戦。試合は相手チームを追いかける展開。中盤から勢いがつき、徐々に追い上げる。アウト一つ取るたび、ヒット一本出るたびに喜び、最後の最後まで祈るようにスタンドから応援した。

でも、一歩及ばなかった。

勝敗が決まった瞬間、視界が涙でぼやけた。

しばらく誰も言葉を発することができなかった。それでもすぐに片付けて、次のチームのために場所を空けなければならない。涙は拭えないまま、両手に荷物を持ち、球場の外へ出る。

試合を終えた部員たちの顔を見て、余計に涙が出る。勝ちたかった。

片付けを終えると、後輩がトマトを配っていた。応援に来ていた親御さんからいただいたようだ。

クーラーボックスの中で冷やされていたそれは、少し濡れて、つやつやと光っている。

ひとり一つずつ手に取り、

「お疲れさま」

とトマトを合わせて乾杯した。

ひとくちかじる。応援でザラついた喉を、トマトの冷たい果汁が潤していく。

食べているうちに、さっきまでヒリヒリ悔しくてたまらなかった気持ちが、ちょっとだけ落ち着いていくのが分かった。そのあと、涙目のままたくさん写真を撮った。どの写真もみんな、すっきりとしたいい笑顔で写っていた。

結果がすべてという人もいるけれど、どんな結果でも、やり切ったら笑えるんだと思う。

試合に出る人も、試合に出られずサポートをする人も、マネージャーも。

もうトマトで乾杯することはないだろう。あの乾杯は確かに、あの瞬間にしか味わえないものだった。



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