隠された思い

今年のバレンタインはトリュフにした。去年はマカロンだったけど、マサキの反応でチョコレートの方が好きなんだってよくわかった。正直な人だ。

日曜日に、7歳離れた妹のマナと一緒に作った。マナは女の子同士で渡すみたい。小学3年生にトリュフは高度すぎるって思ったけど、いいんだって。
7歳も離れてると、ケンカもしない。マナは同い年の女の子に比べたらずっとおしゃれで、ませていると思う。私がいろいろ吹き込んでるからね。

トリュフが出来上がって冷蔵庫で冷やしてる間「お姉ちゃんの彼氏って、どんな人?」と聞かれた。
「笑っちゃうくらい嘘がつけない人だよ」と言っても納得しなくて、顔が見たいと言う。
写真を見せるとちょっとびっくりして「ふうん、かっこいいじゃん」と言った。マナが驚いた理由はわかったけど、あえて黙っておいた。
そのあと2人でトリュフをラッピングして、また冷蔵庫へ戻した。

バレンタイン当日は、バッグの一番奥にしっかりとチョコレートを入れた。忘れないように、朝起きてすぐ冷蔵庫から取り出しバッグに入れると、暖房の効いた室温でで溶けてしまわないように、玄関先へ置いておいた。

学校へ着く前に、私は必ずコンビニに寄る。学校で昼休みに売っているパンはすぐに売り切れてしまうから、先に買っておくのだ。今日はなんだかすごく混んでて、まあまあ並んだ。バレンタインと関係あるかな?
私の後ろに、マサキと同じクラスのリコがいた。厚ぼったいボブカットに黒縁メガネだからすぐにわかる。あまり話したことないから会釈だけして、話すこともないのでレジの方を向いた。
「あのさ」リコに話しかけられた。「マサキと、付き合ってるの?」
なに? 突然。
「え、なんで?」
「マサキの親とウチの親、仲よくてさ。ちょっと小耳に挟んだから」
「うん、まあ、付き合ってるよ」リコの方を見ると、大きな黒縁メガネのつるを右手の中指で軽く持ち上げ、にやっとしながら「マサキ、チョコレート好きだよね」と言う。
は? 何アピール? 「私ってマサキのこと知ってるの」って言いたいわけ? なんかカチンと来たので、黙っていた。しばらくして気まずくなったので、またレジの方を向いてリコのことは気にしないでいた。
レジで精算を終えてチラッと後ろを振り返ると、リコはいなかった。結構びっくりした。どういうこと。

学校の教室でもやっぱり暖房が気になったけど、そのために外に出しておくわけにもいかないし、諦めた。私のロッカーはクラスの後ろ、廊下側の一番下なので、溶けるリスクは低いと思う。
周りの人に知られるとなんとなく恥ずかしいので、それとわからない大きめのポーチに入れてある。バッグをロッカーのそばに置き、ポーチをさっとスライドさせるように、そのままロッカーの奥の方に入れた。誰も私のことなんて気にしてないし、見られないと思うけど、こういうときは気にしちゃうものだ。

マサキと一緒に帰る約束をしていた。授業が終わって待ち合わせ場所に行く前に、ロッカーからポーチを取り出してバッグに入れようとした。あれ、なんか軽い気がする。カモフラージュのために、他のものもいろいろ入れていた。鏡とか、ハンドクリームとか、ちょっとしたもの。それを避けても、あれ、チョコレートがない。
無駄だとわかっているけど、ロッカーの中を見に行く。やっぱりない。バッグの中をあさる。ポケットの中も探る。やっぱりどこにもない。消えてしまった。

考えろ、私。どこで失くしたのだろう。教室にいる間に、盗まれた? 私だってずっと教室にいたわけじゃない。トイレで席を外すこともあるし、今日は体育もあった。そのとき、誰かに盗られたの? 何のために? 私、誰かに恨まれてるのかな。
そこまで考えて、リコの顔が浮かんだ。朝、変な感じで話しかけられたっけ。コンビニで並んでいるときに盗るなんて可能なの? いや、普通に考えて無理だろう。でも、隣のクラスだから体育の時間に教室に来ることは可能かも。でもそんなこと考えたら、誰だって疑える。

もう、考えるのはやめた。作るの結構大変だったけど、仕方ない。マサキには正直に話そう。駅前のファーストフード店で待っていたマサキに会うなりすぐに言った。
「あの、ごめんね。言わなきゃいけないことがあって」
こういうときは、先に最悪のことを予想させておく方がいい。ちょっと汚いけど、私の作戦。
「え? 何だよ?」マサキの顔がこわばる。
「ごめん! チョコレート作ったんだけど、失くしちゃったみたいで」
「え、あ、そっかー、バレンタインね。なんだよ、そんなこと」もっとよくないことを想像していたみたい。ほっと一息ついて数秒。「でも、どうやって失くすわけ?」
私は事情を説明した。確かにバッグに入れたのに、見当たらない。

「最後にちゃんと見たのはいつなの?」
「チョコレートをちゃんと見たのは、おとといのラッピングの前だけど?」
「違うよ。“ラッピングの状態”を最後に見たのは?」
「うーん……。あ、朝バッグに入れた時かな。そのとき、ポーチに入れちゃったから」
そこまで話して、ハッと気づいた。マサキも気がついたみたいだ。

マサキと別れ、家に着いた。母はキッチンで夕飯の支度、マナはリビングでテレビを見ていた。「ただいま」2人に言う。
ソファに座ったまま「おかえりー」と言うマナの隣に、私も座った。
「あのさ」
「え、なに?」
マナの視線はテレビを向いたままだ。
「彼氏の写真、見せたよね。もしかして、嫌だった?」
「え?」やっとこちらを向いた。「ああ、わかった? だって……お父さんに似てるから」
母と離婚して、出て行った父親。マサキは、その父によく似ていた。
「もう、3年前になるか。まだ小さかったからちゃんと話せなかったけど……。お父さんは私たちのために出て行ったんだよ?」
いつの間にか母が、料理の手を止めてこちらを向き、話を聞いていた。
「会社がうまくいかなくて、借金しちゃってさ。それを1人で返すために、私たちに迷惑がかからないようにって」
「え……。知らなかったよ」
「だからさ、お父さんを憎む必要なんてないし、ましてやお父さんに似てる私の彼氏に嫌がらせなんてする必要ないんだよ?」
「嫌がらせ?」
「とぼけなくていいよ。私のバッグからトリュフ取って、隠したでしょ」
そこまで話しても、マナはポカンとしている。
「あーーーーーっっっ!!」大声を出したのは母だった。「ごめーーーーん!!!」真っ赤な顔をしている。

事情はこうだった。玄関でうっかり私のバッグを踏みつけてしまった母は、中身をこっそり取り出すと、自分が会社の人にあげるために買っておいたチョコレートと交換しようと考えた。ところが、そのチョコレートを入れ忘れてしまったのだ。さらに、会社でチョコレートを渡すときにも、まったく思い出さなかったのだとか。
「あのさ……。普通潰しちゃった時点で私に言うでしょ。どうせ交換したってバレるんだし」
「いや、あの、ラッピングがちょうど似てたから、大丈夫かなって」
「万が一私が気がつかなかったとしてもだよ、会社の人に渡すつもりだった義理チョコを間違って彼氏にあげちゃうほうが嫌だよ! ほんと、もう……」
私はそこまで言うと、あまりの間抜けっぷりにおかしくなってきた。マナもつられ、母もつられて笑おうとするので、私はすかさず「笑ってる場合じゃないでしょ」と言った。母が再びしゅんとして、今度こそ本当に笑えてきた。

少しの沈黙のあと、
「お父さん、そんな事情があったんだね」
と、マナがしみじみ言った。
そうだ、義理チョコの話なんかしている場合じゃなかった。私と母は、父がどれだけ優しかったか、しばらく話して聞かせた。
「お母さん! 焦げ臭いよ!」マナが最初に気がついた。どこまでも、おっちょこちょいな母だ。
マナと私で、支えていかなきゃね。

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エピローグ

「そういえばマサキ、リコと幼なじみでしょ? 何日か前、コンビニで並んでたらリコが消えたことあって」
「笑う。あいつさ、コンビニで並んでると大きい方がしたくなるんだって。本屋なら聞いたことあるけどさあ」
「(トイレに行ってたのね……)」

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