君の見つけ方

高校生のとき、男3人で海水浴へ行った。僕たちはナンパなんてしたことなかったけど、そういう期待はもちろんあった。だけどお互いに、口にはできない感じだった。

砂浜でプラプラしてもの欲しそうにすることになんだか抵抗があって、楽しげなことがしたかったのかな。僕たちはみんなそれなりに泳げたから、クロールで本気で沖まで競争した。それだけでもなかなか楽しかったし、相当疲れた。沖から戻ってくるときは、ゴール付近に人が多いってことで競争はせずゆっくり帰ってきた。

2人は平泳ぎで帰ったようだけど、僕だけはゆっくり背泳ぎで浮かんでた。塩水だから浮かびやすいって誰かが言ったのは本当だった。プールよりずっと楽だ。水が怖ろしくしょっぱいだけ。浮かんでいると、近くで女の子のグループが浮き輪に浮かびながらパチャパチャやってて、年が近そうだったのでそれだけで少しドキドキした。

僕がゆっくり海岸へ帰ると、友だち2人はすでに戻っていた。焼きそばかなんかを3人で買って、海の家のテーブルで食べていると、さっきの女の子たちがやってきて近くの席に座った。3人組だった。さっきと違って水着姿が見えるから、僕はまたドキドキした。僕らみんなが揃いも揃って意識していることが手に取るようにわかった。やけに口数が少ないし、話したとしても上すべりしていた。少しすると、女の子のうちの2人が席を離れた。トイレだろうか。1人だけ残った子は、横から見ると少し段鼻だけど、それ以外はなかなか可愛かった。

彼女はおもむろに、空いたイスに置いていたカゴバッグからチャック付きのビニール袋を取り出した。キッチンで野菜や肉なんかを入れるやつだ。その中から1冊の本を取り出して、読み始めた。わざわざ家からビニール袋へ入れて持って来たのだろうか。海で泳ぐならできるだけ荷物を減らしたいものなのに、不思議な子。

本の表紙にもタイトルにも、見覚えがあった。それはまさに、発売日である前日、僕が本屋へ走って買った本だった。大好きな小説家が初めて書いたエッセイで、エンターテイメント的な小説とはかけ離れた哲学的な内容だった。週刊誌で連載していたけど、僕は立ち読みをするばかりで持っていなかったから、絶対手に入れたかったやつ。僕は、買ったその日のうちにすべて読んでしまっていた。

ギラギラする夏の海と、眩しい水着姿の女の子と、骨太な内容の単行本。そして海に不似合いな僕。いろいろとミスマッチで、頭が少し混乱した。僕のカバンに入っているはずの本がなぜあそこに? なんて気持ちになったほどだ。

話しかけたい気持ちが体じゅうの毛を逆立てるほどに湧いてきて、心臓のドキドキがずっと耳に鳴り響いていた。いきなり本の話をしようか。それとも、かき氷でも買ってきて「一緒に食べよう」的なアプローチ? 僕が座っている場所からは、彼女が本に目を落とす横顔がとてもよく見えた。

「その本、面白いですよね」

よし、これでいこう。奇をてらう必要なんてない。女の子に声をかけたことなんてないんだから、まっすぐいけばいいんだ。

心臓の音が周りに聞こえないかハラハラしながら腰を上げようとした瞬間、他の女の子2人が戻ってきてしまった。僕はタイミングを逃して「ガタン」とイスを鳴らす。男2人は驚いてこちらを見たけど、女の子たちは見もしなかった。

「えっ、どした?(笑)」

友だちの1人に、やけに大きな声で聞かれる。女の子たちを意識してるさまがすごくカッコ悪く感じて、一気に気持ちが萎えてしまった。

まだ昼だ。同じ海水浴場にいるんだから、また会えるだろうとタカをくくったのかもしれない。

「そろそろ泳ぎに行こうよ」

少し小さめの声で男2人を誘い、気が乗らない雰囲気を感じつつ無理やり沖へ出て行った。

でもその日はそれきり、彼女たちには会えなかった。まるで、どこかへ消えてしまったようだった。

女の子にまた会いたくて、同じ夏に何度も同じ海岸へ行った。あのエッセイをカバンに入れてね。母親に言ってチャック付きビニール袋を分けてもらい、その中へ入れて濡れないようにした。ひとりでも行った。ひとりだと暇だから、同じ本を何度も読んだ。夏休み明けにみんなからバカにされるほど、肌が真っ黒になった。

夏が終わっても、同じ作家が本を出すたびに、発売日の週末に同じ海岸を訪れた。なんとなくの、ジンクス。それで数時間かけて海岸で本を読む。すごく多作な作家だったから、毎月のように行っていた気がする。冬になると、使い捨てカイロを足や背中に貼って、たくさん着込んで読書した。

次の夏が来た。同じ海岸へ真っ黒になりながら通ったけど、やはり彼女には会えなかった。夏が終わると、“海岸読書”の習慣はきっぱりとやめた。

それが僕の夏の思い出。僕はそれ以来、話したいと思った人には絶対話しかける人間になった。ナンパってわけじゃなくて、価値観が似てるとか、同じものが好きだとか、そんなところにぴんと来たら、男でも女でもね。いくつになってもあの日の海岸みたいに怖ろしく緊張するけど、会いたい想いを引きずるなんてもうまっぴらなんだ。

だから1年前、がらんとした映画館で初めて会った君に話しかけた。映画が終わっても、お尻に根が生えたみたいにずっと座っている君がどうしても気になったんだ。映画は、絶対見たい作品だったけどなかなか時間が取れなくて、最終日になっちゃった。君はもう10回目って言ってたっけ。

あの高校生だった夏、女の子に話しかけられなかった自分に感謝したい気持ちだよ。こうして、一生の伴侶になりたいって人に出会えたんだからね。

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