刀剣乱舞『春風桃李巵』の考察というか感想というか

ミュージカル刀剣乱舞『春風桃李巵』の初日の幕があがりました
初日の夜に感想の記事書くのもどうかと思うけど、今書かないと忘れちゃうから書きます

走り書きみたいなものです

書き留めておいたら残るし書き留めないと残らないので


アテンション!

ネタバレを大いに含むので、まだ観てない人は撤退推奨

歌詞とかセリフはニュアンスなので正確性は求めないでね

伊達組好きだけど何せ歴史よわよわの審神者なのでその辺はご容赦

大倶利伽羅のオタクが語る妄言をたくさん含みます

みほとせ、あおさく、パライソの話もしてます

個人の感想なので正解とかないです



本編の話①


伊達政宗が手紙を書いてるシーンから

手紙を読み上げながら

それが歌になるんだけど

めっちゃ歌がうまい

綺麗すぎて内容の方は忘れた

有名な武将だし、さすがの私も多少のエピソードは知っているんだけど、始まり方が予想外すぎた

もしかしたら源氏双騎みたいな刀剣男士としてではなく、歴史上に存在した人物を演じる形もあるかも知れないと思っていたけど、鶴丸として登場する

けどこの読み、当たらずも遠からずだとのちに判明


鶴丸が真白な鳥で舞うんだけど、あおさくでは「待つ」歌だったのが「一休みする」歌に変わってた

御簾が開く演出が高貴で好き

この御簾のおかげで言外の意味をたくさん持たせられていると思う

真白な鳥は、あおさくのとはアレンジが違ってて、テンポが速いからちょっとやんちゃさが残る鶴丸って感じする


真白な深雪

踏み締めた足跡

ぽたりと落ちる赤

綺麗だと誰かが言った

真白な羽で天雲を打ち付けて

たづたづ飛ぶは鶴

なぜ故に心もとない

はてはて何を思い忍ぶ

飛花落葉(ひからくよう)のさだめ

風は果て

もう帰らぬ季節

同じ花は咲かぬ

今は一休み

飛び立つ時を待つ


ここはパライソ後の鶴丸なので、歌詞の後半部分はその心境を歌ったものだろうね?

風が果てたってことは無常の風が止んだってことかな

でも風って逆に生命力みたいなものも感じさせるし、飛花落葉のさだめっていう歌詞との相性を考えたら、風すら吹かない世界の終わりって意味かも

流石に暗すぎるか……?

もう帰らぬ季節と同じ花は咲かぬは、時は戻らないってことを表していて

今は一休み、飛び立つ時を待つって言ってるからしばらく休暇をもらったのかな

鶴丸は重めの長期任務を任されがちだったみたいだから、ゆっくり休めるといいな

飛び立つ時を待つって結構前向きな感情だと受け取ったけど、実際はどうなんだろう

このへんは観る人によって解釈がわかれるかもですね

個人的には

「あかし時を待つ」は暗いところにいて、明るくなるのを待っているイメージで

「飛び立つ時を待つ」は朝方に東の空を見て待っているイメージ



鶴丸が月を見上げて「島原で見た月には負けるけどな」と言うのでパライソの割とすぐあとだとわかります

松井はかなり長いことうじうじ悩んでいたっぽいので、日向の梅干しをみんなで食べる前くらいではないかと

「まもなく驚くことが起こるぜ」

「なんだ」

「月が食われるんだ」

「月食か」

「ああ。いつだったか、こんな夜があったなあ」

大倶利伽羅って月食知ってるんだ、とか思った

馬鹿にしすぎ? ごめん

ちなみに2205年には皆既月食はなさそう

ということは少なくともこの本丸は2205年時空ではない


真白な鳥のメロディで、今度は大倶利伽羅が歌い出す

これは叫んだ

心の中で

鶴丸のメロディに重ねて、自分のことを歌う大倶利伽羅があまりにも良くて


漆黒の夜

音もなき常闇(とこやみ)

ぽかりと浮かぶ赤

綺麗だと誰かが言った

漆黒の鱗

天雲をかき分けて

高く昇るは竜

なぜ故に目を覚ました


ぽかりと浮かぶ赤ってなんだ?

と思ったけど、多分月食の赤い月のことだ

輪状の赤い月に向かって

高く昇る漆黒の竜を想像したらかっこよすぎた

推しがかっこよすぎるどうしよう(どうもするな)


目を覚ます大倶利伽羅

ここの顕現の表現好き

常々、顕現する時って刀剣男士としてはどういう感覚なんだろうと考えていたけど

なんとなく自分で想像していたものに近かった

顕現直後の刀剣男士視点

観たかったものが、大倶利伽羅で叶ってしまうなんて

神様ありがとう

急に物が人の身を得たら肉体の感覚に戸惑うだろうとは思っていたけど

大倶利伽羅、感じたことを全部教えてくれる


重き瞼 押し上げ

肺に空気吸い込む

握りしめていた手を開く

これが肉体

己の身体

光に手を翳せば

透けて見える赤

己の中をめぐる赤

燃えたぎる鼓動か

ほとばしる血潮か

かつて浴びた血の名残か


歌がうまいいいいい

これに尽きる

パライソの時よりもうまい

人間ってこんなに歌がうまくなるの……

瞼押し上げるところはちゃんと押し上げている力を感じるし

空気を吸い込むところは初めて息を吸っている、というのが伝わってくる

表現力ってこういうことを言うのか

後半ほとんど血の話なんだけど、やっぱり刀にとって血は特別なものなんだろうな

それから、今回は黒と白と赤がテーマだから、それも強調してあるのかも

大倶利伽羅の顕現直後は、肉体を得たことへの戸惑いが伝わってきて、本当にリアル

顕現したて、めっちゃ眩しがってて可愛かった

完全に子の誕生を見守る母の気持ち

みほとせの千子村正が最初から自分の身体と調和してとてもノリノリだったのとは対照的だな

顕現から千子村正全開だったもんな

大倶利伽羅の場合、顕現セリフすらなかった


「よう、伽羅坊」「鶴丸国永?」

ここの、もしかしてお前は、っていうニュアンスを含んだ「鶴丸国永?」が大好き

ミュの大倶利伽羅は、無口だけど一言に感情がしっかり乗ってて、割とわかりやすい

大倶利伽羅感情の読みにくさランキング第一位は原作ゲームかな

修行に行くとき、こっちが修行道具準備したのに舌打ちするからね

主に黙って修行に出ようとするな!

あと大倶利伽羅を万屋に連れて行こうとしてもついてきてくれないのはなんでなの

断固拒否され続けて審神者歓喜しちゃう(喜ぶな)


「ようこそ、驚きに満ち溢れた本丸へ」

言った途端、鞘尻で大倶利伽羅の腹を突く鶴丸


え? なんで突然攻撃するの?

しかも実力の差が圧倒的すぎて大倶利伽羅は押されっぱなし

そりゃそうだよね顕現したてだもの

でも大倶利伽羅の方もなんで応戦してるの?

立ち向かわずにはいられないのか


教えてやる

その感情が苛立ち

奥から沸く怒り、憤り

「もう終わりかい?」

教えてやる

その感情が悔しさ

抱えきれぬほどの屈辱


階段で倒れながら、それでも鶴丸にしがみつく大倶利伽羅が痛々しいのに目が離せなくてドキドキした

あれは麻薬だからあと何年かしたら法律で観るのが禁止されているかもしれない

今のうちにたくさん観ておこう(錯乱)

大倶利伽羅を鍛えるためというよりは肉体を得たばかりの大倶利伽羅に心を教えているとでも言うのか

にしては教える感情が負のものばっかで気になる

最初に教える感情が苛立ちとか悔しさって……
この時点での鶴丸も、苛立ちや悔しさと戦っていたのかな

それにしたって喜びとか嬉しさとか教えてあげなよ、鶴さん

花丸本丸を見習って

ここの鶴丸、マジで容赦がない

ちょっと狂気じみてて怖いんだよね
この本丸の古参って、三日月もまんばもだけど、狂気を抱えているよね

江水のまんばは、ステ本丸みたいな繊細さはなくて、極の精神状態に近いなって印象だった

でも、ラスト付近でそうじゃないってわかる
なんていうか、彼は自分を責め続けていたんだなって

それはおそらく初期刀に関わることなんだろうけれど

とにかく、ここの鶴丸はレベル1の大倶利伽羅をコテンパンにしてしまう

でも暴力的というより、見てて何かを連想した気がする

たとえば虎が虎子をわざと谷底へ落とすような

だって、ほとんど刃は向けてないんだよ

攻撃はみんな鞘か柄、か素手

きっと、顕現したのが大倶利伽羅でなければ鶴丸はこんなことをしない

でもなんでここまでしたんだろう

大倶利伽羅の成長を急いでいる感じがするな

そして大倶利伽羅もなぜここまで戦ったんだろう

成長を急いでいるのか


倒れるところとかお芝居うますぎて苦しそうすぎて、
見てる方もしんどかった

「な? 驚きに満ち溢れてるだろ?」

手入れ部屋直行では? と心配になるけど大倶利伽羅も何も言わずに挑み続ける

詳細は言わないけど脳内で某本丸の一期一振が「手入れ部屋へ参られますか?」って言ってた



鶴丸は大倶利伽羅を叩きのめして

その後は倒れている大倶利伽羅をほったらかしにして、今度は落とし穴を掘っている

畑当番真面目にしてんのかと思ったけど違う

落とし穴

しかも、自分が掘った落とし穴に落ちる歌をしっとり歌っている

初見、大倶利伽羅埋める穴掘ってんのかと思ったよ

良かった落とし穴で(自分の発想が怖い)

でもこの感覚、当たらずとも遠からずって気がしてるんですよね……

見ていて、これはやっぱり墓を掘っているんだと思った

それは、大倶利伽羅のじゃなくて

鶴丸の墓だったんだけど


あるはずの地がなくて

びっくり驚いた

ないはずの穴真っ逆さま

落とし穴

ああ驚いた

掘りすぎた穴 気がつきゃ俺が

穴の中 穴の中

ああ真っ暗だ

ああ驚……


ここで、鶴丸がハッとする
そして白き息のイントロ

なにかに気がついたのか……

直後、法螺貝で主に呼ばれるんだけど、なんか表情が読めなくてわからないまま

この辺もまた後から書き足すかもね


一方その頃やっと起き上がった大倶利伽羅


耳障りだ 己の息

苦しさなど捨ててしまえ

一人でいい 一人がいい

足りぬものは埋めればいい


ねえ、息で生きていることを表現しすぎだよ、大倶利伽羅

好きだよ、そういう表現

これパライソ初演の方だと白き息なかったの嘘でしょってくらい白き息のメロディとかキーワードとか出てくる

白き息に「見えぬはずのものが色を持つ」って歌詞があるんだけど、大倶利伽羅が歌うにしては結構詩的だなって思ってたのね

けど、彼が顕現した時から「息」について考えていたんなら納得だわ

肉体を得たばかりの頃から、呼吸する感覚が不思議だったんだろうな

呼吸が乱れるっていう経験はそれまでなかっただろうし

そういえば、ステのまんばが似たようなことを言っていた

心なんていらない

心があるから苦しい

それを三日月が、思いは森羅万象を巡って己に帰ってくるって諭したんだったっけ

今回も構図としては似ているんだよね

感情や心を煩わしい、必要ないと思っている大倶利伽羅と

それらを理解しなくてはならないと知っている鶴丸

明らかに対立しているのに、任務となると同じ方向に進めるのは鶴丸と大倶利伽羅だからなんだろうな


横道に逸れがちな話を本編に戻そう

刀を手に縛り付けて無理やり鍛錬に励む大倶利伽羅

痛々しいよ、もうやめときなって

けど感覚を得たばかりってことは、痛いとか苦しいとかが死に結びついていない状態ってことなのか?

その痛みや苦しみを邪魔なものだって思ってるわけだもんね

身体と心が出している危険信号ってことに気づいていないんだ……


そこへ鶴丸がやってくる

「がむしゃらだな。いい意味じゃねえぞ」

それはどう考えてもあんたのせいだろ


「悔しいだろ。もう少し早く生まれていれば。そうすりゃ天下が取れていたってか?」

急に伊達政宗の話をするんだけど、

鶴丸は、大倶利伽羅が伊達政宗に抱いている印象を見抜いているのかな

「時間ってのは埋まらねえようにできてる」

誰よりも、伊達政宗本人よりも、時間を埋めたかったのは大倶利伽羅なんじゃないかって

なんとなく義伝の大倶利伽羅が重なった

義伝を見てしまっているので「平和な世の中に適応した伊達政宗」より「天下統一に燃えていた野心家の伊達政宗」のことが好きな大倶利伽羅になんの違和感も持たなかった

大倶利伽羅のストイックさとか戦い以外に興味がないとか

そういうものは「野心家、伊達政宗」への敬愛から来ている、と自然に思っていたから

義伝を見ていなかったら意外に思うんだろうか

ただ、『刀剣乱舞』の歌詞で大倶利伽羅は自分のことを「漆黒の竜」だと歌っていて

今回、伊達政宗のことを「隻眼の黒き竜」と歌っているので

政宗と自分をどちらも黒い竜と表現している

竜って強さとか力を連想させるし、大倶利伽羅が「戦乱の世を生き抜いた強い伊達政宗」に執着、というか憧憬や畏敬の気持ちがあるのは受け入れやすいと思う


「行くぞ、主が呼んでる」

鶴丸は一人先に主の元へ行く


埋まらぬとも

埋めてやる

出遅れた時間さえ


大倶利伽羅はなんとか起き上がる

いきなりボコボコにされたわけだし、反抗的な態度になるのかと思いきや、鶴丸に従順な大倶利伽羅

怒りとか苛立ちとか敗北感とか、そういう感情が何かまだよくわかってないからなのか

鶴丸顕現から大倶利伽羅顕現までの間には埋められない時間の壁があって

それは埋まらないんだけど

埋まらないままでも同じ方向には進める

とはいえ鶴丸と大倶利伽羅だからこそ、共に行動できたんだろうな


そういや、ここの大倶利伽羅は鶴丸のことどう思ってるんだろう

顕現したてで感情の回路が整っていないって感じがするけど

にしては鶴丸への情もあるような……

この辺りの匙加減がうますぎて見事に翻弄される


主から任務を伝えられる鶴丸

「先の任務からまもない出陣ですが」

ここの先の任務、らぶフェスでも「長期任務中で祭りに参加できなかった」と言っていたし、同じやつだよね

「いいってことよ、むしろ助かる」

なんで「むしろ助かる」んだろう

新しい任務で上書きして忘れたいから、とか?

闇が深いよ……

初期刀のことと関わってるんだろうか?

立ち直れていないときに、大倶利伽羅が顕現してくれたのは鶴丸にとって救いだろうな

大倶利伽羅に強く当たるけど、傷ついてるのは鶴丸も同じなんだろうと思う

単純に任務が好きなのかもしれないけど


大倶利伽羅合流して出陣が伝えられる

ここで大体編成ボイスとOP刀剣乱舞やるけど今回はなし

その代わりの御簾が上がる演出が本当に良いです(何回言うねん)


「光坊や貞坊が入れば色々聞けたんだろうけどな」

めっちゃ嫌味を言う鶴丸

大倶利伽羅は伊達政宗が戦場に持っていったことはないんだよね

弊本丸の大倶利伽羅を修行に出した時、そんな話をしてた

でもなんで燭台切光忠と太鼓鐘貞宗がいたら色々聞けたんですか

確かに、大倶利伽羅が伊達家に褒賞として贈られたのは1621年なのでもう江戸時代

とはいえ、燭台切光忠も太鼓鐘貞宗も伊達政宗に詳しいのかと言われたら……

燭台切光忠は織田信長→豊臣秀吉→伊達政宗と渡っているし、主要な戦いは知っているのかもしれない

でも太鼓鐘貞宗は伊達忠宗の刀だし、伊達政宗のことに詳しいのかと言われたらそうでもないのでは? と思う

歴史苦手なので有識者もとむ


「伽羅坊が伊達に世話になった頃はどうだった? 大きな戦は全て終わったあとだったよなあ、確か」

すごく嫌味な言い方するね???

主要な戦には参加できなかった大倶利伽羅の悔しさとか葛藤とかをあえて刺激するような

大倶利伽羅もすごく嫌な、葛藤に苛まれているような表情だよ

ほんと表情豊かだな! この本丸の大倶利伽羅は


「伽羅坊、わかってるよな? これは任務だ」

大倶利伽羅に話すように促すんだけど、もうちょっと言い方、ないんだろうか

わざとなんだろうけど

これ鶴丸のこと悪く言ってるみたいに見えちゃうけど全然違う、まじで鶴丸のことは好き

ただ大倶利伽羅に憎まれようとしてるのかとすら思う言動だから、真意が読めないんだよね

大倶利伽羅の感情を引き出したいのかな

にしてもどうして負の感情ばかり引き出そうとするんだろう

花丸本丸みたいに「笑顔が見たい」とかじゃないんだよ

ホストクラブとか運動会とかしてくれないんだよ

この鶴丸絶対に運動会の主催しない


意外にも大倶利伽羅は鶴丸に言われて素直に話し出す

「俺の知ってる政宗公は、酒を飲んでは歌を詠んでいた」
「戦を忘れた末路だ」

太平の世をそれなりに謳歌したらしい伊達政宗に批判的な大倶利伽羅

時代の流れに適応しただけなんだろうけど、大倶利伽羅としては伊達政宗に天下を取って欲しかったんだろうな

というか、刀を持って戦い続けて欲しかったんだろうな


「他には?」「手紙」

「ずいぶん筆まめだって聞いたぜ」
「不思議だよなあ。書き留めたから、遺る」

「何を当たり前のことを言っている」

「書き留めなければ遺らない」

伊達政宗は自筆の手紙が何千通も残っているんだって

ここの鶴丸と大倶利伽羅の会話は、視座の高さの違いが端的に、でも如実に出ている箇所だと思う


古びた紙の上

綴られた歌や手紙

誰かの物語

口にすることなく

胸にしまったままなら遺らなかった

何一つ

込められた思いや心ってやつも


人の成したことが語り継がれるうちにその人自身が消えて「物」語になる

でも手紙にはその人自身が宿っている

そういうシーンが少し後にあるんだけど、ここも言いたいことは似ている気がする

書き残すって大切なんだな、こんな脳直の感想でも残しておかないと、と思った

今自分が感じたことっていうのは本人でさえ忘れてしまうんだから


閑話休題

心ってやつも、で大倶利伽羅を見るので、鶴丸が大倶利伽羅に心を教えたいというのはどうやら合っているらしいとわかってきた

刀であった大倶利伽羅が人の身を得ても「刀」であろうとするから、心を教えようとしているんかな

戦うこと以外にも興味を持て、感情を知れって言ってるのかなあ

この辺、大倶利伽羅は最後までわからんくて、結局みほとせまでかかるんだけど

「心ってやつも」の言い方のニュアンスは公演ごとに結構変わってると思うから、いろんな鶴丸と大倶利伽羅が生み出されているだろうな

ああ、全通したい気持ち


「興味なさそうな顔してるな。伽羅坊にはまだわからないか」

ここの大倶利伽羅、興味がないっていうか意味がわからないって表情に見えたんだけど、なんで鶴丸はわざわざ興味なさそうって言ったんだろう

鶴丸が読み取ったならそれが正解なんだけど


「歌を詠む意味なんかわかるわけがない」

「わかりたくもない?」

ここの問いかけも結構手厳しいなって

でも大倶利伽羅、そのまま歩き出すので図星だったのか

この後も出てくるけど、鶴丸の問いかけに対して無言で歩くとき、大体図星だったときだよね

「歌を詠む意味」に関しては、後半で鶴丸は直接伊達政宗に聞いていた

から、歌を詠む意味を鶴丸がこの時点で理解しているかといえばそうでもないんだと思う

「……さあて、行くかあ」

「どうする気だ」

「そんなの決まってるだろ。ドーンと行ってバーンだ」

「は!?」

ここの「は!?」がめっちゃ素で驚いてる感じして好き
もはや声が好き
好みの話

ゲームの大倶利伽羅も花丸の大倶利伽羅もこんな驚き方しない

感情の振れ幅が一番大きいのはミュ本丸の伽羅だと確信した


多分今回見える大倶利伽羅の感情で一番大きな振れ幅。この後も驚きとか困惑で何回か「は!?」って言う羽目になる。かわいい。

ここでこんなに混乱してるのにパライソでは

「大丈夫だ、俺もわからん。でも今までもこれでなんとかなった」

という信頼アピしてくるようになるんですよ

ニヤニヤしちゃう

「うちの本丸じゃ作戦は大体これで通じる」

嘘だろ? この本丸の刀剣男士の察する力凄すぎだろ
あおさくで明石になんやそれって言われてたしパライソでも誰も理解できてなかったから、多分三条とかにしか通じてないよそれ

「ちゃんと説明しろ」

ごもっとも

馴れ合うつもりはなくても作戦は聞いてくれる大倶利伽羅

真面目

「全く、伽羅坊は仕方がねえなあ。敵の狙いが絞れないなら、まずは辿ってみるかってことだ」
「辿る……」

ここ、一応説明してあげる鶴丸が、身内に甘いなって思った

パライソでは松井江になにも教えてあげなかったのに

そして、説明されても「なるほど、わからん」みたいな顔する大倶利伽羅かわいい


古びた紙の上

綴られた歌や手紙

その物語


御簾がおりるタイミングが素晴らしいんだよね、この先も毎回言うと思うけど

「ま、とにかく行ってみようぜ」

手紙を辿るってことかな

あんまり具体的な回答ではないけど、それでよしとする大倶利伽羅もまた良い

突然、龍笛(だと思われる)の音色が聞こえて、音の方を見据える大倶利伽羅と笑顔の鶴丸

この音は何を表しているんだろう


虎哉宗乙(こさいそういつ)が登場

臨済宗の僧侶で武将・伊達政宗を育て上げたと言われている男

内気だった政宗に積極性が芽生えたのはこの人のおかげなんだって

厳しい人だったらしいけど、演じてらっしゃる唐橋さんのお人柄もあって、茶目っ気たっぷりに描かれているのでスパルタな師という感じはしない

伊達政宗の物語はほぼ彼の口から語られる

いまいちどの時空にいるかわからないし、刀剣男士のことをどう理解しているかもわからない狂言回し的な存在

物部というわけでもなさそう


梵天丸(伊達政宗)のエピソードを話すんだけどニアリィイコール漫談

蝉を捕まえるのが上手だった話とか、仙台と千代を掛けたりとか、主にネタ

シリアスな展開が多い今回の物語の緩衝材

本当に、シリアスとコメディのバランスが素晴らしいんですよね

完全にコメディに振ってるところはひとつもなくて、全部に意味がある

なのに息が詰まりすぎないような工夫がたくさんある

すごいなあ、天才だなあ


「歴史は歴史、人は人。
人伝に語り語られ、まるで大河の濁流に飲まれた小石のようにいつしか一人の人間としての形は忘れ去られ、ただの「物」語になってしまうのが世の常。偉人の本当の人となりは誰もわからない」

確かに、偉人は成したことについて注目されがちで性格とかはあんまり知られてなかったりする

それをまるで「物」にまつわる伝承みたいだって言うのが刀剣乱舞っぽい

刀の逸話を物語にして、人の形にしているのが刀剣乱舞なんだもんね


「ですが政宗公は違う。あの方の書状には、歌には、あの方自身が宿っておられる。まるで、そう、付喪神のように」

こういう観点かあああと感動した

刀ミュは、歴史上の人物の描き方が本当に多様で、日本史の成績が壊滅的だった私も面白いと思ってしまう

伊達政宗は武将としても人気で、ドラマでもゲームでも散々取り上げられているはずなのに、その中でも「手紙」をフィーチャーするとは

天才の脚本なんだな


筆は私の

良き代弁者

心に漂う形なき思いを

言葉にする

筆にかかれば

私は歌人

この目に飛び込む

美しい季節は言葉を持つ

私はただ書き留める

踏み締めた足跡のように

耳に残る

共に

歌のように

私は私を綴る

それがいつか私を作る


うおおおお、めっちゃ歌うまいいい

圧倒的すぎてちょっと狂いそう

世の中にこんなにも歌の上手い人がいるのか

素晴らしい曲だよ

長調らしい長調の曲



虎哉宗乙と梵天丸の元を訪ねる鶴丸と、ついてくる大倶利伽羅

「頼もー」
「おい」

鶴丸を追いかけてくるんだけど、梵天丸を見て一瞬固まる

幼い頃の伊達政宗に出会った動揺が伝わってくる

我、刀剣男士が元の主と対面した時の感情の揺れが大好き侍と申す

ディレイは何回も巻き戻して見た、ディレイありがとう


教えてくれよ

隻眼の竜の師よ

ここの言い方が鶴丸らしくて気に入っているので何回も聞いた


この辺りから己の無知を呪い始めます

虎哉宗乙が説法をしてくれるんだけど、まあ知識が足りなくてわからない

「自らを灯明とし、自らをたよりとして、他をたよりとせず」というお釈迦様の教えを説いてくれるけど、その後のひねくれ者誕生との接続がいまいちピンとこない

自らをたよりとして他をたよりとしなかったらなんでひねくれ者になるの?

わかる人いたら教えてください

でもわかることもある

「泣きたい時は、笑え」

で無理やり口角上げられて嫌がる大倶利伽羅が可愛いってことだけはわかる

結局、一番わかるのは推しのかわいさだけだ


「隻手音声」の禅問答


「隻手音声」の禅問答は「両手を打つと音が鳴るが、右手と左手、一体どちらの手が鳴っているのか」という問いで、明確な答えはない

それを伊達政宗は「孤掌鳴らし難し」=片方の手だけで拍手することはできないということで、何事も相手なしでは不可能

という教えとして伊達政宗の生涯の指針にしたらしい

cf.山岡荘八の小説『伊達政宗』(ここで詳しく取り扱われているらしいのでご参考までに)


ちなみに鶴丸は「両手があって初めて音が鳴る」という答えに同意している

鶴丸の答えに「頼る」がない感じ、寂しいけど理解できてしまう

この時の彼はきっと一人で手を叩いていたんだろうな


梵天丸に手を差し出されて戸惑う大倶利伽羅が、人間初心者の動きでかわいかった

人間ではないけど


「人に頼るなって言いながら人を頼れ」って説くのかい?

伊達政宗は人に頼り、動かすのがうまかったから名将たりえたのかな


その後、梵天丸が大倶利伽羅を茶に誘う体裁で手紙を書いてくれようとする

その理由が「手紙をもらったことがなさそうな顔をしているから」だって

優しいな笑

予想外だったらしい大倶利伽羅の可愛い反応も見られます

だけど、書き終わる前に大倶利伽羅はその場を去る

梵天丸がちょっとかわいそう

心を理解していないから、なのかな

みほとせの後なら待っててくれたのかな

心を伝えるのが手紙、そう考えると今回の大倶利伽羅顕現したての話と相性が良すぎる


「狙われたとしても、おかしくはない、か」

ここで鶴丸は時間遡行軍が手紙を奪おうとする可能性に気づいた……んだと思う


なるほど、殺すことだけが歴史改変ではないもんね

バタフライエフェクトで歴史が変わるのか、伊達政宗の手紙が持つ力がそれだけ大きいのか

いずれにしても、これで今回の出陣先が「いつなのか」特定できていない理由がわかった


と、ここまで書いてまだ本編5分の1くらいしか終わってないんだけど、書きすぎてるから何回かに分けます

どんだけ書くねん、そして誰が読むねん

ここまでお付き合いありがとうございました
読んでくれたあなた、すごく稀有な人材です

100年に一度くらいの素敵な人

自信を持って生きてください

では其の2へ続く


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