ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック/B面 30-19

2000年、エレファントカシマシ「珍奇男」

時間をさかのぼって書いているので、2000年にはぼくは無職に逆戻りしてしまった。ちょっとせつない。

夏まで武蔵境のコトブキへの長期派遣として働いたその後、いろいろな日雇い仕事をやったことは前にも書いた。そのうちのひとつで、ユニットバスの設置のアシスタントという仕事をしたときのことを、もうすこし書いておきたい。

ユニットバスの設営自体は若い職人さんの仕事で、ぼくはもっぱらワゴンからの資材運びを手伝うのみ。職人さん+ぼくのふたりで、1日に3現場ほどを回った。職人さんはぼくより年下で、人当たりがよくて安心した。仕事もテキパキとしていて、お昼までに早くも2現場が終わっていた。

昼休みになって、近所のラーメン屋さんに入った。「そういえば、お兄さんはなんでこの仕事(日雇い派遣)をしてるの? リストラ?」と聞かれた。すこし打ち解けた雰囲気だったので、じつは音楽のライターで食べていこうと思ってるんですと白状した(普段の派遣先では、コトブキを除けばそんなことは言わずにいた)。

すると彼は「へえええ!」と大きな声を出した。バカにしたような素振りもなく、心底感心したような口ぶり。「どんなバンドの仕事してるの?」と聞かれて、ジョナサン・リッチマンと答えても通じないことはわかりきってるので、「好きなミュージシャンがいて、その人だけの特集で一冊の本を作ったりしました」と伝えた。

すると、彼はすこし姿勢を前のめりにして、ちょっと恥ずかしそうな小声で、こんなことを言った。

「おれもね、すごく好きなバンドがあるんだよ。お兄さんなら知ってるかなあ? エレファントカシマシっていうんだよ。最近好きになったんだけど」

恥ずかしがるようなことじゃないだろう。エレカシは90年代後半、劇的な復活を遂げて、一躍人気バンドになっていたんだから。ただ、この話を続けていいのかどうか、ぼくはちょっと悩んだ。

「おれ、大宮フリークスでライヴ見てますよ。89年に吉祥寺ロマン劇場(閉館したポルノ映画館)でやった3デイズも行きました。「珍奇男」を初めてライヴで聴いたときは、こんな曲がこの世にあるのかと興奮しました」

と、言おうと思ったけどやめた。

90年代の初めまで、エレカシはぼくのたいせつなバンドだった。ディスクユニオンでバイトしていたころ、出たばかりの『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』を大きな音で聴いていて、バイトの同僚の女子たちに「まあ、こういうの好きな人は好きよねえ」と苦笑されていたのを思い出す。

いつしか聴かなくなってしまったのは、90年代前半の彼らが陥っていった空回りというか、どん詰まり感があまりに我が身に沁みてしまったからというのもあった。ファンだったらそこを支持してついていくべき時期なのにね。大学を留年しまくっていて未来があんまり見えなくなっていた自分自身と、もがくバンドの姿が重なってしまう感覚をおそれていたのかも。ぼくの気持ちはエレカシからだんだん離れていった。90年代を折り返したころに「悲しみの果て」や「今宵の月のように」がヒットして、かつては考えられないほど彼らの人気が出たのはひそかにうれしいことだったけどね。

そんな自分が、目の前で「こいつなら話せる」と信じてエレカシ好きを告白してくれた職人さんになにか知ったようなことを言うのは、態度として間違ってる気がした。それに、エレカシはブレイクしたけど、ぼくはいまだに無職で金もなくパッとしない。なので、テーブルを立つ前に、ぼくはこれだけを言った。

「エレカシ、いいバンドですよね」

「そう! そうなんですよ!」彼の言葉にまたいっそう熱がこもるのがわかった。

午後の現場も早々に終了し、結局予定より2時間近く早く仕事は終了した。こんなにラクチンなら、またこういう現場に来たいなと思ったが、果たしてユニットバスの設営っていつも需要があるものなんだろうか? 派遣なんて頼んだのはなにかの間違いじゃないか? じっさい、ぼくがいなくてもこの人ならひとりでやれた仕事だろう。つまり、結論からいえば、もうこの職人さんとぼくが会うことは二度とない。そう思えた。

「お兄さん、ライター目指してるんならいい仕事して、いつか宮本さんに取材してくださいよ。そしたら……」

と、そこまで言いかけて、彼は言葉を切った。彼も、もうぼくとは会えないことがわかったのだろう。それからあとは当たり障りのない会話をして、最寄りの駅で車から降ろしてもらった。

結局、いまに至るまでぼくはエレカシ、もしくは宮本浩次さんの取材はしたことがない。もしもそんなことがあったら彼にどうにかして伝えたいと思うけど。もしまた会えたら、そのときはぼくも「珍奇男」や吉祥寺ロマン劇場の話をしよう。

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この連載が書籍化されます。2019年12月17日、晶文社より発売。


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