5 「千代」

みんな消えていく。私が愛した人は、みんな消えていく。私を大切に思ってくれた人は、もういない。
千代は、決してもう、誰のことも愛してはならないと誓って、故郷を後にした。

上手く進む時は、トントン拍子に進む。上手く行かない時は、何もかもが行き詰まるもの。
それは、母がいつも言っていたと思い出す。
こんな田舎だから、売りたいと願っても、そうそう簡単には売れないだろうと思っていた。
土地を売って、家を売って、少しでもまとまったお金を手にしない限りは、ここからは出られないだろうと思い、生活は徹底して切り詰めて暮らしていた。

家の中の整理をしていた時、役場の人が訪ねてきて。それが始まりだったように思う。
「ここ、買いたいという人いますよ。
札幌の会社ですが、現金で払うそうですよ。
調べてみたんだが、おかしなとこじゃないから、
話聞いてみたらどうかな?
役場の者、誰かつけるんで、、見たいって言ってる、、」

千代が思っていた額の2倍近くで買い取ってくれることになり、役場で契約し、現金はすぐ、千代が役場にいる間に振り込まれた。
千代の実家は、函館から車で2時間近く日本海側を北に走ったところにある寒村。今は過疎化で殆ど人がいない。老人ばかりになっている。
千代の実家は、釣り客相手の小さな旅館を営んでいた。たまたま、旅館そのものは客室が7部屋ほどの小さいものだが庭も広く、裏側に山があり、その山も実家の所有だった、買い取った会社では病院や老人ホーム、
老人のための介護付きマンションを建てる予定とかで、景観の良さや山を少し崩してなど、すでに計画されていたようで。
役場としては、千代の方から、土地は売りたいと考えていると言ってきた時には、渡りに船だったようで。

沙代は、廊下を走って一人キャッキャッとはしゃいでいる。千代は、沙代が大人になるまでは頑張らなきゃ、誰のことも好きになったりせずに、頑張らなきゃと強く心に決めていた。

消防士だった夫は、ある日突然亡くなった。危険を伴う仕事とは理解していても、千代にはにわかにには信じられないことだった。沙代はまだ乳児で。
職務中の事故死だった。
千代自身が何がなにやら、激しいくらいに自分を愛してくれていた夫が、もういない、もう夫の胸に抱かれることは出来ない、、混沌として、気がふれそうで、自分の足で立つことさえやっとだった。
あの時、沙代がいなかったら、自分は夫の後を追ったに違いないと。沙代の愛くるしい顔が、泣き声が千代を踏みとどまらせたように思う。

そんな時、まだ、納骨も終えていない時に、同居していた義母は、
「千代さん、あんたが殺したようなもんだ、
私の大切な一人息子を、あんたが殺した!
出て行って!! 出て行って!!
あんたの顔なんか、みたくないから!!」

元々が折り合いは良くなかった。義母にすると、大切に大切に育ててきた一人息子が、一人の女に夢中になって、、結婚前から、折り合いは悪かった。
同居していても、数えきれないほどの小さな意地悪をされた。それでも、千代は夫を愛していて、夫もいつも、すまない、すまないを繰り返していて。
夫は、本当は別居したがった、そこを、いいのよ、お義母さんは寂しいでしょうと、同居を続けたのは千代の方だったから。

悲しくて、切なくて。千代は婚家先を出ることにして。
千代は、その時点で東京に残るより、母一人になっている田舎へ帰ろう、沙代の為にもそのほうが良いように思い、納骨を済ませてから田舎へ戻った。
婚家を出る時、玄関に出てきた義母に挨拶をしようとすると、大量の塩を撒かれた。バサッバサッと、
塩の粒子は痛かった。
抱っこ紐の中にいた沙代にも、沢山の塩がふりかかり。
千代は払いながら、泣いた、拭っても拭っても、涙は止まらず。

女子大の4年間、卒業してすぐ結婚して、、通算、7年、東京にいて。得たものは沙代。沙代だけだった。義母は狂っているのではと。息子を失った哀しみで狂ってしまったのではと。
籍からも抜かれて。
千代は、沙代を胸に抱き、キャリーバッグを引っ張りながら、、夫のお墓に詣り、、帰ります、田舎に、沙代のことは、しっかり育てます。
あなた、お義母さんは、少しおかしいです。
みていてあげて下さいね、お義母さんのこと守ってあげて下さいね、、。
千代は、どんなに意地悪をされても義母を憎めなかった。自分を激しく愛してくれた夫を産んだ人を憎むなど出来なかった。
それが千代の性質。

千代は羽田から函館空港へ。そこから一旦は函館駅前まで行かなければ、実家へのバスはない。
空港から函館駅前までのバスに乗り。
沙代は夫の血を引いたのか、健康で体は丈夫だった。生まれてからまだひどい熱を出したこともなかった。東京に比べると10℃ほどは低いはずで。沙代が寒くはないかと気にしながら。胸に抱いていると互いの体温で暖めあっているようだったが。
風邪ひかないでね、寒くない?
誕生日は3月。もうすぐ1才になる。夫が初節句にと買ってくれた雛人形を持ってくることは出来なかった。義母は千代に、息子が買ったものは置いていきな!と。
「沙代、、お祖母ちゃんのとこには、お母さんの雛人形があるのよ、、これからは沙代のお人形よ。
ごめんね、、お父さんが沙代に買ってくれた雛人形は持ってこれなかった、沙代、ごめんね。」

抱っこ紐の中で、息が白い。沙代はニコニコしている。2月、函館は寒い。
実家までのバスの中で、麻衣子に会った。
高校までずっと一緒だった友達。麻衣子は札幌の国立教育大を出て、函館市内の小学校の教師をしている。偶然より、千代はある縁のようなものを感じてしまったが。
「千代、、千代じゃない?! 帰ってきたの?
どうして連絡してくれないの?!
わぁっ! 沙代ちゃんね、、カワイイ!
千代の子だもの、、カワイイにきまってるよね!」

夫が亡くなって、亡くなったことすら、麻衣子達には知らせなかった。茫然自失の状態でいる内に、
全てがするすると、夫の職場の仲間達がやってきて、手際よく済ませてくれて。
千代は、郷里の母にすら知らせなかったのだから。

バスに乗って2時間。
千代はポツポツと話す。何故帰ってきたのかを。
千代とは正反対で活発で行動的な麻衣子は、話を聞きながら怒り、泣き、忙しかった。
「千代、、で、どうするの? 何をして生きてくの?」
千代には何もない。
フランス語が少し話せて、英語も少しは話せて、、それで、何って、働いた経験もなく。
しばらくは、実家のやっかいになって。それから考えて。
麻衣子は、他人事ながら、自分の事のように、考えるわ、考えてみるからと。
幼稚園からずっと一緒だった友達。麻衣子は小さな頃からはっきり目標があって。母親は町にたった一つある幼稚園の園長さんで。自分は学校の先生になると、決めていた。そして、その通りに。

麻衣子は父親の介護に毎週土日は通っているとか。偉い人だと思う。千代は父親の死に目に会っていない。麻衣子と自分は、基本が違うのだと思う。しっかり者の麻衣子。ぼんやりの自分。

千代が郷里に帰ったのは2月の半ば。
千代の母親は、その年の8月にあっけなく亡くなった。肝臓癌だった。あまりに顔色が悪く、無理に町立病院に連れて行き、余命長くて3か月と言われ。
自然消滅する予定だったと言う母親。
もう、充分生きましたから。千代も成人して。
私の役目は終わりました。早くお父さんのそばに行きたい。
千代は母親の言葉に泣き。5月に入院して、8月には、静かに息をひきとり。
千代は、一人になって。沙代だけ、沙代だけになって。
愛する人はみんな消えてしまい。
神様が存在するなら、沙代だけは奪わないで下さい。私はそれ以外は何も望みません。
沙代だけは奪わないで下さい。

田舎にいると、洋服など新しいものを買う必要もなく。食糧も町の人達が、魚がとれたから、大根がとれたから、じゃがいもやトマトやキュウリや。
つつましく暮らそうと思うと不自由はなかった。
沙代の洋服は、ミシンで縫った。母親は千代のよそゆきの洋服は残してあって。ほどいて、リフォームして沙代に着せた。
沙代は1才が過ぎると言葉が早く、楽しそうにお喋りして、野山を駆けずりまわって。健康だった。
無収入の生活。母親が残してくれた預金を崩しての生活だから、倹約してつつましく暮らすより方法はなく。

母親が亡くなる2日前に、話してくれた事。
自分が亡くなったら、土地を売って東京に行きなさい。あなたの産みの親はフランスの人。お父さんは
東京にいる。

あまりにも似ていない両親、、千代は中学生の頃から、本当の親なのだろうかとは思ってはいた。
いたけれど、人並み以上に大切に可愛がってくれている親に、そのような不信感を訊ねることなど出来なかったから。

母親の葬儀が終わり、父親が眠る墓に納骨を済ませてから、千代は家の中を整理しながら母親が、見るようにと言い残した母親の日記帳を読み始め、
大量の日記帳が押入れに段ボールに残されていて。
千代の成長記録でもあり、一冊の日記帳には必ず何通かの手紙が挟まっていて。
千代は、おおよそ自分の出生について知る。それとともに、育ててくれた両親がなぜ東京から身寄りもいない北海道の田舎町で生きたのか、どのような理由で千代を育てることになったのかを知る。

家と土地を売って東京へ行きなさい。中目黒の病院の院長先生のご夫婦に会いなさい。

母の遺言だった。千代は過去を知る必要もない、
自分の両親は亡くなった田舎町でひっそりと旅館を営んでいた、それで良かった。
良いと思おうとしながら、本当の父に、母に、ひと目会いたいとも。自分に流れている血を分けてくれた父と母に会ってみたいとも思い。

東京から北海道の田舎へ戻り、また同じ2月に、千代は羽田に降り立った。
沙代はもうすぐ2才になる。約1年間、沙代は緑多く、海も目の前ののんびりした土地で、のびのびと過ごし、元気いっぱいに順調に育っていた。
キャリーバッグ一つだけの荷物。
家の中の整理には麻衣子と麻衣子の母親も来てくれて、両親の書籍類や日記帳やアルバムなどは、麻衣子の家で預かってくれることに。
他は全て処分して、最低限のモノだけをキャリーバッグに入れて出てきた。

中目黒の橋田医院へ空港から電話をいれてみると、女の子が電話口に出て。
院長先生のお孫さんのようだった。千代が名乗ると院長先生の奥様は、すぐに察したようで。

それから約1年の間、千代は橋田医院で暮らす。奥の手伝いをして暮らす。
幸せな日々だった。掃除をして、洗濯をして、食事の用意をして。千代は家事が得意でもあり、好きでもあったから。静かな、千代にとっては理想的な暮しだった。
最初に電話口に出てくれた女の子は理那さんといって、札幌に親御さんはいるとかで、沙代を本当に可愛がってくれて。
沙代は、理那さんが高校から帰る頃になると、玄関に座り、足をぶらぶらさせて待っているようになっていた。
「りぃたん、りぃたん」朝から寝るまで、沙代には理那さんが、まるで親友でもあるかのように、なついていた。
ずっと後になって知って驚いたのは、千代の郷里の土地を買ってくれた会社は、理那さんのお父さんの会社だった。
縁ということを、実感する千代だったが。美しい千代のこと、さして身を構うわけでもないのに人の目につくようで。再婚話も随分とあったが、千代は決して誰をも愛さない、愛した人は死んでしまうと信じていて。首を縦には振らなかった。

千代は、橋田医院にいる間に、本当の両親に会った。院長先生の計らいで、フランスから母が、ニューヨークから父が来てくれて、沙代も交えて会う事ができた。

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現在、千代さんは石川県の金沢に住んでいます。
けっして裕福な暮しではないようですが、加賀友禅の仕事をしている人と再婚して、幸せに暮らしています。千代さんは、37才、沙代ちゃんは12才。
4月からは中学生です。
高校生だった私も29才になり。光陰矢のごとしとはまさにです。
沙代ちゃんは、5年生の時から、夏休みになると、一人で札幌に遊びに来ます。だいたい10日ほどを私の家で過ごします。
不思議な縁、あるものなんですね。

ありがとうございます。嬉しいです!
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風花会那

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