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「気配」を感じる

 井上荒野さんの「赤へ」を読む。井上荒野さんは、(あれの)と読むそうで、本名。

珍しい名前です。男性かなとも一瞬思いますが、
女性。お父様は作家の井上光晴さん。

いつも井上荒野さんの作品を読むと、なにかしら衝撃を受けるのですが。

この作品では、気配です。
絶妙な気配の表現を感じました。学ばせて頂きました。

10作品からなる短編集ですが、10作品すべてテーマは死です。作品の中に、ずばっと死が出てくるものもあれば、死の気配だけのものも。

解説されている方が、読むのは疲れたと書かれています。

井上荒野さんの文章は決して、難しいものではないので、扱っているテーマが死なので、読む方としては、気持ちが重くなるのでしょう。
誰にも死はいずれは訪れることですから。

しばし、誰しも考えてしまうのでしょう。

どの作品も、決して暗くはない、じめじめ、鬱々ではない、、、ごく普通の人達を登場させて、
私達の周囲に当たり前にありそうな、、そんな情景をセットして。

そしてテーマは死。

    🚃💨🚃💨🚃💨

今日はJRに乗って地方まで。プライベートと仕事半々で。道中で読み終わりました。

私が一番、揺さぶられたのは、

「どこかの庭で」

庭に花を沢山植えて、子供のように花を愛して、
その花の成長をブログに書く女性。
その花のブログを毎日楽しみに読む女性。

2人の視点で交互に物語は進められますが。

このお話は、少しシチュエーションは違いますが、私自身に似たようなことがあったばかりなので、ぐさっと、胸を刺されたような感じがありました。

私の場合は、ブログの主は生きていた。

この作品では、ブログの主は、死をイメージします。

ここでも、死の気配。

作品の中に、自分は来年の今ごろは、もういないだろう。いないけれど、私が植えた花々は咲くだろう。花は生きる、植物は生きる。

言葉はそのままではありませんが、このような意味合いのフレーズがあり、そのフレーズに、つい涙が滲みました。

木は生きる、何年も何年も。

百年、二百年、、自分がこの世から消えても生きる。

この感覚は、植物の生命力の素晴らしさを思いつつ、去っていかなければならない人間の寂しさをも思います。

JRに乗る前に、なにげに買った1冊ですが、学校でのイジメを扱った作品もあり、

解説者のいう疲れるという感じよりは、ずっしりと重い石を与えられたような感じです。

    🌲🌲🌲

スワンの形のシュークリーム、、食べるのが申し訳ないですね。

     🌳🌳🌳

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風花会那

読むこと、書くこと、描くこと、弾くこと、綴ることが好きです。

コメント5件

ビスコさま、

おはようございます。

残された人の、気持ちの問題でもありますが、

人間は生まれて、いつか必ず死は訪れます。
その間の、生き方次第が、残された人の気持ちを左右するようにも思います。

生きている間は、

思いの丈、生きて!生きて!

コメントありがとうございます。
そうですね。生きている間は、思いの丈、生きて!
その通りですね…ありがとうございます。
いつも素敵な作品を紹介いただき興味津々でみています。井上荒野さんといえば過去のセンター試験に短編「キュウリいろいろ」が使われて話題になったのを思い出しました。試験問題は作者の荒野さん自身も解いてみたけど難しかったそうです(笑)。※消去法でなんとか答えらしいものに辿り着いて何とか正解はしたそうですよ(笑)。
West side Nodさま、

こんにちは。
センター試験の問題については初耳でした。

井上荒野さんの作品については、すべてを読んでいるわけではありませんが、たまに1冊買って読むと、ひどく衝撃を受け、少なくとも私自身の書くというスタイルに変化が出ます。

作品の中に、作者自身がどうしても出てくるものですから、

きっと井上荒野さんは、魅力的な人なのだろうなぁと見ています。

下手に結論を書かない書き方というスタイルも、なるほどなぁと、、詩作にも繋がる意識かもしれません。

コメントありがとうございました。
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