ループライン15日

まじないのような季節だった。目に映るすべてが重力を感じさせない振る舞いをして、色彩は淡く、空気はわずかにきらめいていた。


「ねえ、どこかに行ってしまおうか」
そう言って本を置いた青の目は、本気なのか冗談なのか、推し量ることのできない色だった。
「いっそ、どこかに行って、二人で生きようか」
「魚を釣って、木の実を採って、そのうち野菜や小麦を作ってさ」
「戸籍は、なんとか死んだことになるように、策を練ろうか」
「そして、誰にも会わない場所で、暮らそうか」
青は、ぺらぺらと計画を話す。遠い、遠い、どこか知らない場所で。自分たちですら名前を知らないような土地で。二人で。二人きりで。
「そう、ね」
ようやくやっと、返せた言葉はそれだけだった。青は、本気だ。


とても、青みたいには覚悟ができない。二人きりで、なんて。きっといつか、終わりが来る。私には、家族も、友達も、必要だ。けど。青がいるという前提で、私は生きている。

それこそ本当のことだった。


「ねえ。青は、この場所が嫌いなの?」
そう問いかけると、青はすぐに頷いた。
「もちろん。ここも、ここじゃなくたって、澪が他の人の目に触れる場所は耐えられないんだ」
「けれど、」
「澪がいればいい」
けれど、青にだって家族や友達がいるでしょう。そう言おうとしたのに。青はいつだって、私の道を先回りして待ち伏せる。たまに怖くて、たまにうれしい。今日は、悲しかった。


「私は、家族や友達も大事だよ」
青が、怒った。雲が重くなって、雑草は地面にたれて、世界は一気にコントラストを上げる。風が強くなる。
「けれど、私が周りの人を大事に思えるのは、青がいるからなの」
気づかない間に、青は私の目の前にいた。真顔で、顔を近づけてくる。ぐ、ぐぐっ、ぐ…と音が聞こえそうな重々しさで。息が、つまる。
「私、青が好きよ」
途端、風は止み、町に春が訪れたようだった。花花は命をとりとめ、雲の切れ間から光が差す。
「好きよ」
青が、顔をほころばせる。
「僕も」
ああ、春だ。落ち着く。魔法にかかった気持ちになる。優しい匂いがする。


「だから、」
「ねえ、どこかに行ってしまおうか」

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編集者|不定期連載エッセイ「ということ。」|Twitterで収まらない話をnoteでします(創作の筆名「藤崎枝直」はお休み中です)

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