心変わりするということ|「ということ。」第12回


 昨日、私の人生で一番愛したひとが結婚した。私じゃない、誰かと。
 それを知って涙こそ出なかったが、少し衝撃だった。けれど、自分でも意外なことに、悲しさよりもうれしさが勝った。あの頃、一人でいろんなものに立ち向かっていたあのひとが、私のそばでは弱くなってしまうと言って離れていったあのひとが、ようやく、守りたいひとと弱くなれる場所を手に入れたのだ。私が、いつかそうあってほしいと願った通り、きちんと手に入れたのだ。

 今まで、たくさん拗らせてきた私たちの関係には、名前をつけようがない。もちろん恋人ではないし、かといって友達ともいえない。相棒というほど常に助け合ってきた実感はないし、兄妹というほど遠慮のない関係でもなかった。ただ、少なくとも私は、かつて彼と同じ細胞で呼吸をしていた記憶がある。

 と、彼についてまだ未練があるように語ってはいるが、私には今、ちゃんと恋人がいる。女性よりもていねいな振る舞いをし、女性よりも体の線が細く、女性よりも繊細な心を宿す男性だ。思えば、一番愛したひとと過ごした年月を、今の恋人と過ごしている年月がいつの間にか追い越していた。時間なんて関係ないと分かっていても、私はそういった小さなことでも軸にしないと判断ができないたちなのだ。それで分かった。私はきっと、もうとっくの昔に、心変わりをしていたのだ、と。

 彼を唯一だと、信じて疑わなかった間の私は強かった。他のどの男にひどいようにされても、まったく傷つかないのだ。だって私には彼がいると、心の拠り所にして、平気になれてしまう。思い出の曲を聴き、いつも待ち合わせをした路地の写真を見返し、思い出せる限りの思い出を一つひとつ遡る。それだけで、気丈になれてしまうのだ。それだから、私は彼と別れたあの日から一度も、恋愛で泣いたことはなかった。

 唯一をすり替えるのには、勇気が要る。特別な場所に別のものを置くのは、すごく怖い。けれど、ひとはそれを、思うよりも簡単にできてしまう。難しいのは、自分がそうしたことを認めることだ。

 ああ、本当に時間がかかった。私はずっと認めることができなかった。今の恋人とは二度目の交際だが、一度目に別れを切り出したのは私で、理由は「なんとなく」という残酷さだった。けれど本当は、「彼と過ごした年月以上に、誰かとともにいるのが怖かったから」でもある。その時に気づけば、もっと早く解放されていたかもしれない。私はもう、彼ではなく、このひとに心変わりしたのだと。

 これからの私は、多分、ぐんと弱くなる。恋人に、すべてを委ねるしかなくなったのだ。私の、喜怒哀楽のすべてを。きっと、泣くことも増えるし、怒ることも増える。正直、いやだ。傷つきたくない。悲しい思いはしたくない。惨めな思いは、もっとしたくない。けれど、本当は、これが恋愛なのだ。恋愛は、こうであるべきだった。彼が教えてくれたことを、私は忘れたふりをして今まで来てしまっただけなのだ。

 軌道修正。私は、心変わりをした。ずっと昔に。
 彼とその奥様の幸福と健康を、願ってやまないのがその証拠だ。どうかお幸せに。

 ようやく認めることができた、私の心変わり。私は、今度こそ恋人を幸せにしてみせる。

 そして次に泣くときは、あなたのせいであってほしい。



※その2はこちら



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コメント3件

僕も心変わりできる日が来るのかな。
もしかしたらもう来てるのかな。
読みながら過去を振り返ってしまいました。
ありがとうございます。
>020shouta803さん
はじめまして。コメントをいただき、ありがとうございます。
心変わりって、悪く聞こえがちな言葉ですが、
前進の味方になってくれる言葉であり、
そもそも時間を生きている限りは当然のことなのかなと。
いつか、いい心変わりができるといいですね。
私もはやく、心変わりしたいです…。過去に「一番好きになった人」と思う人がいるのに別の人の恋人になることほど相手にも自分にもなんだか苦しいことはないと思っているので。それが正しいかどうかはわかりませんが。あなたの文章を読んで、とても勇気をいただきました。ありがとうございます。
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