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avant//apres - カセットテープ

iPodやiPhoneで音楽を自由に聴くことができる現代では信じられないかもしれないけれど、いまからほんの20年以上前は気に入った音楽をカセットテープに録音しないと手軽に持ち出すことさえできなかった。54分とか74分の微妙な長さのテープに1曲ずつダビングしたり、ラジオで流れる音楽をタイミングを合わせて録音しなくてはならなかった。一本分のテープを作成するにはそれこそ中世の錬金術師のいうような等価交換みたいにそれだけ分の時間を捧げなくてはならなかった(実際のところ曲を選んだりするから際限なく時間が必要だった)。無線であっというまに転送できる現代から考えると時間効率も最悪だし、木の棒を擦って火を熾すみたいに原始的な方法のように見えてしまうけれど、当時はレコードに比べたら便利でコンパクトで人類の叡智の結晶みたいなものだったのだ。録音したものを再生するのも面倒で、曲を飛ばすのに早送りをしたり、ウォークマンの蓋を開いてテープの面を入れ返さなくちゃならなかったりした。でも、ひどく苦労させられることも多かったけれど、いま思うと当時はそれがたのしくて仕方のないことだったりした。

自分の好きな曲の順番を選んで、A面とB面の尺内にぴったりとおさまるように調整する。自分が聞くためでもいいし、音楽通の友人とテープを交換してもいい。もちろん恋人とドライブするときに聞いてもいい。それが聞かれる未来のシチュエーションを頭のなかで何度も想像しながら選曲していくというのは地味だけど心地よくたのしい作業だった。あとになって外国のヒップホップ・ミュージックの世界では個人的にミックスされたテープが交換されたり売買されているという話を聞いて、彼らは本物の音楽のたのしみかたを知っているのだなと思ったものだった。

最近ではアナログ回帰が叫ばれていて、巷ではカセットテープやレコードの良さが見直され、けっこう売れてもいるらしい。便利さで溢れかえったこの時代に理不尽ともいえる不便さに美徳みたいなものを求められるのはあの当時のことをよく知っている者のひとりとして、少しだけ理解できる気がする。人の手によって作られた物質としての温かさみたいなものがデジタルの冷ややかさの対極的なものとしてのアナログのよさはまだまだある気がするから。ということでカセットテープの思い出に敬意を表して額装してみたのでした。

*余談だけど、フランスではカセットテープのことをK7と呼んでいた。それだけだと意味がわからないけれど、フランス語で7はセプトと呼ぶからK(カー)+セプトでカセットという呼び方を普及させていたのだと思う。街の電気屋さんやら音楽ショップやらキオスクでK7という張り紙が書かれているのを見るとドイツ軍のエニグマ暗号を見つけたみたいでちょっとおもしろかったのを記憶している。


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額装の雑誌「アンカードラー」

額装の雑誌アンカードラーのノート。しばらくは発行しているフリーペーパーの過去記事を掲載する予定です。

Encadreur N°11

額装の雑誌「アンカードラー」11号。テーマは"La Musique(音楽)"です。
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コメント1件

いけてますね!カセットの額装。
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