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歌ふことしかありはしない

これも、いつか書いた中原中也についてのエッセイなので載せておきます。

二人は、八幡様の茶店でビールを飲んだ。夕闇の中で柳が煙つてゐた。ビールを一と口飲んでは、「あゝ、ボーヨー、ボーヨ―」と喚いた。「ボーヨーつて何だ」「前途茫洋さ、あゝ、ボーヨー、ボーヨー」と彼は眼を据え、悲し気な節を付けた。(小林秀雄「中原中也の思ひ出」)

明治40(1907)年に詩人中原中也は生まれた。

中原中也といえば、教科書に載る詩「サーカス」により、日本中の人が知っており、最近はマンガ『文豪ストレイドッグス』(角川書店)などでイケメンキャラクター化されることで中高生にも人気が出ている詩人である(実際の中也もイケメンだ)ほか、中也と小林秀雄、長谷川泰子をめぐる三角関係をロマンチックに描いたマンガ『最果てにサーカス』(小学館)も高い人気を誇っているように、中原中也は近年のトレンドでもある。

そんな中也も、生まれてから今年でもう110年以上が経つ。30年という短い生涯でしかなかった中也にとって、この110年という時間は「幾時代かがありまして」(「サーカス」)と言うような、まさに自分がどこへ向かうのか、どこにいるのかわからずに「ボーヨー、ボーヨー」と悲しく歌いたくなるような、そんな茫漠たる時間であろう。

その中也の生きた30年間というのは、決して幸福なことばかりではなく、むしろ「悲しみ」に満ちていた。

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