ジョゼフ・コンラッド『闇の奥』

書評(2013年 記)

『闇の奥』クルーズへようこそ! みなさんをアドベンチャーとミステリーがいっぱいのジャングルへお連れします。これはコンラッドの小説『闇の奥』を体験するアトラクションです。アフリカを植民地として支配することが、西欧にとって当たり前だった時代の物語。暗黒大陸の奥地になにが待っているのか。ドキドキしますねぇ。二度と帰れないかもしれません。覚悟してください。
 さて、お話の始まりです。コンゴ河を遡る旅の語り手となるのは、貿易会社に採用された白人の船乗りマーロウ。奥地出張所で象牙取引などに天才ぶりを発揮していたクルツという人が病気らしく、マーロウは救出しに行くことになるのです。では、進み始めた船の外の風景を彼と一緒にご覧ください。
 ほら、黒人たちが漕ぐ小舟の登場です。「遠くからでも白眼がぎろり、ぎろりと見える」、「顔はグロテスクな仮面みたいだが」という彼ら。そんな表現は現地の方に失礼じゃないかって? いえ、マーロウさんの表現を紹介しただけです。私を責めないでください。
 ちゅどーん! ボム! おや、軍艦が密林に砲弾を撃ち込んでいる!! 植民地で働く西欧のビジネスマンたちはそれなりにスキルがありそうですけど、この砲撃はなんとも……。どこにどんな敵がいてなんのための戦争かは、マーロウさんにもわからないようです。はい、ここから少し陸路を歩いてもらいます。メタボ対策のためにも体を動かしましょう。こんな場所で肥っていたら、美味しそう、と思われて人喰い族の人気者になっちゃいますよ。
 あっ、火事だ。小屋が燃えてるっ。近くにアメリカインディアン――じゃなかったアフリカの黒人さんがいます。ごめんなさい、ディズニーランドのジャングルクルーズにも小屋の燃える場面があったので間違えました。ネットでも『闇の奥』を読んでジャングルクルーズを思い浮かべたって書き込みを見かけました。実は、ディズニーのあのアトラクションに使われる船の名は、アマゾン・アニー、ナイル・ネリーなど川の名と女性の名の組合せになっています。コンゴ・コニーという船もあるので、コンゴ河を舞台にした『闇の奥』とイメージがかぶるのも当然なんです。
 船の旅に戻りましょう。目的地が近づいてきました。ひー、危ないっ。密林から矢の大群が!! へぇ、お客さんは、これと似た風景をアジアでも見た気がするんですか。きっと、それはベトナム戦争を題材にしたコッポラ監督の映画『地獄の黙示録』を連想したんでしょう。あれは『闇の奥』が原案でしたから。『闇の奥』、ジャングルクルーズ、『地獄の黙示録』……。西欧の人がそれ以外の地域に抱く優越感と畏怖の系譜ですね。
『闇の奥』に関しては、作者の反帝国主義的姿勢が示されている、いや人種差別的な作品にすぎないと賛否両論があります。そんな政治的な読みかたは野暮だって声も聞こえてきますね。原始に戻るような、冥界に行くような旅の果てに、マーロウがクルツと対面する。一種の分身ともいえる人物と会うことで精神の深淵を覗きこむ。そんな文学的で内面的なモチーフこそが読みどころだという意見もあります。なるほど、おっしゃる通り。
 でもね、お客さん、この本の感想をアフリカの方に語らなければならないとしたらどうです? また、我が国を西欧側と考えるか、米国などに抑圧されたやはり非西欧の国にすぎないととらえるかで、日本人同士でも『闇の国』の印象は違うはず。自分はマーロウ側か、彼に見られる側かということです。だから、文学性を語るだけでは納得しない相手にこの本の感想を語るのは難しい。下手なこと言うと喧嘩になりそうだし。『闇の奥』クルーズは、船を下りてからのほうが怖ろしいのかもしれません。ああ、もう読み終わりましたか。では、さようなら。どうか、ご無事で!

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