柚月裕子『盤上の向日葵』(中央公論新社)

【核心には踏み込まないようにしていますが、相当ネタバレです。無心に読みたい方は注意】

2017年の本屋大賞2位だった、柚月裕子『盤上の向日葵』を読んだ。562ページの大作を、先が知りたくて必死にページをめくり、2日で読む。柚月裕子は『孤狼の血』に続き2冊目。どちらも刑事を主人公としている小説(『盤上の向日葵』の方は本当の主人公は上条桂介だが、小説の視点が彼にクローズアップするのは物語の後半で、それまでは警察の物語の方が緻密に描かれているので、刑事小説のように見える)だが、描かれ方はかなり違う。

埼玉の山中で発見された白骨死体は市場価値の高い、名品の将棋駒を抱いて埋められていた。身元の割り出しと並行して、駒の持ち主を捜査することとなり、ベテラン刑事と組んで捜査に当たることになった佐野は、奨励会に10年間身を置きながら、昇段が果たせず、プロになれなかった過去を持つ。将棋の知識は殆どない先輩の石破と組んで、全国に7組しか残っていないと言われている菊水月の駒の持ち主を洗い出していき、埋められた駒を所有していたのは誰なのかを追求していく。我儘で横柄な石破の態度に辟易しつつ、捜査の現場で聞き取りをするときの石破のテクニックに舌を巻いたりもする佐野。その辺が前半の読ませどころ。

並行して、「炎の棋士」と呼ばれる、上条桂介の生い立ちが語られる。ある意味、ほぼ一章毎に桂介の生い立ちと駒の探索が語られている時点で、二つのストーリーがどこかでぶつかることになるのは簡単に想像がつくわけだが、そうした究極のネタバレ状態の中で、読者は死体の正体と、名駒菊水月の行方にやきもきする。桂介の不遇の生い立ち、それを、将棋を教えることで救おうとする元学校教師。将棋雑誌で紹介された棋譜をすべて頭の中に収めることのできる天才的な頭脳を持つ桂介は将棋の腕をどんどん上げていくが、プロ棋士への道は断念し、恩師の元を去る。そして、天賦の才により、社会的に成功していくが、そこに忍び寄る影。成人した桂介が再度将棋に出会うシーンの迫力もすさまじいものがあり、そこにもまた、深い影が。

奨励会に所属したことのない棋士が、圧倒的な実力を持って例外措置でプロ棋士になった過程はこの小説では描かれない。桂介の生まれ育ちがどんなに彼を傷つけ、社会的に成功した後も彼を苦しめるか、読者はそのむごさに、掛ける言葉すら持てなくなる。終盤で、警察が桂介を捜査する運びになったところで、更にむごい運命が読者の前にさらされる。そして、ここまで、超人的な努力と忍耐で自分の地位を築き上げてきた桂介にほころびが見えてくる。そのカタストロフィが、わたしにはあまりにあっけなく、ここまで緻密に紡いできた物語をこんなにあっさりと落としてしまっていいのか、という気持ちにさせられた(560ページも読んで、まだこんなにあっけなくてはいけない、と思うのも変な話だが)。

こんなに辛くて苦しい物語なのに、それを読むことを幸福、というのは如何なものか、と思わないでもないが、将棋を究める人の圧倒的で鬼気迫る力に触れられたような気持になるのは、やはり読書の醍醐味だと思う。作中に挿入される棋譜はわたしには全くわからないが、これを読み解ける人なら更に面白くこの本を読むことであろう(飯島栄治七段が監修していると巻末に注釈あり)。

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eneo

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