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白石一文『プラスチックの祈り』(朝日新聞出版)

白石一文の近刊『プラスチックの祈り』を読んだ。単行本643ページの大作。またしても、いい意味でも悪い意味でもあっと言わされた。

人気作家姫野伸昌、歴史小説作家の父を持ち、福岡の高校を出て、東京の大学を卒業後、出版社の社員となるが、退職して小説を書き続け、知り合いの編集者に見いだされ、刊行した本がヒットし、その後、人気作家となる。その歩みはあたかも白石一文本人の人生の振り返りのようであるが、そういう、人生集大成の小説ではなく、白石の初期の小説から多かれ少なかれあった、超常的な事象を淡々と、本人は信じ切っているという体で描く、その要素をますます大きく展開した小説であった。

約10年前に、妻を喪い、そのショックで過去の記憶が途切れてしまい、それと同時に、身体の一部分が透明なプラスチック化する、という謎の症状が現れるようになる。プラスチック化した部分はそのうちぽろっともげて、その後にまた普通に生物組織が再生する。なんじゃそりゃ、でしょ。なので本人も誰にも相談したり医者に診せたりもせず、身体の一部分がプラスチック化しては取れては元に戻り、を繰り返していたが、ふとしたきっかけで、自分が念じた部分がプラスチック化する、という自分でプラスチック化を制御する能力が備わっていることに気づき、それによって、体内の病変をプラスチック化して吐き出してないものにすることすら出来るようになる、という謎の超能力になっていく。こんなことをとうとうと書き続けて、それに付いて行ってしまう読者もどうよ、という気持ちになる。

一方で、自分の周囲にいる人、いた人の思い出話、現在の付き合いなどが丹念に描かれ、なのに、妻をどう喪ったかが描かれていないので、何もかもが隔靴掻痒。ふとした会話や、たまたま通りがかった場所の風景がひきがねとなって、突然自分がすっかり忘れていたり、記憶を捻じ曲げたりしていたことが、記憶の中に戻ってきたりして、そうなると辻褄が合わなくなる過去の事象は本当に自分が覚えている通りのことなのか、という疑念がきざす。一から自分探し? そうなると、道を行く人にまで「姫野先生ですよね」と声をかけられたりする人気作家(通りすがりの人がぱっと顔のわかる小説家なんてそうそういないよ、少なくとも白石一文はそういう作家ではない)が、ここまであやふやな過去を抱えて生きているなんてありえない。今どき、Wikipediaとかファンサイトとかで、ある程度の過去はフォロー出来てしまうものだもの。

途中から、記憶の混乱も、身体のプラスチック化も、自分が発狂しないで小説を書き続けさせようとする何かの力が働いた結果だろう、と姫野は自己分析する。すごい論理だ。誰がそうさせるというのだ。プラスチック化は自分の身体の細胞だけでなく、無機物とか、他人の身体にまで及ぶようになる。魔法使いかよ! 驚き呆れながら、この物語がどう収束するのか確認せずにはいられない気持ちでページをひたすら繰り続けるわたしはすっかり作者の思うつぼか。

そして最後に現れた事実は、えっ、これって直前に読んだ『盤上の向日葵』(柚月裕子作、勿論白石一文とは全然関係ない、たまたま続けて読んだだけ)と同じようなネタバレっすか?、という個人的な驚きと、結局、処女作『一瞬の光』以来、一貫している「男の身勝手小説」が、また一層突き詰められちゃったのかよ、という落ち。ここまで引っ張ってくる筆力には感嘆するが、身体のプラスチック化というトンデモが、最後は街全体を覆うことになるのか、という脱力感と共に物語が終わってしまったよ。

この人はこの先どういう方向に進むのか? 姫野伸昌は作中で、自死を覚悟して、書きかけの小説だの随筆だのをすべて書き上げて、真実の扉を開こうとするが、結果的に、自分は生き続けなくてはならないことを覚悟して小説を終えるのだが、ここまで、自分の歩んできた道を完膚なきまでにバラバラにした後、白石一文は、何をどのように書いていくのだろう?

#読書 #白石一文 #プラスチックの祈り #朝日新聞出版 #一瞬の光 #福岡 #姫野伸昌

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読書、ヴァイオリン、オーケストラ、ビーズ、マラソン、ウルトラマラソン、観劇、美術館、ガレット・デ・ロワ、顔ハメ、ちょっとだけ乗り鉄。
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