月に囚われた男たち

 女に囚われ取り残された男が三人。彼らは新月の日に月から解放されるというコントです。結構長いですが、読んでやってください。


月に囚われた男たち

 三人の男が座っている
 A    B    C
上のような感じで少し離れて座っている
 三人とも呆然と空を見ている。(この時点では舞台が月面だとは観客はわからない)
A:あー、ひまだなー
B:そうだなー
C:そうですねー
A:恋バナでもする?最後だし。
B:なんでだよ
C:盛り上がりませんよ。俺たち全員恋人なんていないじゃないですか
A:でもせめてなにか話題がほしいだろ。ただこのまま時間が過ぎるのを待ってるだけなんて気が狂っちまうよ。
B:たしかにな。
C:サッカーでもやりますか?
B:やだやだ、なんでここまで来てサッカーなんかしないといけないんだよ。
A:お前本当にサッカー嫌いだよな。
B:嫌いだね。サッカーを知らないなんて人生の半分を損してるとかいうやついるけどさ、あんなものが人生の半分を占めるんだったら俺はサッカーを知らない人生を選ぶね
C:出たいつものだ
A:じゃあさ、キャッチボールしようぜ。キャッチボールならいいだろ。
C:いいですね!
B:まあそれくらいなら。
 三人が立ち上がる。
 Aが足元で石を拾う
A:お、手頃な石があるしこれでやるか。いくぞー
 Aがスローモーションなフォームで石を二人の方へなげる(月なので)
 BとCは目線で石を追う
 真ん中のBは手を少し浮かしてキャッチの準備をするが、石は右側のCのほうへ。Bは手をゆっくりさげる
 Cは石をキャッチして二人のほうへスローなモーションで投げる
 Bは手を少し浮かしてキャッチの準備をするが、石はAのほうへ。またBは手をゆっくりさげる
 Aは石をキャッチして二人のほうへスローなモーションで投げる
 Bは手を少し浮かしてキャッチの準備をするが、石はCのほうへ。またBは手をゆっくりさげる
B:俺にもまわせよ
A:ごめんごめん、ちょっと面白かったから
C:すみません(笑いながら)
B:やめろって面白くねえって(また座ってしまう)
A:ごめんって
C:やめましょうか、キャッチボール。迫力なくてつまんないですね。(Aに適当に投げてCも座る)
A:そうだなー(石を目で追いながら)
 Aは石が自分の上空を通りすぎて舞台袖まで行ってしまったのを目で追う
A:おいどこ投げてるんだよ
C:(座りながら)ああー、すみません!
A:ったく(スローモーションであるいて舞台袖まで石を取りに行く)
 Aがスローであるいてもどってくる
A:あ、そうだ。みてみて、これが本当のムーンウォーク(スローモーションで普通にあるいている)
B:面白くないぞ
C:面白くないです
A:なんだよノリわるいな。もう死ぬんだから愛想笑いくらいしてくれよ(Aも座る)
B:そうだよな。もう死ぬのか。俺たち
C:どうしようもないですからね
A:あーあ、月面探査員に選抜された時はあんなに嬉しかったのに。
B:機械の故障で地球にもどれなくなるなんてな。
C:なんだかあっけないもんですね。まさか月の上で死ぬなんて。
A:ここが俺たちの墓場になるのか…
B:墓場か…(ふと何かをおもいつく)ふたりとも、墓場まで持って行くつもりだった恥ずかしい話とかってないか?それ、打ち明けあわないか
C:いいですけど、僕そんなたいした話なんて持ってないですよ
B:お前は?(Aをみて)
A:俺は…一つあるな。
B:お、聞かせてくれよ
C:きになります
 BとCは身を乗り出してAの話を聞く。Aはおもむろに立ち上がって話し始める
A:俺な、むかし、大好きな彼女がいたんだ。
B:おい、結局恋バナか
C:いいじゃないですか
A:今でも忘れやしない。その子に告白して付き合うことになった日、その日は綺麗な満月の日だった。
B:全然いい話じゃないか
C:どんな子だったんですか?
A:歳はお前と同じくらい(Cを指差す)甘え上手な可愛い子だったさ。仲だってよかった。トイレと風呂以外はずっと一緒にいるくらいべったりだったさ。いや風呂はたまに一緒だったな。
B:聞いてないよ
C:そういう恥ずかしい話ですかこれ
A:ちがうちがう、でもな。ある日その子にいきなり振られたんだ。ほかに好きな人ができたのって。悲しいことにその日も、それはもう綺麗な満月の日だったんだ。
C:うわー、ドラマチックというかなんというか…
A:おかげで俺は綺麗な満月が出るたびにあの子を思い出してしまうんだ。
B:酷だなぁ
C:まさか、今でも引きずってるんですか?
A:そう。いくら他の女の子といい感じになったって満月は出るだろ。だからいつまでたってもあの子のことを忘れられない。そんなことを繰り返してるうちに俺はどんどん月が嫌いになっていった。お前のせいで俺はいつまでたっても先に進めない!(空を指差して吠えるように)って
C:(地面を指差して)こっちこっち、あれ地球だから
A:ああ、そうか(つられて地面を指差す)
B:お前ちょっとスイッチ入りすぎじゃないか
A:そして俺は決めたんだ。宇宙飛行士になって、月までいって、月のことを思いっきりぶん殴ってやろうって。そしたら、あの子からの呪縛も解けるんじゃないかって。
B:ドラマチックエンジンがとまらないな
C:まさか。本当にそんな理由で月まで来ちゃったっていうんですか?
A:なーんてな!
C:なんだ嘘か
A:一緒に風呂に入ったことなんてないよ
B:そこじゃないよ。どこに『なーんてな』使ってるんだ。でも他のは全部本当なのか
A:全部本当。どうだ、恥ずかしいだろ。臭すぎてとても人には話せない。試験の時だって適当な志望理由をでっちあげた。これを知ってるのは、お前達だけだ。
C:へぇーすごい話ですね。
B:恥ずかしいなぁー(嬉しそうにCを見ながら)
C:恥ずかしいですねぇー(Bと顔を見合わせて)
A:うるさいな。まあでもな、本当に月まで来たら殴る気なんて起きないもんだな。ここで死ねるなら、俺は本望だ。月にいるならもう満月なんか見なくて済むし。
 Aの言葉にすこししんみりする二人
A:おい、お前らの番だぞ。というよりお前の番だ。お前が言い出したんだから(Bを指差しゆっくりと座る)
B:俺か…たしかにいざ話すってなると恥ずかしいな。(おもむろに立ち上がる)
A:そうだろう
C:Bさんもあるんですね。
B:俺はな。小さい頃からものすごくお姉ちゃん子だったんだ
A:なんだそのどうでもいい告白は(おこって立ち上がるがスローモーション)
B:いやいや、続きはあるんだ。ある時な、その姉ちゃんが結婚したんだ。玉の輿よってはしゃいでる姉ちゃんをみて俺も心から祝ってた。でも、そんな結婚生活も束の間、姉ちゃんの旦那が若い女と浮気してたことがわかって二人は離婚したんだ。
C:あららかわいそうだな、お姉さん
A:不倫だなんて、許せないなそいつ。
B:姉ちゃんはシングルマザーになって実家に戻ってきた。なんとか姉ちゃんの力になりたくて、俺はその甥っ子の父親になったつもりで姉ちゃんの子育てを手伝い続けたんだ。
A:いい話じゃないか
C:(頷く)
B:そしてそんな生活を続けていくうちに俺は気付いた。いや、本当は最初から気付いていたのに目をそらしていただけなのかもしれない。そう、俺は姉ちゃんのことを家族としてじゃなくて、一人の女性として愛していることにきづいたんだ。
 固まるAとC
C:…えーと、ちょっとまってくださいね
A:ドラマじゃん!お前に至ってはドラマチックとかじゃなくてドラマじゃないか!
B:俺は意を決して姉ちゃんに告白した。当然こっぴどく振られた。
C:それはそうなりますよ!
A:お前よくいったなぁ…
B:噂はあっという間に広がっていった。家族はもちろん、ほとんどのまわりの人間に知らない間に知れ渡っていた。俺はどこにいっても肉親に恋をした変態だと後ろ指を指された。あろうことか、甥っ子は俺と姉の間の子供なんじゃないかっていうありもしない噂まで流れ、姉ちゃんは家を出て行った。
A:ひどい話だ…
C:そんなことがあったんですね…
B:俺もうんざりしてさ、家族と縁をきって家を出た。誰にも馬鹿にされないために狂ったように勉強をした。でもどこにいっても誰かに指をさされているような気がして、俺はとにかく誰もいない場所に行きたかったんだ。
C:え、まってください、まさかそれで?
B:そう、だから俺は月まできた。誰も人がいない場所まできたら、姉ちゃんとの後悔から解放されるんじゃないか。そう思って月面探査員に立候補した。
A:やっぱドラマじゃん!お前俺のドラマチックエンジン全然通り越していくじゃん!
B:恥ずかしいだろ?
C:話のスケールがでかすぎてもはや恥ずかしいのかどうかすらわからないです
A:話が飛躍しすぎて最後の方はもうなんだかよくわからないけど、でもB…その話、お前は何一つ悪くないよ。お前は好きな人に好きだっていっただけだろ。たまたま相手が身内だったってだけ。それに罪なんてないはずだ。
B:ありがとう。怖くて逃げてきたこの月面で、お前みたいなやつと死ねるなら、俺も本望かもしれない。(ゆっくりと座る)
A:打ち明けてくれてありがとうな。よし、じゃあ次はお前の番だ
 AとBがCの方を向いて姿勢を正す
C:いや無理無理無理!誰がこの流れで話したがるんですか!100%霞むじゃん!
A:いいだろもう俺の話霞んでるんだから。
C:それでもこの流れは嫌ですよ!世間話でもはさみましょう!
A:まあな……じゃあ話戻すけどさ、やっぱ俺その、お前の姉ちゃんの旦那、許せないよ。
B:A…
C:そういえばさっきも不倫だなんてって妙に熱くなってましたね
A:…また自分の話になっちゃうんだけど、実はさっき話した俺の元カノいるだろ
B:ほかに好きな人ができたっていって振られたって話か
A:そう、その好きな人っていうのが妻帯者だったらしいんだ。
C:不倫になっちゃうじゃないですか
A:そう。俺は必死に止めたんだけど相手は企業の御曹司だかでお金もたくさん持ってるのって。あれはショックだったよ。
B:うわ、でたよ企業の御曹司!俺の姉ちゃんの元旦那も企業の御曹司だった。
A:はー、御曹司にはろくなやついねえな!
C:御曹司にもよるとおもいますけどね
A:おいお前御曹司の肩を持つってのか!
C:なんですか御曹司の肩を持つって!
B:御曹司サイドの人間かお前!
C:そんなサイドは存在しない!
B:あーでもそう思うとはらたってきたな。あの鈴木ってやつが姉ちゃんをちゃんと幸せにしてたらこんなことにはなってなかったかもしれないのによー!
A:…おい、鈴木って?
B:ん?ああ、その不倫野郎の苗字だよ
A:…おれがきいた御曹司も鈴木さんってあの子言ってたぞ…
B:え?
C:あ、妻帯者の御曹司…
B:嘘だろ?そんな偶然…じゃあお前がちゃんとその子の気持ちを繋ぎとめていたら、俺の姉ちゃんの旦那も不倫なんかしなかったってことじゃないのか!(おもわず立ち上がる)
A:そんなこと言ったら、同じことだろ!お前の姉ちゃんが旦那によそ見させてなかったら、俺は今頃あの子と幸せにやってたかもしれないじゃないか!(立ち上がる)
B:姉ちゃんを悪く言うな!(スローでAに襲いかかる)
C:二人ともやめてくださいよ!そんな憶測で喧嘩するなんて
 AとBがスローモーションで喧嘩をはじめる
 Cはそれを止めようと奮闘する
C:もういい加減にしてください!もう僕ら死ぬっていうのに最後の最後に喧嘩ですか!?馬鹿みたいじゃないですか!
 やっとAとBがおちつく
C:この世に鈴木さんだって御曹司だってたくさんいるじゃないですか!偶然の一致ですよきっと
A:まあ…そうかもな…(息を荒くして)
B:御曹司はたくさんいないけどな(息を荒くして)
C:もういったん座って落ち着きましょう
 三人とも座る
A:(ふかいため息をつく)よし、じゃあ次はお前が話す番だな。
C:なんで僕こんな話ずらい状況ばっかで回ってくるですか!
B:でもきになるよ。恥ずかしい話じゃなくてもさ、お前はなんで月にきたんだ。
A:そうだ、なんで月面探査員に立候補したのか聞かせてくれよ
C:僕がは立候補じゃないです。ひときわ若いのに成績が優秀だったから選抜されただけです。
A:お前はらたつなー!
B:自分で言うんじゃねえよそういうこと!
A:でたよ異例の最年少飛行士だ
C:いやでも本当に僕は二人みたいな月に来る理由なんて本当になにひとつないんですよ。すこし羨ましいくらいです。でも、宇宙飛行士になった理由は僕も二人と同じように好きになった女の人のせいですね。
A:へー、聞かせてくれよ
C:(ゆっくりと立ち上がって話し始める)高校を出てすぐくらい、僕の母親はずっと入院していて、僕はずっとお見舞いで病院に通っていたんです。そこで僕はその病院に新しく入ってきたひとまわり年上の看護婦さんに恋をしたんです。
A:看護婦かぁ
B:やっぱり年上はいいよな
C:正直いつしか僕は母の見舞いを言い訳に、その看護婦さんと話すために病院に通うようになりました。
A:なるほどな
B:年上は包容力があるからなぁ
C:母の退院が近ずいてきたある日、母のベッドの隣に女の子の患者さんが入ってきたんですよ。年もそんなに離れていなかったし自然と仲良くなっていって、そしたら看護婦さんは僕がその女の子のこと好きなんだって勘違いしちゃって。
B:年上なのに鈍感なのもたまんないね
A:それ年上かんけいないだろ。黙って聞けよ
C:でも母が退院したあとも病院に通う理由が欲しかった僕は、看護婦さんにはその女の子が好きってことにして、お見舞いに通い続けたんです。その子は重病を患っていて、それを治すために、病気のことを隠して付き合っていた地元の恋人と無理やり別れて、都市の病院までやってきたらしくて。
B:恋人に心配かけたくなかったんだな、その子は
C:そう、それこそその子も「ほかに好きな人ができたの」って適当な嘘をついたっていってました
A:うわーそれで振られたその子の彼氏の気持ちが嫌という程わかる…
C:でもずっと看護婦さんと合う言い訳にしていたその子もついに手術の日が来て…
B:成功したのか?
C:はい。無事に。
A:良かったじゃないか!
C:でもついにその子が退院したことで僕が看護婦さんと合う理由はついに無くなってしまったわけです。
A:ああ、そうか
C:だから意を決して告白をしようと思ったら、その看護婦さん、その病院の医者と結婚しちゃったんですよ。
A/B:ええ〜
C:その医者と幸せそうな結婚生活を送ってて。なんか悔しいじゃないですか。だから医者よりもかっこいい職業について見返してやろうなんて子供じみたことを当時の僕は思ったんです。
A:まさかその職業っていうのが…?
B:宇宙飛行士…?
C:そうです。バカみたいですよね。
A/B:ドラマじゃん!
B:お前が一番ドラマじゃないか!
A:なんかおれ恥ずかしくなってきたんだけど!おれの話一人の女に振られただけじゃん!おれのが一番霞んで来ちゃってるじゃん!
B:いやいや、でもその子もしかしたら病気を隠してお前を振ったのかもよ?(ちゃかすように)
A:バカにすんなよ!ハルコはなぁ、そんな嘘つくタイプじゃないんだよ
C:…ハルコ?
A:ああ、例の元カノの名前だよ
C:…まさか、Aさんのことふった人の名前、サトウハルコさんじゃないですか?
A:そうだよ!サトウハルコだよ!おい、おいまさか…
C:そうです!隣のベットの女の子、サトウハルコさんでしたよ!
B:まじかよ…じゃあハルコって子は病気を治すためにAに嘘をついて別れて、そんでお前の街の病院に入院したってことなのか!
C:多分…そういうことだとおもいます!
B:おいよかったな!(Aにかけよる)ハルコちゃんはお前に愛想つかしてなんてなかったんだよ!お前に心配かけないために、妻帯者の御曹司だなんてデタラメな嘘をついたんだ!
A:ハルコ……(その場で崩れ落ちる)
B:ほら名前だってそうだ!鈴木っていうありふれた名字を適当に答えたんだよ!それが偶然おれの姉ちゃんの元旦那の名字と同じだったんだ!
C:そうだ!きっとそうですよ!珍しいことじゃないですよ、偶然名字が一致するなんて。そんなこといったら僕がずっと好きだった看護婦さんの名字、Bさんと一緒ですもん
B:…おい、それ、ほんとか…
C:はい、フユミさんっていう人で。
B:それおれの姉ちゃんだよ!
A/C:ええー?!
B:看護婦やってたんだよおれの姉ちゃん!
C:ああ、でも確かにフユミさんバツイチで子持ちだった!
B:じゃあ息子の名前は!?
 顔を見合わせるBとC
B/C:冬樹!
 一瞬の間
B/C:うおー!!!
C:なんで僕Bさんと同じひと好きになってるんですか!気持ち悪い!
B:しらねえよおれの方が先だからな!
A:でも、お前の姉ちゃん、今は幸せになってるってことじゃないのか
B:そうか、そうだよな…よかった…
A:なあC、お前は俺たちみたいに月に来る理由なんてなかったっていってたけど、ちがうよ。きっと、お前は俺たちにこのことを伝えるために月にきたんだ。お前が月に来ることに意味はあったんだよ。
C:…だとしたらちょっとだけ嬉しいです…
B:ありがとう。少なくとも俺は少し救われたよ
A:おれもだ。ありがとう。
C:まあ…そんなことがわかったところで僕らが三人ともここで死んじゃうことには変わりはないんですけどね
B:…わすれてた
A:あー俺たち死ぬのか
C:みんな、女のひとに囚われて月まで来ちゃったんですね。
B:でも今日やっと解放されたよ
A:あ、ほらみろよ。満月だ(空を指差す)
C:だから、ちがいますって。月はこっち(地面を指差す)。あれは地球ですよ(そう言いながら空をみる)
B:綺麗だなぁ…
A:向こうからもこの月が綺麗な満月に見えてるのかな
C:何言ってるんですか。ここから見た地球がまんまるなんだから、向こうからみたら今日は新月ですよ
B:そうか。今日は月が見えなくなる日か。

 暗転
 
ー終わりー

こちらから投げ銭が可能です。どうぞよしなに。