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美術館の学芸員、キュレーターってどんなお仕事?

「美術館の裏側」
「THE CURATOR'S HANDBOOK」

の2冊を読んでみる。

みなさんは美術展を最近観にいきましたか?
東京は音楽もそうですが、世界中のものが集まるという意味ではとても恵まれてますよね。今だって、渋谷、上野、六本木をはしごするだけで、村上隆の大規模展、めったに見られないほど作品が一同に会したボッティチェリ展、倉敷の大原美術館からエル・グレコの「受胎告知」がやってきていて、ラファエル前派の作品展もやっていて、フェルメールとレンブラントが一緒に来てる展覧会もやってるんですから。。。

以前に比べれば、TVや雑誌でも美術展の紹介が増えているような気がするし、ネットでも美術展紹介系のサイトや、そのプロモーションを専門にしたものとかあるし、そしてなにより、美術展が混んでいる!!
もちろんお客さんが来ないと美術展もやってけないでしょうけど、混みすぎていると、満足に見られないのがけっこう悲しい、、、、

そんな美術展を開く美術館サイドの人が、美術展の裏事情を書いたのが
「美術館の舞台裏 魅せる展覧会を作るには」
です。
著者の高橋明也氏は三菱一号館美術館の館長ですが、私がこの方を知ったのは、この本でも著者が重要な契機となったとして取り上げている2005年の国立西洋美術館(当時はこちらの学芸員でらっしゃいました)での「ジョルジュ・ラ・トゥール展」の時でした。ラ・トゥールの貴重な絵画1点を国立西洋美術館が取得したのがきっかけで、世界中の数少ないラ・トゥール作品を所蔵している美術館が意気を見込んで協力して、すばらしい展覧会となるあたりの話はこの本でも触れられていますが、実際の展覧会を見ただけにちょっと感動です。

少し脱線しますが、日本人のフェルメール好きって極端ですよね。あの時代にして室内、風俗画が多く、みんなサイズは小さく、点数は40点に満たない、といったプレミアム感とかいろいろ重なって日本人好みなのでしょう。で、ラ・トゥールもフェルメールに負けないくらい現存点数が少なく、明暗の表現なんてレンブラント以上の見事さだと私は思うんですけど、いまいち日本でメジャーでないのは残念。きっと宗教画多く、やや色彩も暗めなものが多いところが、知識の必要性と地味さで受けないのかしら、、、
そんな中、国立西洋美術館にはラ・トゥールの「聖トマス」があり、さらに昨年、寄託作品となった、フェルメールに帰属するとされる「聖プレクシデス」もある、というすごく美術館がになってるわけだけど。。。個人的にはラ・トゥールの人気ももっとアゲアゲになってほしいのです。
閑話休題。

この本は高橋氏が編集者と相談して、いろいろ質問されながら答えていったものを書籍にまとめるというプロセスだったそうで、話題もとても広い範囲にわたっています。
美術館という概念がいつ頃始まったかという歴史的なところから始まり、基本的な学芸員、キュレーターの役割、国ごとの学芸員や美術館のお国柄であったり、実際に美術館を企画するプロセスや苦労であったり、絵画の値段の話や将来の美術館の姿についてと、まさに話題は四方八方へと広がっていきます。やや広がりすぎの感も否めませんが、この一冊で美術館ってどういうもの、そしてそこで働く人、世界はどうなってるのかがつかめるありがたい本でもあります。

個人的に興味というか、気を引かれた話題をいくつかあげておきます。

日本での美術展といえば、一昔前は美術館よりもデパートの上の方の階でやってるイメージってありましたよね(もちろん今でもありますが)。
それが近年は三菱一号館美術館もそうであるように、デベロッパーが存在して美術館を建てて、運営が行われる方向に向かっていること。そして、そこで経営として成り立たせていくお金がらみな話はなかなか面白く読みました。
海外から貴重な絵画作品を借りるとなると、もちろん、契約交渉、保険など大変なことはあるわけで、運搬1点でクーリエ込みで百数十万円、数十点海外から運ぶとなるとそれだけで数千万円かかるわけですね。そしてそれらは超貴重なブツなわけです(でも、この本の中の逸話で、海外での雑な扱いについても触れられていて、フレスコなんて剥がれても気にしない、油絵がちょっと汚れていたら雑巾や唾きで拭う人がいる話もあったりw)。
それだけのコストをかけるからにはちゃんとそれだけ集客しないといけない大変さもあるわけですね。
三菱一号館美術館の場合は年間30万人の入場を目標に、儲けるのではなく、トントンになるように、お客さんがいっぱい来そうな企画の中に、マイナーだけれども良い画家や特集を組んだものを混ぜていくのだそう。そうやって美術館に来る人の触れる作品の広がりを作っていくのも美術館の役割なわけですね。

昨今は、以前ならマイナーでお客さんが集まらなそうな画家の展覧会であっても、地道に客を集められる傾向にあるのはたしかですね。この本でも取り上げられているハンマースホイやシャルフベック、ヴァロットンなどたしかに以前だとなかなか開けなかったでしょうし、人が集まることもなかったように思います。
そして企画する側としては、そういう企画を通すのもプレゼンテーション次第だと断言します。何が惹きつけるかを明確にするコンセプトを作るのも学芸員の側の腕なわけですね。

その学芸員の腕、という面ではやや日本はまだまだだという話が出てきます。海外の学芸員はまさに知識だけでなくビジネスマン、交渉術などでも一流なわけですが、日本はそこがまだ育っていないという指摘です。それは従来から美術展がデパートや新聞社が主催し、そこの学芸部や文化部の人たちが旗振り役、交渉も請け負っていた負の部分なわけですね。だから、海外に顔が効き人脈もあるのはそういう人たちで、美術館スタッフの方が語学も交渉もできない、という問題点。。。こればかりは地道に育つのを待つしかないのかもしれません。

もう少しこの本で興味が惹かれた点を紹介しときましょう。
それは現在のパワーバランスと未来の美術館の話です。
ルーヴルが別館をドバイに作ったり、世界の美術市場でチャイナマネーが大きな力を持ってきたりと、美術市場も世界経済に連動してパワーバランスは変わっていくわけですよね。これから有名作品はどこへ行けば見られるのかというだけでなく、そのマネーの力で、絵を借りる価格も上がってしまってるという現状、、、そして、その大元は日本がバブル期に金で絵を買いあさったり、借りたりしまくったのが発端で、今でも欧米の美術館傾斜は日本のせいだと言われてしまう、、、っていうのは、ちょっと切ないですねぇ。。。でも、浮かれてたもんね、あの頃。ゴッホとセザンヌを大枚叩いて買って、死んだら棺の中に入れてくれとかいって顰蹙買ってる人もいたもんね、、、、その作品も今はバラバラな場所に散っていったわけだけど。。。

そういえば、個人的にはバブルの頃というか、昔の秋葉原には「ミナミ美術館」なるものがあって、電気店の最上階にダリの宝飾作品とポルトリガトの聖女があって、いつでも見られた!!ってのが、まさにバブルな時期の記憶なのですよね。

今は、ドン・キホーテにAKB48劇場があるところにですよ、ダリですよ!!ポルトリガトの聖女ですよ!!

いやぁ、時の流れは恐ろしい、、、
これまた閑話休題。。。

そしてそのようなパワーバランスの変化の中、美術館はそういう面だけでなく、新たな美術への対応もしていかなくてはならないわけですね。ファッションやサブカル、セクシュアリティに関わるものという現代社会に沿ったものをどのように展示していくか、そしてインスタレーション、ビデオ作品など従来とは異なる形態の作品をどう扱っていくか
古典作品ばかりを扱ってきた美術館が、これから先、やはり時代を表す、そして従来とは保存性や展示方法の異なるものをどう扱っていくか。。。この多様性への対応もも大きな課題なのでしょう。

そして、私はここにもう1つ大きな問題提起をしたいと思うのです。

美術館という展示形式はこのままでいいのか

ということです。
美術館はたしかに千数百円(海外にならタダのところだってある)払えばすばらしい美術作品を見ることができます。でも、それが本当に理想的なことなのかと、特に混雑してゆっくり細かく美術品を見られない時に思うのです。
オリジナル、本物であることは大事ですが、人々に開かれた形になった分、失われたものはないのか、そしてそれを戻すことはできないのか、という考えに憑かれるのです。
これについては、いろんな問題が絡むので別論にして、近々書いてみたいと思います。

さて、美術館と学芸員の役割や現在を描いた本を紹介したついでにもう1冊紹介したいと思います。

学芸員、キュレーターの仕事をまとめたマニュアル
「THE CURATOR'S HANDBOOK―美術館、ギャラリー、インディペンデント・スペースでの展覧会のつくり方」
です。これ一冊でキュレーターが美術展を企画し、実際に開くまでにどれだけの作業をしなければならないのか、そしてどのタイミングで何に目を配らなければならないのかがわかります。なんだかこれを読むだけで、自分でも美術展を開催できるようになるかもと錯覚しそうです、というのは冗談で、逆にこんなにいっぱいやることがあるなんて無理だよ、と思ってしまう本です。

ざっと見渡すだけでも、
展覧会のアイディアやインスピレーションをどのように得るのか
大まかな展覧会のイメージとデザインを作り上げる
スポンサー探し、資金提供先にはどのような種類があるか
巡回先を見つけて共同開催することで負担を軽くする
作品の確保、契約交渉、保険、補償、賃貸条件
カタログなど出版物のデザイン、出版
展覧会場のレイアウト、表現方法、観客のアクセスライン
所蔵作品のデータ管理するレジストラーの役割
作品の管理と展示
セキュリティー対策、盗難対策
プレスリリース、内覧会、プレオープン、ギャラリーツアー
展覧会の問い合わせ対応
解体、返却

うわぁ!って感じでしょ?
これだけ全部がキュレーターの目を届かせるべきお仕事なわけです。
これでも相当端折って書いてみました。

先の「美術館の舞台裏」の紹介でも書いた通り、日本のキュレーターはまだ人材不足で、さらに実力というか、能力が全く伴ってないといってよいレベルだそう。このキュレーターのためのハンドブックをみても、これを分担するにしてもトータルに監視、管理できるには生半可な能力ではすまないことは明らかです。バリバリのビジネスマンといった人々の方が向いているというのもわかりますし、そういう人々や、そういう能力を持った人がこういう美術業界に入ってこれるような雰囲気が作れるかどうかは大きな課題ですね。

ということで、美術館や学芸員の役割やお仕事を知ることのできる好対照な2冊紹介してみました。

(了)
本文はここまでです。
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