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フーガを書いてみませんか

フーガを書くための教科書を読む

「フーガを書いてみたいな」だったら、グレン・グールドの数少ない作品の一つの題名ですが、今回は「フーガを書いてみませんか」ということで、みなさんに実際にフーガを書く意欲を高めてもらうため(?)に、学習フーガのための教科書やフーガに関連する書籍を紹介をしてみようかと思います。

というのも、
山口博史氏による
「厳格対位法 パリ音楽院方式による」
小鍛冶邦隆、林達也、山口博史の三氏による
「バッハ様式によるコラール技法: 課題集と60の範例付き」
林達也氏による
「新しい和声 理論と聴感覚の統合」
といった作曲の基礎技法、理論を解説した本(音楽大学の作曲科入試に必要な技法や、そうだったもの)が立て続けに新たに出版され、最近、山口博史氏の新著として「パリ音楽院の形式によるフーガ書法」が、すごく久しぶりの日本人の手によるフーガの書き方を説明する本として出たので、フーガをネタにしようと思ったわけです。
なんていっても、フーガは作曲技法を学ぶ上で大事なのに、日本語の本がほんとに少なくとも手に入りづらい状況が続いてましたものね。

▶︎フーガってなに?

フーガといえば、最も有名なのは嘉門達夫の「ちゃらりー、鼻から牛乳」としても知られる(えっ?嘉門達夫がわからない!それは問題外だ!!)バッハの「トッカータとフーガ」(真作か疑われてもいるけれど)でしょうかね。
フーガといえばこの曲に限らずバッハの作品を思い浮かべる人は多いでしょう。その代表は「平均律クラヴィーア曲集」に含まれる24の調すべてで書かれているフーガでしょう。
でも別に「フーガ」はバッハの専売特許だったわけでもなく、さまざまな作曲家がフーガを1つの作品としてや、長大な作品の中の表現技法として使っているわけです。平均律クラヴィーア曲集を目標に、24のプレリュードとフーガ、を書いた作曲家だってぞろぞろいるわけですし。古典的な作曲技法の中では作るのがめんどくさく、さらに美しく作るのは大変なわけですが、聴覚的にも構造的にも訴えるものが最も強いものといえるでしょう。

歴史的には14世紀頃のイタリアが発祥とされ、当初はカノン(輪唱みたいなのね)をフーガと呼んでいたのですが、17世紀中頃から本格的なものが書かれ始めて、100年後のバッハあたりで最高潮に達するイメージでしょうか。
その後もモーツァルト、ベートーヴェン、フランク、そして20世紀になってもヒンデミット、ストラヴィンスキー、バルトーク、ショスタコーヴィチ、メシアン、そして現代に至るまでフーガが技法として使われた作品なんて山ほどあるわけです。

そんなフーガを解説した本としてまずとりあげたいのが、
ビッチ&ボンフィスの「フーガ (文庫クセジュ 674)」
です。
フーガの基本となる対位法の解説から、フーガの歴史的な変化、発展、構造についてなど、幅広く、そしてそれがあまりに理論的になりすぎずに解説した名著です。新書サイズですから、手に取りやすいですしね。多分、自分で作曲までしようという人でなければ、この本の知識で十分すぎるほど十分得られると思います。

洋書では、たとえば、ドーバー出版から出ている
アルフレッド・マンの「The Study of Fugue(フーガの研究)」
があります。この本は対位法とフーガに関する解説を前半に、後半は歴史的なフーガの理論を記述した文献の抜粋英訳(フックスの「グラドゥス・アド・パルナッスム」とか)を掲載した本です。

あと、フランス語ですが、大部の著作の一部を割き、フーガについて、すべての音楽形式の中での位置付けから、フーガの構造など幅広く書いた本としては、
ヴァンサン・ダンディの「Cours de Composition Musicale(作曲法講義(昔、翻訳がありましたけど、今はほとんど手に入りません)」
があります。

▶︎ 学習フーガって何?

じゃあ、
フーガと学習フーガってどう違うのよ
って疑問も当然出てくるわけです。

東京芸術大学でも最近まで入試の課題の一つとして、与えられた主唱に対して「フーガ」を書くことが要求されていました。

「フーガ」が学習課題として必要とされるのは、
・旋律を作ること
・対位法として複数の旋律を扱うこと
・和声として破綻しないこと
・フーガの書式ルールに則った構造できれいに作品をまとめること
・音楽的に美しいものを作る

という、作曲上のさまざまな要求をルールを守りつつ応え、技術と音楽性の両立を試すとてもよい手段だからでしょう。そこで19世紀以降フランスを中心に「学習フーガ」という形でルールを整えたトレーニング方法が発達したわけです。

▶︎じゃあ、フーガを書いてみたいと思ったら?

ということで、フーガを書いてみたいと思ったときにどうすればよいかというと、もちろん対位法と和声を勉強してだなぁ、、、とか言いだしたら、きっともうこの先を誰も読まなくなってしまうし、それだけでどんだけ時間が、、、と思うので、フーガってのはどんなルールと形式で実践的に組み立てていくのかを書いた本を紹介してごまかしておきたいと思います。

日本人の手になるフーガの教科書は、上でも取り上げた山口氏の新しい本を含めて、ほぼ4冊と考えてよいでしょう。
簡単にそれぞれをまず紹介しておくと、

1 島岡譲「フーガの学習」
薄い、見ため簡易製本で安っぽい、そして実際安い、でもこれ1冊でフーガが書けそうなきがする。

2 池内友次郎「学習追走曲」
名著だけど絶版で手に入らない。みんなコピーしてる。必要最小限で様式や和声的な面では不足

3 野田暉行「フーガ」
これも簡潔、その割には高い、これだけで書けるかはちょっと微妙。でも実施例CDがついている。

4 山口博史「フーガ書法」
ルールは簡潔、さまざまな形式、時代別の様式について触れていて、作成例が多い。

こんな感じでしょうか。
正直、野田氏のはルールはちゃんと書いてあるけど、勉強はしづらいかも。でも実施例のCDがあるのはちょっとうれしい。ただ最初にとっかかるにはちょっとハードル高いですね。

そんな中、まず一番オススメしたいのは、、島岡譲「フーガの実習」です。なんといっても千円以下で買えるフーガ教本といえばこれしかないというか、最も手に入れやすいフーガ教本は山口氏の本が出るまでこれしかなかったというか。。。とにかく、お手軽さがよろしい。
といっても、それも国立音楽大学売店でないと買えないといえば、手に入れにくいということになりそうですが。電話して注文すれば郵送してくれます。でも、世の中、ネット書店で本を買える世界を考えれば、この不自由さがなんともいえず、そこはかとなく楽しいかも。。
本は簡易製本の70ページほどの本ですが、もうこれほど簡潔にルールと創作例をまとめた本はないでしょうってくらい、簡潔です。
でもすごくまとまってるというか、ある程度和声的なことを知っていたら、なんかこれに書いてある通りにやっていけば下手でもフーガ書けそうな気がしますもん。
それはなんといっても、一冊がまるっきり、一つの主唱から作り上げていくのを順番に解説していってくれるからでしょう。
主唱、答唱、提示部、対唱、提示部、嬉遊部、追拍部と、こういう風にって手取り足取りな感じがいいです。
安いので、みんなこれを注文しまくればいいのにwww

池内友次郎氏の「学習追走曲」は名著の誉れ高いですが、とにかく絶版で物がない。。。たまに中古があってもめちゃくちゃ高い!
なので、持っている人か図書館からコピーすることになると思うのですが、島岡氏の本より細かに説明はあるので、これ1冊という感じは強くします。ただ、対位法的な旋律の扱いにはあまり詳しくないです。
本の構造としては島岡氏の本と一緒ですが、とにかく詳しくって、例もいっぱい載っていて、例外とかちゃんと楽譜で説明してあるし、、、もし手に入るのなら、ぜひ持っていることをオススメします。

そして、最後に紹介するのが、山口博史氏の「フーガ書法」です。ほんと満を持して久しぶりに登場した、そして一般書店でも手に入る日本人の手になる唯一の学習フーガの教本です。著者も述べるように和声を大事にしつつ旋律線の自由度も尊重しているので、機能和声から外れたフーガまでを射程に入れている点も今までの日本人の教本とは異なります。
形式とルールに関する説明量は最低限なので、池内氏の本に比べれば、ルールに対応した実施例は少ないです。
かわりに、過半以上のページが学習フーガの作成例と、さらに多様な形式のフーガの実施例に割かれています
4声体のフーガにとどまらず、まず2声、3声のフーガから入っているところもユニークですし、二重フーガも取り上げられます。そして、時代、作曲家ごとのフーガの様式の違いを示すために、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、フランク、ラヴェルのようなフーガの実施例があるのも、今までの著書にない工夫といえるでしょう。
ただ、自習には全く向いてない本だとは思います。。。まぁ、音楽の理論学習書は大抵そうなんですけどね。この本だけで、さまざまな様式なフーガが書けるようになるわけでは全くありません。それだけなら、正直、島岡氏や池内氏の本の方が書けそうな気分になるといえるでしょう。。。
しかし、島岡氏や池内氏の本では、完成したフーガとしての形はいまいちイメージしにくいですが、山口氏のはそれが様々な様式や楽器を想定した形で豊富なので、実際の作曲を学ぶ場で今も書かれているフーガの息吹を感じられることが大きな優位点といえるでしょう。

▶︎おまけの書籍紹介

より専門的にというか、古典や本場フランスでの名著もいくつか挙げておきます。

近年翻訳されたのが、古典的な対位法とフーガの理論書として有名な
ケルビーニの「対位法とフーガ講座」
長年、海外でも教科書として使われた本ですが、対位法の理論書としても優れているので、内容が古めなのに目をつぶれば一冊でお得といえなくもないです。

で、学習フーガという教育形式を作った本家フランスの理論書としては、
アンドレ・ジェダルジュの「Traité de la Fugue(フーガ教本)」
や、テオドール・デュボワの「Traites de contrepoint et de fugue(対位法とフーガ教本)」
があります。みんながあまり取り上げないけど、私はジェダルジュが大変好みです。
あと、マルセル・デュプレのフーガ教本は昔、「対位法とフューグ」として邦訳が出てましたが、これもあまり手に入らないかも。
きっと、専門家の方々はもっといろんな本を挙げられるでしょうから、あくまでも参考程度ですけどね。。。

ってことで、個人的には、島岡氏の本をとりあえず買ってみて、これなら自分もできそうと思ったら、山口氏の本を買って、フーガってこんなにいろいろあるんだね、ということも実感していただいて、ちょっと自分でも試してみよう!って人が増えたら面白いかな、と思ってます。

みんなでフーガを書こうよ!!

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