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日本の近代政治思想史がこんなに面白かったとは!

渡辺浩「日本政治思想史 十七〜十九世紀」を読む

今回紹介する本は日本の近代政治思想史の概説書です。政治思想史なんていうと、すっげぇ難しそうに思えるし、全く自分の生活に無縁にも思えるしかもしれませんが、それがそんなことはないんですよ、って話です。

日本の政治思想史と聞くと、まっさきに丸山眞男氏の「日本政治思想史研究」あたりを連想する人もいるかもしれません。そして丸山氏の長年の思索の俎上にも乗っている、徂徠や闇斎や諭吉の話とかね、、、
でもまぁ、そういう難しい話は読める人が読んでください、または、これから紹介する本を読んで興味をもった人がチャレンジしてください。
もちろん、そこまで名著かつ難解なものでなくとも、他にも、たとえば放送大学の教科書として書かれた平石直昭「改訂版日本政治思想史 近世を中心に」や、渡辺浩氏の弟子にあたる河野有理氏の「近代日本政治思想史 荻生徂徠から網野善彦まで」といった本もあるので、興味がある人は手にとってみてください。
後者の補記には、著者と与那覇潤、大澤聡両氏との鼎談が載っていて、そこでは従来どのように政治思想史が教えられてきたかといった学閥的な流れ、まさに法学部という大学の中でも一番、大学院とかが世離れした世界の人たちのエピソードであったり、これから先、どのように政治思想史が研究されていけばいいかといった様々な面白い話が展開されていて、そこを読むだけでも面白いかもしれません。
冒頭の一部は、出版社サイトの本の紹介ページから読むことができます

で、今回紹介するこの「日本政治思想史」ですが、一般的に近世の日本政治思想史といえば、儒学をベースとした朱子学を元に、日本の儒学者がどのように思想を展開し徳川政治、国の統治はどうあるべきかをいろいろ論じたのを歴史的に見ていく、という感じなのですが、この渡辺氏の本の大きな特色はその流れ以外の、江戸時代の民衆社会のバックグラウンドがどうであったのか、民衆がどのように社会を見ていたのかも含めて江戸時代から明治中期までを概観していることです。

初心者のために、江戸時代の社会情勢がどうであったか、儒学、朱子学の基本的な考え方についてもそれぞれ章が割かれていて、至れり尽くせりです。
ですから、政治思想史というのがいかに現実の社会と密接なものか(それはもちろん現代も)ということに気づかされ、単に政治周りの人たちだけの話ではないのだとわかります。

よくネットで湧き上がるのに、江戸時代は今よりよかった系の人たちってのがいますよね。なんかその時代の感覚や生活に戻るとよいみたいな、妄想系の人々。
その線でいくと、この本は冒頭で開国時の日本の美しさを外国人がいかに褒めたか、でもその一方で、日本には一台の馬車もエンジンも存在せず、乳幼児は半数以上が死亡し、そのくせ識字率は高く、江戸時代からなぜか商売のノウハウ本は大量に書かれベストセラーになり、そしてなにより西洋では夢想にもできなかった二百数十年の平和が維持できたのはなぜか、を政治思想史とその社会によって明確にする本だと宣言してくれます。

この本では上で書いたように、江戸時代の政治思想中、最も重要であった儒学と朱子学について簡単な説明がされているだけでなく、他の本でも必ず載っている江戸時代の代表的な思想家、仁斎、白石、徂徠、昌益、真淵、宣長、そしてここがユニークかつ私も知らなかった&すごく面白かった海保青陵についての解説、明治期以降として諭吉と兆民といった人々が紹介されます。しかし、この本の面白さはそれ以外の部分があることによって幾層倍にも膨らんでいると断言できます。

たとえば、
・徳川政治がいかに「御威光」によって支配力を維持継続したか
武士は戦争準備状態で置き去りになったままどうやって200年以上システムを崩壊させずに平和に時を過ごしたか
・「イエ」を継ぐという概念は何か
・百姓にとって年貢や村の掟、村八分、一揆とは何であり、なぜ必要だったのか
・江戸時代の日本人にとって「日本」「外国」とはどのように諒解されていたか
・江戸時代の女性またはセックス、遊女や宮中の女性とはどういう存在だったか
・西洋の考え方を日本人はどう解釈、消化しようとしたか

これだけでもとっても面白そうじゃありません?
これらについて、予想外のそしてとてもわかりやすく説明がされるのです。
たとえば、「日本」とは日本人にとってなんだっかについては、その章の冒頭で

「いわゆる藩こそ「国」だった。そして「日本」全体を「国」とする意識などほとんどなかった。そのような俗説がある。全くの誤謬である。」

と切って捨てます。
日本は人口的には世界的に見て大国だったし、江戸は世界トップクラスの大都市だったのに、隣に中華があるための小国意識、文化を学んだということでの劣等感、そしてアイデンティティ確保が大変という状況でいろんな人が「日本」をどう考えて劣等感克服しようとしたか、場合によってはやっぱり小国ですよと拗ねたか、さらに私たちこそ「中華」だと言い出す人もいたか、とか、いろいろ出てきて面白い。

江戸時代の性の位置付けについても、

「人は二つの性に分類された上でイエに封じ込まれ、性的関係はイエの中の夫婦間のみに厳しく限定された。それを撹乱する婚姻外の性は不義密通として弾劾され、例外的に一部は遊郭に封入された」
という推論は大きく裏切られる。

と切って捨てられて、実際は女性が外に出る機会は多く、遊興に費やし、労働も農村中心に共働きが多く、西洋や中国のように一度結婚したらもう貰い手がないなんてこともなく、もっというなら遊女であってもよいところのお嫁さんになれたし、一般女性は色っぽさと情を持つことが大事だからってんで街のファッションリーダーとして遊女と宮中女性という対極的に思える2つが常に憧れであり、遊女の書いた書簡といったものは模範として売れまくり、という社会が描かれます。

その裏で、国の支配階級である武士は戦国時代の後、また戦争があるかもという理由で戦争準備状態、一方で徳川政権は御威光を飾って支配を固め、上下関係がガチガチで裏切れないようなシステムを藩単位、主従単位、武士同士などで作り上げ、だんだん商人層が裕福になって武士がジリ貧になっても名誉心、自尊心だけで支配と平和を維持したのが江戸時代、そしてそのバックグラウンドとなったのが朱子学を元にした政治思想だったのだというわけです。

世界史的に見ても日本が1853年のペリー来航以降急激に開国に向かい、明治維新、大政奉還を経て、攘夷なんていってたのはウソみたいな西欧化をするのに20年ほどの短期間というのは他に例を見ない変わり身といえるでしょう。フランス革命でさえ、民衆革命の最初と言いながら、貴族はずーーっと生き残ったのですからね。

その不思議が起こせたのも、結局は儒学のせいで、徳川支配が絶対というのが、だんだん徳川は宮廷の代理として支配していると信じる人が増え、そこれで心理的な弱体化が起こり、そこへ海外から、なんで未だに鎖国してるのみんなと友好するのが正しいでしょ!という思想的挑戦を受けた時に、海外の情報を聞いて、海外の方が日本よりも儒学的に見ても進んでいる(ようにみえる)、それなら門を開くのは仕方ない(つまりペリー来航後、技術や軍事的圧力で開国へ傾いたのでなく、思想的に相手が優れていると思い始めたゆえの開国だった)となってきて、一方でそこでも求心力は衰えついには他の大名の意見まで聞き始めた幕府をみて、そんな果断な処理ができない(それは攘夷であっても)幕府ならいいや、と、攘夷をまさに旗印(本気に攘夷すべきと思っていた人はそれほど多くなく幕府への諦めと倒す道具としての攘夷)にして戦ったらあっさり大政奉還まで行っちゃった。
で、攘夷とかいってたけど、別に幕府が倒れたんならいいや、ってことで、あっさり徳川政治は瓦解して、西欧化に一気に進んだ、ということらしいのですね。。。いやぁ、そうかぁ。

じゃあ、はっきりいって、ほとんどの血湧き肉躍るようなテレビドラマや小説や映画の幕末志士ものなんてのは、きれいに色分けしすぎて、英雄つくりすぎの話ってわけですね、っていうまぁ、わかれば当たり前の結論にたどり着けるのがこの本なのですよ!

この本では最後の2つの章が明治時代に大きな影響を持った福沢諭吉と中江兆民にあてられています。福沢諭吉が単なる思想的指導者としてだけでなく、まさに文明開化の今までと全く違った世の中の先導者として八面六臂の著作活動をしたこと、そしてその中で西洋化をうまく日本に溶け込ませようとしたのかが簡潔に説明されます。
中江兆民はルソーを仰ぎ、民衆の力を信じ、それが国を動かすことを期待して活動しますが、結果は国に裏切られます。新しい日本は天皇をトップに議会制民主主義といいつつも、維新の志士たちの政治道具と成り下がるわけです。

そんな福沢諭吉と中江兆民は2人とも1901年という20世紀最初の年に共に亡くなるのですが、その時には日本は初の公害問題、足尾銅山事件を起こし、それを天皇に直訴した田中正造の直訴状を書いたのが兆民の高弟であった幸徳秋水であり、兆民の亡くなる時には枕頭に彼はあり、その2年後日露戦争開戦論に転向した万朝報を内村鑑三と共に去り、その後、兆民が裏切られたと感じた明治政府は社会主義運動の大弾圧をし、幸徳秋水はその中での最大の事件大逆事件の主犯の1人としてほとんど関係ないのに処刑され、日本はその後、少しの大正デモクラシーの余暇のあと、軍国化に進むことになるのでした。。。

その準備が結局は大きな西欧風への転換の中で仕込まれたのだなぁと最後の部分で思うとよかったんだかどうだったんだか、って気分になれますww

(了)
本文はここまでです。
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