(小説)砂岡 4-0 「スピーチ全文」

スピーチ全文
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 この嵐は多くの犠牲者とその遺族の悲しみをもたらしました。現在も救助活動が行われています。この嵐は一部の地域だけでは決してなく大英帝国すべての人々に大きく悲しみをもたらしました。まず最初にこの場にて救助活動を行なっているひとに感謝とこの嵐によって愛する誰かを失ったひとへ祈ります。人種・性別を越えて、全てのひとへ祈ります。

 現在、この大英帝国には多くの性的少数者がいます。わたしはここへ来て犠牲者の最後の別れにも立ち会えない絶望を抱えてきたひとと話しました。自分が恋をするだけで多くの友人・職業・親族・自分自身を存在を否定して生き続けてきたひとを目の当たりにしました。ここで様々なひとの意見を交わしました。わたしも含めたマジョリティは彼らマイノリティのこころの底を大きく引き裂き続けてきたことを、その深刻さを知りました。そして、ここに人たちもまた大英帝国の一員であることを帝国全体が保証すること信じています。

 わたしはこれまで多くのスピーチで「私たち」という言葉を用いてきました。「仲間」という言葉を用いてきました。「家族」という言葉を用いてきました。そのとき、わたしは一度も、その言葉で心に深い断絶と苦しみを味わっているひとびとがいることに気がつこうともしませんでした。そして、わたしはここへきて、初めて、わたし自身の立場を確信しました。

 わたしにはキャサリンとメリッサという従姉妹がいました。彼女たちは重度の知的障害を負っており、王室はこのふたりの存在を長年に渡り、隠してきました。彼女らの存在をいないことにしました。生まれてこなかったことにしました。しかし、彼女たちは今も、生きています。

 わたしはこのことを知ったとき、大きなショックを受けました。しかし、王室の維持をする上でその程度ことは起こりうることであり、仕方のないこととして納得し、優生学的見地からも正しい行いだと確信していました。そして、現在に至るまで彼女らが生まれたことを悲劇として、それを繰り返さないために出生前診断を行ない、精神的・肉体的弱者が生まれてくることを拒絶しました。それがこの国の理性と調和のためであると確信していました。

 それだけでなく宮殿内には多くの同性愛者がいました。わたしに対して近くで誠実に仕えてくださったひとを王室は精神病院へ追放することになんの躊躇いもありませんでした。わたしは身の回りで支えてくれた誠実な人たちが宮殿を去ることに悲しみましたが、すぐに有能な代わりの者が現れ、すぐに悲しみを忘れて、追放は仕方がないこととして納得しました。

 王室が長年に渡って維持してきたこのような価値観は、単に時代遅れではなく、それ自体、あまりにも醜悪であること、残酷極まりないことをここへきて、思い知り、過去を悔いました。取り返しのつかない過去を悔いました。

「誰一人ともいないこと、いなかったことにしないこと」

 ここにいる人たちもまた大英帝国の一員であることを帝国全体が保証すること信じています。わたしはわたし自身の信念と信仰のためにここで誓います。全ての大英帝国のひとびとと共に、世界中で、同じ苦しみを持つひとびとの幸せな日常のために祈ります。

 わたしは女王として若くして王室を継いでから、大英帝国の調和と伝統と権威を誇りに思い、時代の変化と自らの価値観との葛藤を抱き続けてきました。伝統と権威を誇りに、この大英帝国の絆を守り、わたしも務めてきたつもりです。特にわたしの夫、フィリップはわたしに多くの価値観と立ち向かう勇気を与えてくれました。わたしはこれからも伝統と権利と調和を守ります。だからこそ、今、ここにいるひとたちの助けが必要なのです。

 未来に目を向ける機会が来ました。それは、ここにいるひとたちの勇敢なる行動によって示されました。私たちの日常は何一つ変わりませんが、ここにいるひとたちと同じ苦痛を味わっている世界中のひとたちは違います。治療の対象ではなく、ただ普通の人間として生きること。ひとりの人間として生き、恋をして、家庭を築き、人生における様々な選択肢が当たり前になることを祈ると同時に、私たち自身で未来を変えられることを願います。

全ての人々にむけて幸せに生きられることを心から願います。

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2015年9月イルガ市内
武装リグ「スレイプニル」甲板
エリザベス女王のスピーチ全文

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