「アメリカ民主党の崩壊 2001-2020」(渡辺惣樹、PHP研究所)

バイデン大統領が、大統領選に再出馬すると言う報道が出た。

本書「アメリカ民主党の崩壊2001-2020」は2020年1月14日初版発行とおよそ3年強前に出版された。
(筆者が購入したのは2020年6月20日。)

本書は日本で全くと言っていい程、報道されない、あるいは大いなる誤解を伴って報道される、米国情勢についてカナダ在住の作家渡辺惣樹氏が著述した本である。

その内容は「米国民主党はもはや極左と化しており、溶解過程にある」という恐るべき内容である。

アラブの春、ベンガシ事件(カダフィ暗殺)、ヒラリー個人メールサーバー事件、から最後は、本書の最後にはウクライナ問題(バイデンの息子であるハンターバイデン氏が役員を務めるBrisma社)に触れ、事実と論理を緻密に積み上げながら、その後の国際政治の動きを占っていると言う点で、出色の一冊である。
(実は赤いカバーの続編もあるのだが、内容の充実度に関してはこの一作目のほうが力が入っており、優れていると感じる。)

幾つかの切り口で、本書を引用しながら、考察してみたい。

1)環境利権

本書のテーマは"米国民主党の崩壊"であるが、著者の渡辺氏がかなりの紙幅を割いて説明しているのが、この「環境利権(地球温暖化利権)への挑戦」である。

P176によると、
「政治的に正しい発言は」少数者に優しい主張でなくてはならない。それに加え、環境問題にセンシティブでなくてはならない。「環境保護運動」いつのまにか、怪しげな「地球温暖化の原因となる二酸化炭素は削減すべし(CO2悪玉説)」という主張が潜り込んだ。いまではアメリカ国民の半数場がこれを信じている。
トランプ支持者も例外ではなかった。したがって、パリ協定からの離脱あるいはアメリカのエネルギー政策の変更(規制緩和による国内化石燃料の再開発)」を語ることは選挙には不利であった。

(中略)
トランプは、CO2悪玉説は、米国製造業を衰退させるデマ学説であるとの
主張を変えなかった。」

また著者の渡辺氏は、トランプのツイートを引用している。

「2014年1月1日
"地球温暖化のウソで無駄な税金が使われている。この嘘を早く止めなければならない。地球は冷えている。"

同年1月25日
"NBCニュースは、今年は近年にない厳冬だと報じている。我が国はいつまで地球温暖化のウソにつきあって国費を無駄にするのか。"

同年1月26日
"CO2悪玉説新報社の語る異常気象の嘘は国民から税金を毟りとる方便である。地球を救うためと称して増税を正当化している。"」

(中略)

「じつは、この時期に、「二酸化炭素削減政策」の愚かさを明確に否定する論文が発表されていた。トランプの主張の追い風になる説得力のある科学論文だった。「人類の二酸化炭素排出が地球の生存に及ぼすポジティブな効果」と題された論文は2016年6月に発表された。執筆者は、環境保護運動の先頭に立っていたパトリック・ムーアである。
ムーアはグリーンピース・カナダの共同創設者だったことからもわかるいうに、環境保護運動の過激派ともいえる人物だった。彼は「地球温暖化はまったくのでっち上げ(fake)である。人々の心に恐怖心を植え付け、人権と自由を制限するために捏造された代物である。それにグリーンピースも加担している始末だ。」と言い切った。

(中略)

先にヒラリーが、「2025年までに二酸化炭素排出量を30%。2050年までに80%削減する」「六百億ドルの予算を計上し、『クリーンエネルギーチャレンジ』キャンペーンを実施する」と公約に挙げたことを書いた。」

以上に引用した政策を見ると、米国民主党の政策は実に昨今の日本の政策と実に類似している。しかも、あの過激な環境運動で有名なグリーンピースの創設者が、二酸化炭素悪玉説の科学性を論文によって明確に否定している事によって、すでに気候変動問題の根拠が非常に脆い前提の上に立つ虚構に過ぎない事は明らかである。

これに対して、実はトランプ政権下においては、米国は好景気に沸いていた。

P230で述べられて居るデータは以下である。

「2017年度のニューヨークダウは70回にわたって最高値を更新した。これによって、6.3トリリオンドル(およそ700兆円)の新たな富が生まれた。」

2)リベラル政策の弊害について

日本に対する示唆と言う点においては、例えば、最近の、行き過ぎた環境政策、ジェンダーの多様性追求への過度な傾斜、深刻化する格差と労働問題など、米国の極左の目指す姿と実に"酷似"と言っても良い程、類似の状況が観察される。

筆者自身も、あるいはかなり一般的に、日本でリベラルの危険性が認識されたのは皮肉にもかつての政権交代と自民党の下野の際であったと思う。

最近行われた統一地方選なども、自民党が勝利したとはいえ、その間の、和歌山県での岸田総理へのテロ行為や、極左過激派の中核派の杉並区議当選など、危険な兆候もある。中核派は正式に暴力革命を「肯定」する立場を取っている、自他ともに認める危険組織である。

そのような「極左」を甘やかす結果は何か。
米国にも貧困や暴力を権力の根源とすることはあると言う。

P234「トランプ大統領が指摘するように、ボルチモアは崩壊した町だ。命も危うい汚れた町だ。全米三十の大都市の中で最も犯罪率が高く、(中略)殺人は十万人当たり、五十人と言う驚くべき数字だ。(注: ニューヨークは3.4人、殺人は10万人当たり50人)」

3)カダフィの殺害(ベンガシ事件)の背景について

カダフィ氏の殺害はアフリカの一国家内の問題のみではない。実はヒラリークリントン氏や、米国のネオコンの動きと切っても切り離せない関係にある。

リビアのカダフィ氏が殺害されたのは2011年10月20日の事である。

リビアの概要について本文を引用したい。

「リビアは人口約640万、エジプトの人口9800万人にくらべると少ない。しかし、国土は176万平方キロメートルあり、エジプトの二倍近い。東にエジプト、西にチュニジア、アルジェリア、南ではスーダン、チャド、ニジェールと国境を接する。北は地中海に面し、世界第十位(アフリカ第一位)の原油埋蔵量(471億バーレル)を誇る。

1969年の革命以来権力を握ってきたカダフィ政権は政治的安定を実現し、
石油収入をベースにして豊かな国民生活を実現していた。」

そのようなアフリカの一国家リビアのカダフィは一体何を目指していたのか。本書の、P69によると以下である。

「彼(注: カダフィ)は、IMFあるいは世界銀行の影響下に入ることを嫌った。より正確にいえば、石油売買がドル建てである体制(ペトロダラーシステム)に組み込まれることを嫌った。より正確に言えば、石油売買がドル建て
である体制(ペトロダラーシステム)に組み込まれることを嫌った。ペトロダラーシステムとは、金との兌換性を失ったドルの価格を維持するためにアメリカが創造したメカニズムである。

財政赤字を続けるアメリカがもっとも恐れる事態は、世界に流通したドル(貿易赤字)が国内に還流することである。

世界経済が拡大し続け、石油需要が増加するかぎり、ドルに対する需要は
増える。その結果ドルは、アメリカ国内には還流しない。還流すれば制御不能なインフレに襲われる。

アメリカが世界の強国であり続けられる理由は、財政赤字を続けながらも国内インフレを生まないメカニズム(ペトロダラーシステム)を作り上げたからである。石油取引がドル建てである限り盤石な体制である。これを作り上げたのは、ニクソン政権時の国務長官ヘンリー・キッシンジャーだった。

カダフィはこのメカニズムを理解していた。だからこそ、自国通貨ディナールに金兌換性をもたせることでアメリカに挑戦した。それがゴールドディナール建て石油取引である。どこの国にも借金をしていない産油国だからできる構想だった。」

(中略)
「2009年のカダフィによるゴールドディナール構想は、アメリカの世界は県の根幹を揺るがす一大事であり、ペトロダラーシステムを基軸にした世界金融システムそのものへの挑戦だった。ヨーロッパの国際金融資本にとっても気分の悪くなる構想であった。」

ヒラリークリントンはメールを使うに当たり、機密性の高い政府のサーバではなく、プライベートサーバーを通じて送受信されていたことに気付いたのである。ヒラリーは、国務長官業務の全てを、プライベートサーバを使って行っていた。

(P98)
「これがベンガシ事件に新たなファクター(疑惑)が加わった瞬間だった。ネオコン外交の失敗という視点だけでなく、ヒラリーの杜撰な情報管理、あるいはそれ以上に国家機密漏洩の可能性が出てきたのである。特別調査委員会はこのとき、国務省の調査非協力の真の理由に気付いた。国務省は、長官がプライベートサーバーを使って仕事をしているのを知っていた。それが法に触れることもわかっていた。だからこそ、なんとかして、彼女の交信記録を隠したかったのである。」

ヒラリークリントンのプライベートメールサーバ事件については、これだけで一つの事件なので、本書、もしくは別の専門書に譲る。

4)米国民主党のターゲット層は誰か。

米国民主党とは何なのか。これは、現代のリベラリズムを考える上で非常に重要なテーマである。陰に陽にその影響を受けている日本にとって対岸の火事ではない。

興味深いのは、P126によると、米国民主党の起源は以下のようであったらしい。
「民主党は、十九世紀半ばの時代、人種差別政党であった。民主党の基盤は、南部白人層、つまりコットン・プランテーション経営(奴隷労働者経営)者層にあった。1861年に始まった南北戦争は、北部の商工業者層の支持を受けた共和党リンカーン政権に対して、南部民主党に率いられた南部連合が離脱したことから始まった。」

人種差別政党であった民主党が、第二次世界大戦後変化する。
戦後になり民主党の主たる支持層であった南部白人層が相対的に豊かになった。
以下、P127によると、
「豊かさが人種差別意識を希釈した。支持基盤の喪失を恐れた民主党は、「弱者のための政党」へとカメレオン的変身を企てた。」

「弱者はどこにでもいた。」
(中略)
「相対的弱者とされる層が必ずしも弱者と自覚しているわけではない。したがって彼らを「票のなる木」に変えるには、「弱者であることを能動的に意識」させなくてはならない。その上で、国家(国家あるいはエスタブリッシュメント白人層)への怒りを煽る。」
「対立、いがみ合い、非妥協の継続、それが票になった。」

まさに現代米国で言われる「分断」が生じたのはもはや必然的な帰結だった。この思想とも言えないような票獲得の手段を、著者の渡辺氏は「アイデンティティリベラリズム」と呼称している。

「民主党が弱者を掴み権力を握るための主張(戦術)が、アイデンティティ・リベラリズム(Identity Liberarism)である。

ILの考え方の延長上が「多様化礼賛」だった。いわゆる「多文化共生主義」
である。」

ここまで読むと、昨今の多様化礼賛の起源がここにあることは明快である。

極端な述べ方をご容赦願いたい。最初から、”社会的に弱く、学問が無く、雇用主に不満を抱えている労働者層”を多様性と言う甘い言葉で包摂するという戦術は、補助金を獲得する手段であり、民主党が得票数を伸ばす方策に過ぎない。

「こうした「ポリティカルコレクトネス(政治的正義)」は、リベラル層には便利な言論弾圧の道具と化した。」

鳴り物入りで始まったオバマ政権に見るべき政治的実績が伴わなかったのが記憶に新しい。

オバマの出身地サウスサイドは犯罪率が極端に高い貧困地域である。人々はオバマは自身の暮らした街の安全回復にはとくに強い関心を示してくれるはずだと期待したが結果としては、いささかの改善も見られなかったという。

渡辺氏は「おわりに」において、以下のような分析をしている。

「筆者は、アメリカ民主党は軌道修正できないまま文化左翼に寄り添い続け、最終的には日本の旧民主党のように分解すると予想している。」

2024年のバイデン氏の大統領選への出馬に関しては、報道されたばかりである。米国民はどのような審判を下すのであろうか。

以上。

<参考>

ヒラリー


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