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銭湯から町へ。「高円寺図解」にむけて

銭湯図解を終えて

銭湯図解が発売されて出版イベントも終盤に差し掛かった頃、さてこれから何をしようかなと思った時、ふと「高円寺が描きたいな」と思いました。

2年前、設計事務所を体調不良で3ヶ月休職し、ひょんなことから銭湯に出会って心身ともに回復。それをきっかけに銭湯マニアとなり、銭湯の魅力を友人に伝えようと何気なく銭湯図解を描いたことから、絵を描く楽しさを久々に感じ、多くの人に絵を評価されたことに驚きを覚え、図解をきっかけに銭湯に転職、そして2019年の2月21日に銭湯図解の出版にまで至りました。私は元から自己肯定感が低く、銭湯図解を発表してからも「私なんかの絵は人前に出せるレベルではない」「話題になっているのは経歴が異色なだけで絵自体の魅力は一切ない」とずっと思っていましたが、半年の製作期間を経て出来上がった書籍を手にした時それは大きく変わりました。

中央公論新社の担当さんから本を手渡されたとき、ずっしりとした重さを感じられました。実物を手渡されたその瞬間、ようやく私は絵を描く人間としての私を認めることができたのです。ありがたいことに銭湯図解は好評をいただき、デビュー作としては異例の累計発行部数二万五千部まで届くことができました。その数字は私にとって大きすぎて未だに実感もできていないですが、これまで私を支えてくれた人たちに対して感謝の気持ちを強く感じています。だからこそ、その感謝の思いを伝えたくて発売から一ヶ月半に渡り多くのイベントを行い、それが落ち着いてきた頃、ふと浮かんだのが高円寺でした。

高円寺での暮らし

小杉湯への転職を契機に高円寺に引っ越して3年。これが初めての一人暮らしでしたが、小杉湯という特異な場所で働いているからか驚く程すんなりと街に溶け込めました。高円寺に住み始めてからは驚きと発見の連続でした。

朝から夜まで賑やかだけど、車が通れないほど細く複雑な道だからか長閑で落ち着いた雰囲気。夜になるとそこかしこで歌い始める駅前のシンガー。800円なのに野菜たっぷり、汁物あり、食後にはコーヒーとお菓子まで付いてくる飲食店。そして幼い子供から、職業不明の若者、サラリーマン、家族連れ、高齢者まで本当に様々な人が暮らしていることにも驚きました。今時、多様な世代の人々が思い思いの過ごし方を選択できる町というのは本当に珍しく感じます。少なくとも私が生まれ育った町は同じ価値観を持った人しかいなかったので、ずっと居心地の悪さを覚えていました。だからこそ多様な人々が暮らす高円寺はとても居心地がよく、それは3年経っても変わりません。

地方都市研究としてのスケッチ

大学時代、卒業論文の研究のために佐賀県の地方都市に滞在し、数十枚のスケッチと2枚の絵巻物を描きました。建築を志してからまともに絵に取り組んだのはこの時が初めてで、苦労もありましたが絵を描く楽しさを実感した日々でした。絵を見たその町の人から「普段暮らしている町とは違って見えてすごく嬉しい」という声ももらい、私の絵が人の気持ちを動かしたことに驚き、絵を描くことにもっと胸を張って生きていたいと感じました。銭湯のイラストを描き続けながらも、この時の気持ちを時たま思い返します。今ある日々は、佐賀県で描いた町のイラストが出発点だったのだと感じています。

だからこそ町を題材にしたイラストをまた挑戦したいと思っており、何よりアーティストとしての自覚をした今、原点である体験に対して一つの答えを出してみたい。そこで、今最も馴染み深い高円寺の町を描きたいと思ったのです。

「高円寺図解」に向けて

高円寺を描くにあたって、まずは私が高円寺らしさを感じる店舗を舞台に絵を描いてみたい。そのあとは、路地を描きたい。地形を描きたい。歴史も追ってみたい。街全体の鳥瞰図を描いてみたい。など、、今はとにかくアイデアばかりが浮かんできます。この先に何が待っているか。何のために描いているか。その答えを私はまだ持ち合わせていませんし、答えが出るようなものではないのかもしれません。ただ、絵を描く人生を選択した以上、絵を描く楽しさを知った体験に対し、今の自分ができることを形にしていきたいと感じています。

もちろん、銭湯での活動は今後も続けていきたいと考えています。体を壊したあと、自分らしい心と体を取り戻し、さらにはアーティストとしての人生の舵取りをする後押しをしてくれた銭湯に対して、今後も絵を描くことで恩返しを続けていきたいです。何より、やっぱり私は銭湯が大好きで、この好きという気持ちは、ずっと変わらないものだと信じています。銭湯をきっかけに自分らしい人生を歩み始めようとしているからこそ、銭湯の活動を芯に置きながら、新たな挑戦に挑んでみたいと純粋に思っています。そんな挑戦を、今後も優しく見守っていただけますと幸いです。


2019年4月15日
塩谷歩波



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