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『三体』それは現代の鎖国:中国が生み出したSF小説。人類の妄想力はここまできた。

 「鎖国という閉ざされた状況がほとばしる情熱を内側に向けさせ、グツグツと煮えたぎる鍋となり、他に類を見ない文化を発展させた」
江戸時代、独自の文化がなぜ生まれたか、その功績の一つは鎖国だとよくいわれる。熟考せざるをえない環境が、深々と想いの根元に潜った末に昇華された表現の高みが、唯一無二な文化を遺したのかもしれない。

▼今年の読書で語らなきゃいけないのは中国の作家 劉 慈欣の『三体』一択である。

アジア人初のヒュゴー賞受賞作。
ある意味、現代の鎖国状況な中国という環境に生み出されたSF小説である。3作品シリーズの1巻目であり、テーマは「異星文明とのファーストコンタクト」。自由は制限されて発揮する。果てのない人類の想像力が一つの到達点に達した、そんな気にさせてくれる1冊だった。

〈あらすじ〉
物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート女性科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。
数十年後。ナノテク素材の研究者・汪淼(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体〈科学フロンティア〉への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象〈ゴースト・カウントダウン〉が襲う。そして汪淼が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは?

▼読んでみると「この作品が中国で生まれたこと」にとてもシックリくる。中国の作家だから書けたのだろうと、なんだか納得してしまう。
序盤でアインシュタインが中国を訪れた時の言葉が引用されている。

「中国では、どんなにすばらしい超越的な思想もぽとりと地に落ちてしまう。現実という重力場が強すぎるんだ」

最先端な理論物理学を駆使した作品構成、近未来的なテクノロジーと思想。来るべくして訪れる人類の未来を、圧倒的な想像力で生み出された物語に没頭させられた。

▼作品中に陽子を2つ飛ばすシーンがある。その描写には心底惚れ惚れした。これからの人生で何度か読み返したくなる文章だった。陽子とは、原子核を構成する粒子のうち、正の電荷をもつ粒子である。そのミクロな対象物を、マクロな視点で書ききっていた。なんのことだかわからないだろう。だからこそ『三体』を読んでほしい。陽子を2つ動かすこと、これが人類の科学を滅ぼすのだ。細菌の細毛1本にも、陽子は数十億個含まれている。マクロで見れば無いも同然のその陽子を、光速近くまで加速できたならば、人類の科学における重要な進歩はパタリと止まる。その瞬間、人類はこの宇宙において虫けらと成りえる。なんのことだかわからないだろう。だからこそ『三体』を読んでほしいのだ。

陽子

「宇宙旅行ができるほどの文明は自ら滅ぶ」との説がある。だから宇宙人が地球に来ないのだと。奇しくも人類はその段階に到達しようとしている。時同じくして度重なる自然災害。同じ種の中で思想的対立とかマジでしてる場合じゃないなと、心から思う。

未来を垣間見る『三体』、ホントお薦めします。


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