「1112324493」

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藤野君がなんでウチに来たのかはおぼえていない。

なんでだか藤野君は、大学を卒業したあとも住みつづけた早稲田の私の部屋を訪れてひと晩だけ泊まっていった。しかも風邪を引いて具合が悪いとかで、来て早々にひとの布団で寝込んだ。

だから、私が記憶しているウチに来た藤野君の姿は、私が敷いた布団にすっかりとくるまって、掛け布団を乱すことなく綺麗にじっと寝込んでいる姿だった。

なんだったのか。
藤野君についてはわからないことが多い。

私はたしか、あの頃藤野君が好きだった。
だからウチに来てくれるのは少しうれしかった気がする。彼も私を好きだったかは、わからなかったけれど。

今、すこし思い出したのは。
当時、藤野君がつくっていたメルマガへの寄稿をお願いされて、私がそれを布団一式と一体になった藤野君の気配を背中越しに感じながら、机に向かってもくもくとひと晩で書き上げたのだった。

何について書いたのだっけ。
あのメルマガは発行されたのだっけ。

藤野君とは大学の授業で出会った。

大学三年生の夏休み。特別カリキュラムで、2週間をかけて現代演劇・古典芸能・コンテンポラリーダンスの三分野合同で一つの舞台をつくるというのがあった。

演劇を専攻していた私は純粋に、興味や関心からそのカリキュラムを取得したけれど、通常は半年で1コマ2単位取れるところを、その講義では2週間で8単位取得できるというお得感から受講した学生も多かった。受講生全部で50〜60名はいたのではないだろうか。

私はそこで舞台監督のチーフを担当した。
全体の進行や公演中の出はけやきっかけ出しのタイミングの把握などで大変な思いをし、その講義が終了しても一週間は本番中の悪夢を見つづけた。

そんな講義で作り上げた舞台の主役に抜擢されたのが藤野君だった。
戯曲に描かれた青年の無骨な風貌とモラトリアムを抱えた儚さが藤野君とマッチするのを演出家は見抜き、私もそんな彼に惹かれた。

公演を終えた打ち上げの席で、私は皆んなにお疲れ様を言いながら、大所帯を取りまとめる舞台監督に奔走したじぶんの功績もねぎらってもらえると思っていた。
だけど皆んなが次々に口にしたのは、各々の専攻にどれだけ熱意を注いでいるか、や、今現在進行中の恋愛についてだった。

私はあれよあれよとさみしくなった。誰も私を気には留めてはいなかったのを知った。ひとは皆それぞれにそれぞれの人生を生きていることを目の当たりにした。

後日、大学の構内で藤野君とバッタリ会った。
例のカリキュラムにも参加していた同級生の向山君について「最近はどうしてるかね。向山君って面白いよね」と私が言うと、藤野君は「僕はきらいなんだ。だって向山君って、馬鹿じゃない?」と言った。
私は向山君を馬鹿だなんて思ったことがなかったし、誰かのことを「馬鹿だから」という理由で「きらい」と思ったこともなかったので、なんで藤野君はそう思うのか知りたかった。だけどちゃんと聞き出せなくて、ちゃんとわからなかった。

「1112324493」今はもう誰も打たなくなった愛の言葉

藤野君が私の部屋を訪れるすこし前。
とある短歌サイトに投稿した私の歌を見た藤野君からメールが来た。

「これ僕にください」

私はどうぞと藤野君にこの歌をあげた。どういう意味に受け取ればいいかわからなかったけど────。

藤野君は本当はどうして、ウチに来たのだろう。どうして何年後かに私が戻った実家のある町にわざわざ来たのだろう。それからまた何年もして、私の留学先の韓国にまでやって来たのはなぜなんだろう。全部、わからない。

だけど藤野君は、何度もそうやって私を訪れる。あのときあげた歌の、返歌のように。

 

〈終)

 

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今回の特典は、『初めてのキスの思い出』について、つきはなこのエピソードを裏話付きでまとめました。

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