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「いや、しょっぺーから」 -男子発言ノート47

ラーメンを食べ終わる頃合いになると、今でもあの日の言葉を思い出す。

もうずいぶんと前のことだけれど、学生時代の友人の結婚パーティーがあった帰りに、同窓生4〜5人でラーメン屋に立ち寄った。

余興目白押しのイベント乗り重視のパーティーで、お腹がまったく満たされることなく会場を後にした私たちは、名前を聞いたことがある有名なラーメン屋を見つけ、わいわいと入店した。

ひさしぶりに再会した懐かしい面々がずらりとカウンターに腰掛ける。私の隣にはスーツ姿のTが座った。

濃厚鶏だしの旨塩ラーメン系。鶏と塩の旨味でぐいっと食欲を掴まれ、麺だの具だのをぐぐぐいと平らげ、そしていざ! 残りのスープを一気に飲み干すぞーーーんと口をつけた丼ぶりを両手で抱え上げた瞬間、隣からTが、
「おまっ。それはやめとけって(苦笑)」
と制止した。

咄嗟に正気に戻り恥ずかしくなった。
いくら気のおけない仲間たちとの、パーティー終わりの開放的なラーメンだからといって、めっちゃ食欲全開で欲望むき出しになっていたことと、それに、私は学生時代……Tが好きだった。

荒々しくて危なっかしいところがあるけれど、繊細で嘘がない。
もうとっくに結婚しちゃって、手の届かない存在だけれど。

好きなまま終わった恋の相手は、どんなに時間がたってもあの頃の気持ちがCookie保存されていて、会えばたちまち、好きだった頃の気持ちのままにアクセスできてしまう。
その日ひさびさに会えるのだって楽しみにしていた。

そんな相手に、ラーメン丼ぶりにがっついているところを止められた。

あたしってば……あたしってばよう!
カロリーすごいの、こんなことしたらさらに太るの、わかってるよ?
でもだって、このスープ、うめーんだもの……。

「へへ。だよね」
そう言って私は丼ぶりをカウンターに置いた。

すると、そんな私の気持ちを察したのだろう。Tが慌ててこう付け足した。

「いや、しょっぺーから。塩分摂りすぎると体に良くねーから!」

………………やだ、優しい!!(泣)

なんなの? 決して「それ以上太ったらどうすんだよ」という食いしん坊魂をいたずらに叱責しめっためたに傷つけるやり方ではなく、「健康によくないよ」というあくまでも気遣いからのアプローチ諭(さと)し。

……優しい。そんなところがやっぱり好きなのだ、今でも。

「わかった」
しおらしくそう返事をし、
「じゃぁ、あとひと口だけっ」
と懲りずに泣きの一杯をレンゲですくい激旨鶏塩スープをすすった。

それは不思議と、甘くせつない涙の味がした。(なわけない)

「いや、しょっぺーから」

彼が慌てるように言ってくれたあのセリフを、その思いやりを、今でもラーメンを食べ終える頃に毎回思い出す。

そして、塩分の摂りすぎは良くないよね、とスープを残す。2回に、1回ぐらい。

 

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マジですか(男子発言ノート8より)
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大島智衣

脚本家、エッセイ・コラムニスト/『男子発言ノート 〜どうせ“私じゃない誰か”を好きな男たちの言動について』、『好きにならずにいられてよかった』、漫画家つきはなこさんとのマガジン『ピン留めの惑星R』他、連載中。www.ohshimatomoe.com

男子発言ノート

【連載エッセイ】どうせ“私じゃない誰かを好きな”男たちの言動について。
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