わたしたちの「篠宮くん」

篠宮くんが私の目の前に現れたとき───正確にいうと、私に対面するために7メートルほど向こうから近づいてきた彼が私の視界の端に入ってきたとき、私は咄嗟にそれまで「残りの人生もうどうでもいいや、見えてれば」と自暴自棄に掛けていたブルーライトカットの不穏な色付きメガネをばさりと放り捨てた。

そして、「はじめまして」と挨拶を交わした。にこやかに。感じ良く。

あのとき、私は裸眼で彼の顔はぼやけて全く見えていなかったのだけれど、私にはわかった。

パソコンやスマートフォンから発され眼精疲労につながると言われるブルーライトは体のためにとカットしながらも、失望と絶望とで茶色いレンズ越しにしか世界を見られなくなっていた私に、新規に神が投入せし“感じの良い”救世主こそ彼、篠宮くんなのだと。

篠宮くんは私に変なメガネを捨てさせ、私を現実に引き戻してくれた。

その日、私はその足で新しくコンタクトレンズを作りに行き、ブルーライトカットメガネは自室での使用のみとした。(ブルーライトカットメガネ自体の性能はすばらしいので)

篠宮くんのおかげで現実に戻った私は、それはそれでまた、こんな私の現実に落ち込んでいた。

しかしある日、身を縮込ませ挙動不審に振る舞う私を、篠宮くんはにこやかに笑って応対してくれた。私は嬉しくて照れくさくて、一瞬でこのひとが大好きだと思った。

けど笑ってくれたというのもきっと、ただ篠宮くんが私をなんとも思っておらずやさしいからこそで、決して「君の挙動不審が逆に面白くて愛おしくて気になって好きになっちゃう君は君で君らしくそのままありのままでいていいんだよ付き合わない僕たち?」なんてことは決して決してないのだと、私はしかと、しかと、肝に命じた。

なんとも思っていないからこそ、私が彼に決して手を伸ばさないうちにこそ、私は篠宮くんのやさしさに触れられるのだから。

またある日。
私はふと、篠宮くんがひとり歩きながら、缶コーヒーをぽーんと上にやって見事キャッチ!したところ、見た。

私だけが、見た。

この世界で、私だけが見たに違いない篠宮くんの飾り気のない姿と遊びごころ。

「ナイスキャッチ!」
なんて野暮な声がけはしない。

私だけが見たことを、私だけが知っていることに意味があるに違いないから。

また別の日の、大勢での会食の席でのこと。
その日、たまたま篠宮くんが私の目の前に座った。

彼はなんでもたくさんおいしく食べ、ご飯のおかわりもしていた。

と、彼のくちびるの、上唇の真ん中の“谷折り”にくぼんでいるところのすぐ真上に、「料理に入ってた粗挽き黒粒コショウ?」みたいな「いや、ホクロ? こんなところに篠宮くんホクロあったっけ?」みたいなのが付いているのに気がついた。

私の記憶では、篠宮くんの顔に目立つホクロはない。
だけど、私がこれまでに見落としていただけなのかもしれない。こんな際どい、篠宮くんのくちびる部分の詳細を、私が自信を持って知っていることのほうがおかしい。

どっち……? 

そう迷っているうちに、ふともうひと目篠宮くんの口元を見ると、なんとさっきのコショウ or ホクロは消えていた。

きっと篠宮くんが口のまわりをペロリと舐めたタイミングでコショウも取り去られたのだろう。

私は正しかった。私の『クイズ篠宮くん』は合っていた。うれしかった。これからは自信を持って言える。

「篠宮くんの顔に目立つホクロはない」
……と。

このときも、
「篠宮くん、くちびるのココんところ、黒い粒付いてるよ」
なんて野暮に教えて皆んなの注目を集めなくてよかった。

篠宮くんのくちびるの谷折り部分に一喜一憂したのは、この銀河系で私だけでありたい。

一番最初に出会った篠宮くんのことも、たまに思い出す。

彼とは小中学校が一緒で、頭が良くて、頭が大きい男の子だった。

篠宮くんをなぜ思い出すかは、中学で篠宮くんと隣の席になったときに、彼は時おり私に何か個人的な質問をしては、その質問に私が答えるのをちゃんと聞いてくれたのだった。
私にはそれが、とても貴重な経験で、興味があって聞いてくれている感じがしたし、こそばゆく、うれしい、初めての感触だった。

だからか、たまにあの篠宮くんを思い出し、こそばゆかったあの感触を確かめる。

* * *

これまでに出会ったやさしい「篠宮くん」たち──。
これからまた出会えるかもしれない篠宮くんも混ぜこぜに、だいじにだいじに心のなかに棲まわせたいと思う。

彼らのやさしさ、眩しさが、わたしたちに何度でも生きる夢を見させてくれるから。


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わたしたちの「篠宮くん」

大島智衣

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