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一番最初に目にする、空【フィジョワ序章】

12年前
まだ大学生だったわたしが

夏休みにうまれてはじめて訪れた外国が、ニュージーランドという国だった。



当時は、まだまだデジカメなんてものはなくて、

銀塩のフイルムのじだい

コンタックスのRTS3という名機の中の名機である

一キロ以上あるマニアックな中年男臭いカメラを首にぶら下げながら
毎日、

その場所で目にする見たことのない色彩を
必死で切り取るように、

鈍くて軽く、コンタックス特有の、
柔らかい”カシャン”という音を響かせて

シャッターを切り続けた。




当時わたしが見たその空は、

日本では見たことがないような、広さだった。

空は万国共通で、無限にひろがっているはずなので

狭いも広いも本来ないはずなのだが、

それは、わたしのしっている空よりも、
確実に、広かった。



「ニュージーランドの空は、広い」と

わたしはファインダー越しにその遥か向こうに広がる空を
見上げた。


RTS3にいつもくっついていた

大好きなカールツァイスのレンズを通して焼き付く空の青色は、
なぜか、
本当に日本では出ない色味ばかりだった。



「いつか、必ずわたしはこの場所に戻ってくる」と
誰にも言わずこころのなかでやくそくをして、
飛び立って

12年




ちょうどひとまわり、年を重ねたわたしがその日

臨月の4月
秋が深まっていくオークランドの空港におりたったとき
もう一度その空をこの目で見て

ニュージーランドの空は、
やっぱり広かった、と

いつか この目に、そしてフィルムに焼き付けたその色と

そのひとりで交わしたやくそくについて、
思い出すのだった。





自分のこどもが、うまれてはじめて

その目を開いて

モノクロの世界に絵の具が一滴づつ
垂らされるようにして

色づいていく短い期間に

彼に見せてあげる世界として



その広い空を

ニュージーランドの空の色を

わたしにとって、うまれてはじめての外国を

選んでほんとうによかったと、

静かにそう思った。




わたしは、意図して
計画してそうしたわけではなかった。

出産するばしょとしてずっと長い間迷っていた挙げ句の果てに
結局
ニュージーランドに行こうとおもったとき

その場所が自分にとって初めての外国だったことや、
その空のことはすっかり忘れていた。





しばらく使っていた
小さなミラーレスの一眼を

わたしは、出産前に買い換えることにした。

こどもを産むということを経験したことがなかったわたしには、

こどもを抱えて両手でカメラを持つことができるのか?という疑問のもと

想像するに、おそらく、カメラの露出やシャッタースピードを
ちまちま手作業でいじる余裕はないだろうと判断した。



ポケットに入る小さいサイズの、
片手でシャッターのボタンを押すことができる
手のひらサイズのコンパクトデジカメの中で、

一番写りが良いものを選んだ。



そのカメラは、
12年前にわたしがその地に降り立ったときよりも

うんと小さくて

その空の独特の青さを焼き付けるための
フイルムも入っていなくて、

そして柔らかいのに小気味いい、あの
シャッターの降りる音もしないけれど

でも、
おなじその空の色が出るように

スモールライトで小さくなったみたいな
ツァイスのレンズがついていた。




わたしが、


その地を選んだことも
その国の空を
うまれてくる小さなふたつの瞳が臨むことも

カールツァイスのレンズのことも

それはすべて
偶然ではないのだなと


オークランドの港にて

いつか12年前に歩いたのかもしれない

覚えていない同じ場所を
おおきなお腹を抱えて

ゆっくりと
辿る



自分のこどものために

一体なにができるのかということは
親ならだれしもが、

考えることだろうけれど

彼に、

その空の青を見せてあげることが

ささやかな

生まれてくる彼への

わたしなりの
祝福のようだ。




日本よりはアメリカに近く、アメリカよりも日本みたいに優しい国。
わたしがみた、両方のいいところを、

その国は持ち合わせている。




うまれる、ね。

もうじきだね。



April 15, 2014  The néné  b.c.

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