40歳を過ぎてからの自分探しは超イタイ??
40歳。小学生から見たらどう映るだろう。
良い大人。仕事したり子供を育てたり一人で生活をしたり。子供時代から脱皮して立派な鎧をまとったような別の生き物のように見えるかな。少なくとも私はそうだった。
実際に40歳を過ぎてみて思う事。
良い大人??気持ちは20代から変わらないけど??若く見られたいとか若者からおばさん扱いされたくないとかそういうことではなくて。(むしろ良い意味で恥じらいがなくなり昔よりも堂々と毎日を過ごせているから快適なところもある。)
ただ、40歳を過ぎてからも自分が何者か分からなくて彷徨うことになるとは思ってもみなかったのだ。そんな自分にびっくりしている。
これまで病院でしか働いたことのなかった私。決まった時間に出勤し業務をこなし会議をこなし上司からの叱責に耐え部下からの相談事にのる。この毎日の繰り返しで安定したお給料をもらえていたし、このような日々がずっと続くと思っていた。
40歳を手前にして糸がプツンと切れたように、安定した仕事を辞めることにした。周りの人からは「もったいない。」「せっかく頑張ってきたお仕事なのに。」いろんなことを言われた。優柔不断な私だが、不思議とあの時は意思を変えることはなかった。
その後、非常勤で働いたりパートタイムで働いたり、なんやかんやしている間に「あれ?私って何者になりたかったんだっけ??」と深い穴の底にどーーんと落とされた気持ちになったのだ。
「自分探しの答えは、自分の中にあるんだよ。」「そのままの自分で良いんだよ。」
そのようなフレーズをあちこちで聞けば聞くほど、「今の自分を否定したいのではなくて。自分なりの役割を果たしたいだけなんだけどな。」と思う。
たぶんそれは、大それたことではないのだと思う。みなさんのnoteのプロフィールを見ていると「うわぁ、華々しい経歴!」「珍しい経験を積み重ねてらっしゃるなあ。」「普通の主婦と書いてあるけどめちゃくちゃ文章おもしろいやん。」たくさんの刺激を受けて自分自身と比べてしまいそうになるけれど、おそらく意識を向けるターゲットはそこではない。外部からの刺激によって自分の外側に目標を定めることをゴールにしてしまうと、それこそあてのない自分探しの旅に引きずられることになるから。
そうだ、40歳は40歳なりの自分探しをすれば良いではないか。
答えは自分の中にあり何気ない日常の大切さの中に隠れているのだろうけど、年を重ねてから自分探しをするのは、「痛い」とか「遅い」とか「これまで何をしてたんだ」とか誰かに批判されることでもない。
家族がいるから、独身だから、定職についているから、フリーランスだから、自分の背景なんてどうでも良いのだ。
「自分探し」なんて青い言葉そのものにたじろがない。何歳からでも自分探しの旅を始めるのだ。