名称未設定-1

オランダ・バッハ協会の「All of Bach」

雑誌だとかテレビ番組だとか、毎週の更新を楽しみにしているにしているコンテンツというのが誰しもあると思います。私もいくつかあって、そのひとつが毎週金曜日に決まって更新される「All of Bach(バッハのすべて)」というWebサイトです。

ALL OF BACH - a project by the Netherlands Bach Society

これはどういうプロジェクトかというと、J.S.バッハの作品をいろいろな演奏家が演奏する動画を毎週1曲ずつ公開して、いずれはバッハの全作品を、世界中誰でも無料で好きなときに視聴できるような恒久的なアーカイブを作ろうというもの。サイトを見ていただければ分かるのですが、面倒な会員登録とか広告とか一切なしに、まるでYouTubeと同じような感覚で気軽に視聴できる。

サイトは2014年の5月に始まり、いま現在は合計158曲が公開されています。バッハの音楽は作品番号BWVに従うと1080曲あるので、企画がスタートしてから完成するまでに丸20年かかるという壮大さ!一般家庭にインターネットが普及し始めたのが今からわずか20年前ということを考えると、途方もない計画です。

主宰しているのは、1921年創設の歴史ある古楽演奏団体オランダ・バッハ協会(Nederlandse Bachvereniging)。原則として出演するのはこの団体の管弦楽団、合唱団の方々ですが、ゲスト的に外部の演奏家が出演することもあります。ここまでに公開されている曲の種類や規模もさまざまで、宗教曲から器楽ソロまで、なにかの順番に従ってとかではなく、ほんとに毎週何が来るか分からないというのがひとつの楽しみですね。金曜日に更新されて初めて、あっ今週この曲なんだ、みたいな。

コンテンツは演奏動画がメインで、楽曲の詳細と演奏者、録音に関する全情報、声楽曲の場合は歌詞全文が付いています。さらに、その曲についての指揮者または演奏者へのインタビュー映像と解説記事までがあって、これで1セット。これが既に158曲ぶんあります。すごいですよね、これ。BDとかDVDにすれば、少なくとも古楽ファンからは十分にお金が取れるような充実した内容なわけです。

バッハに馴染みのない人にこそ!

「えーなんかクラシックとか退屈そうだしよく分かんないし」

…私がまさにそうだったので、すごくよく分かります。私が古楽にハマった経緯は長くなるので今回ここでは省きますが、要は伝えたいのは、バッハさんはあんなイカツイ顔して意外にポップで親しみやすく、ハイテンポで情報量の多い、日常的に聴ける楽しい音楽がたくさんあるよ!ということ。

で、なんだけど、例えば今までだったら、じゃあ何から聴くのっていうときにまずどのCDから入っていいのかよく分からない。どこでもいいのでそこそこの規模のCD屋さんに行くと、クラシックのなかでも「バッハ」という棚だけで一角を占拠するほどものすごい数のCDがある。なんか同じ曲でも違う指揮者とか演奏家のバージョンがあって、さらに同じ曲で同じ演奏家でも録音年代が違うやつが何種類もある…。

逆に、あからさまな入門編みたいなCDを買ってみると、「G線上のアリア」とか「トッカータとフーガ」みたいな、ほんとに誰でも聞いたことがある曲しか入っていなかったりして、なかなかそこから先へは進みにくい。例えば「G線上のアリア」なんかは、本当は「管弦楽組曲 第3番(BWV1068)」の2曲目の「エア」だけを抜き出したものなわけですが、本来のコンテクストからばっさり切り離されて紹介されてしまうと、いまひとつ良さが伝わらないのです。

ネットで聴けるクラシックの無料のアーカイブというと、著作権が切れてパブリックドメインになった音源というのがありますが、そもそも発行されてから50年経っているので、今の環境で聴くにはめちゃくちゃ音質が悪い。聴きたい曲を探すのも大変です。もっと言うと、古楽はここ50年で演奏上の作品解釈が劇的に変化しており、そういう意味でもあまりおすすめできません。

そんななかで、All of Bachに掲載されている作品は、現代の第一線の古楽演奏家によるめちゃくちゃ高音質・高画質の演奏動画という形で、一貫したクオリティコントロールがなされています。まずハズレがない。

サイト上のテキストはオランダ語と英語のみですが、メインはあくまでも演奏動画なので、これは特に問題になりません。もし興味があれば、バッハの場合BWVで始まる作品番号でググれば日本語の情報も山ほど出てきます。

おすすめの演奏

作品リストはこのページにあって、作品の種類や形式、楽器などから検索できるようになっているので、もし既にアーカイブされているかどうか直接知りたいかたは調べてみては。ここでは、そうでなくほとんど初めてバッハの音楽に触れる方のためにいくつかおすすめのものをピックアップしてみます。

ちなみにこのサイト、去年マイナーリニューアルしたのですがすごく良くデザインされていて、PCでもスマホ・タブレットでも快適に閲覧できるように作られています。回線速度に余裕があれば、作業用BGMにもおすすめ。

前奏曲とフーガ ハ短調(平均律クラヴィーア曲集第1巻)BWV847
http://allofbach.com/en/bwv/bwv-847/

チェンバロ独奏曲。日本を代表するチェンバロ奏者の鈴木優人さんがゲストとして出演しています。収録されている曲はほんとに大小さまざまで、同じ1曲でも2時間半以上ある曲もあれば、この曲のように3分半くらい曲もある。「INTERVIEW」のほうに掲載されている演奏者本人による解説動画では、日本語で解説されているので、そちらもぜひ!

管弦楽組曲 第1番 ハ長調 BWV1066
http://allofbach.com/en/bwv/bwv-1066/

舞曲ならではの生き生きとしたドライブ感が楽しい、これからの季節にぴったりの曲。7曲の小曲からなる20分ちょっとの作品です。動画を見て分かる通り、実はオランダ・バッハ協会管弦楽団のコンサートマスターはまだ若い日本人のヴァイオリニストで、佐藤俊介さんという方です。なんだか国際色豊かな演奏団体なのですね。佐藤さんはこの曲に限らず、AoB掲載曲のあらゆる場面で活躍されています。

協奏曲第5番 ニ短調 BWV596
http://allofbach.com/en/bwv/bwv-596/

もともとはヴィヴァルディの曲をバッハがオルガン独奏用に編曲した曲です。あまり有名な曲ではないため、お店でCDを探すのはすごく苦労するのですが、こういうのとかもあったりして。私は一昨年くらいにこの曲にめちゃくちゃハマり、ずうっと聴いていました。「グラーヴェ」の瞑想するような幻想的なパートも好きだし、そのあとに来るフーガがまた劇的!

神の時こそいと良き時 BWV106
http://allofbach.com/en/bwv/bwv-106/

教会カンタータもたくさんあってどれかというのは難しいのですが、死というテーマを前にした厳粛さとどこか素朴で牧歌的な雰囲気が心地よいこの曲はどうでしょう。冒頭のリコーダーがものすごく美しいです。特に好きなのは5曲目の"Es ist der alte Bund"で、合唱が「これは古き契約…人間よ、死ぬべきである!」と繰り返す呪術的なフーガに対して、ソプラノが「そうだ!来い!来い!」と歌うめちゃくちゃパンクな曲です。

トリオ・ソナタ第3番 ニ短調 BWV527
http://allofbach.com/en/bwv/bwv-527/

今日3月10日の更新分で追加された曲です。というか、これが来たので急にnoteにこの記事を書こうと思い立った。すごく好きな曲なんです。第三楽章なんかはオルガン独奏曲でありながらほとんど完璧なダンスミュージックで、左手と右手が交互に同じフレーズを弾きながら、足は淡々とリズムを刻んでいる。バッハが作ったオルガン曲のなかでも特に美しい曲だと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?