見出し画像

テクノと私(2):「ジュリアナ」が好き

前回からの続き

急に漫画の話をするんですけど、『魔法陣グルグル』という作品がありますよね(再アニメ化するというニュースを聞いてびっくりした)。あの作者の衛藤ヒロユキさんが、グルグルのファンブックである『魔法陣グルグルランド』(1993)という本において、「ジュリアナ東京でかかっているような音楽が好き」と言って、複数のページにわたって延々とテクノやハウスのネタを描いておられます。すごいんですよこれ。「月刊少年ガンガン」を読んでいるような少年たちに向かって…。正直なところ、私はこの影響をかなり受けています。

カラーページでは、衛藤先生の自宅スタジオが紹介されていて、所狭しと並ぶシンセサイザー、なかにはTR-909やMinimoogの写真もある

当時これを読んだときに、テレビで耳にしたあの音楽と頭のなかで初めて繋がって、ピーンと来たわけです。そして、こういう類の音楽…シンセサイザーを使ったダンスミュージックを「テクノ」や「ハウス」と呼ぶのだということを知ったのでした。

なんとファンタジーRPG風ディスクガイドもついている!
誰向けの企画なんだ!

▽ ▽ ▽

で中学生の私は、さっそく駅前のレンタルCDショップに行って、ここで紹介されているような曲が収録されているCDを借りてきました。それがエイベックスが出していたコンピレーションCDシリーズ「テクノ・ハウス・レボリューション」の1作目。

これかー!

ジュリアナ東京というのをまったく説明なしに書いているのがだんだん不安になってきました…。1991年から1994年まで東京の芝浦にあった有名なディスコです。と言っても、書いてきたとおり、私も小中学生だったので直接的にはなにも知らなくて、なんとなくのイメージでしか分かりません。要するに、こういうような曲がディスコでかかっていて、そのカルチャー自体(バブリーな内装やお立ち台のお姉さんや煽情的な音楽が混然一体となって)がテレビで取り上げられるようなムーブメントになっていた時代があったのです。

いくつか好きだった曲を貼りますね。

0:50からひたすら同じ部分の繰り返し!何度も何度も何度も
こういうのが大好きだった

無慈悲なパートとエモーショナルなパートが交互に襲ってくる
当時は知らなかったけどPVチョーかっこいいね

行きつけのレンタルショップにはこのコンピCDが第4弾まで揃っていて、カセットテープにダビングしては毎日毎日聞いていました。当時、友達もそれなりにいて、ゲーム音楽のCDを貸し借りすることはありましたが、こういう音楽の話が通じる友達は一人もいなかった。この感動をどこにもアウトプットできずに、ラジカセに向かい合って、自分のなかでぐるぐるとひたすら循環させていたのです。危険です。

こういった音楽のどんなところが好きだったのかを今になって考えてみるんですが、ただ聴いたこともないような変な音の同じフレーズが、延々と繰り返しているのが気持ち良かった。単純にカッコいいと思ったし、言語化できるメッセージを一切含んでいない、何も伝えてこないところも良かった。衛藤ヒロユキ先生が「脳の普段使っていないところまで気持ちよくなる音楽」と表現していましたが、まさにそうだと思ったものです。

▽ ▽ ▽

インターネットがなくても、友達の誰とも話が合わなくても、幸い、自分の求めるテクノへはほかにもいくつかのルートがありました。

ひとつは、以前からも親しんでいたゲームミュージック。当時、ナムコのアーケードゲーム「リッジレーサー」シリーズで、細江慎治さんや佐宗綾子さんといった方々がいち早くゲームミュージックにテクノを取り入れていました。「リッジレーサー2」(1994)のサントラは、そのころにひたすら聴いていた「ゲームのジュリアナ」です。

例によってゲームはプレイしたことがない(ゲーセンに行かないから)
本当に音楽にしか興味がなかったのだ…
後にこの細江さんと共演できる日が来るのはまた別の話

もうひとつは、深夜のラジオ。新聞のラテ欄にダンスミュージックを扱っている番組がないか探したのがきっかけだったと思うんだけど、FMヨコハマだかで「ダンシング・グルーヴ」という深夜番組があって、そのなかでちょっとだけジュリアナ系のテクノを取り上げていたのです。

でもほとんどは歌もののポップス。そのなかで、好きな曲がかかったときのエアチェックのカセットだけを編集して、ベスト盤みたいなものを作っていました。たぶん音楽好きな子はみんな似たようなことをやっていた時代。

ジュリアナ東京といえばジョン・ロビンソン!
ダサイ!でも一回りも二回りもしてカッコ良…いや、うーん!

Metal Minded Maniacsとか大好きでしたよ
この曲は現存する自作エアチェックテープの中の最古の曲かもしれない

95年にもなると、ユーロビートのようなメロディのはっきりした分かりやすいダンスミュージックものがポップスなどにも浸透してきて、一大ブームになりました(安室ちゃんとかね)。同時に、1~2小節くらいの短いフレーズがしつこいくらい繰り返される、あのアクの強いジュリアナ風のテクノは一気に収束していきます。

しかし、そんなのは言ってみれば表層の出来事だった。実は私が知らなかっただけで、テクノはもっともっと底の深ーい沼なのでした。1996年、高校生になった私はさらにハマってゆきます。

テクノと私(3):「ケンイシイ」が好き につづきます)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?