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【映画】ダンケルク

9月9日、公開初日のクリストファー・ノーラン監督による『ダンケルク(Dunkirk)』を観てきたのでネタバレなしの感想を残しておきます。といっても原作が史実なので、ストーリー的なネタバレ要素があるとしたら、登場人物の誰が死んで誰が生き残るかくらいのもの。むしろ、作中の説明がものすごく少ないために事前に予習が必要なほどで、一応は1940年ダンケルクの戦いで起こったダイナモ作戦の概要くらいは知ってから観に行くことをおすすめします(私は知りませんでした)。

ミニマルな地獄

とにかく戦場で起きるあらゆる地獄が手を変え品を変え、ミニマルに繰り返される悪い夢のような映画でした。先に言っておくと戦争映画でありがちな流血や人体欠損のような意味でのグロさはまったくなく、その点では全然大丈夫なのですが、追い詰められる恐怖というか。

また音響が特徴的で、音楽ともSEとも言えない不協和音が作品全体を支配していて、心臓の鼓動や時計の秒針のようなドコドコドコドコという徐々に加速するビートに追い立てられる演出が延々と繰り替えされます(というか、ほぼその集合でできています)。これは映画館の音響ならではのやつです。

映像は全体的に青みがかっており、『インセプション』の夢空間、あるいは『インターステラー』の銀河系外惑星を思わせるような非現実感がある。戦場をこんな風に例えるのはおかしいけれども、映像はめちゃくちゃ美しいです。

3つのレイヤー

この作品におけるノーラン流の仕掛けで最も顕著なのは、3つの視点での異なるタイムスパンがレイヤー状に重なっているという点です。防波堤の兵士の視点での1週間、徴用された民間船の船員の視点の1日、空軍の戦闘機乗りの視点での1時間。映画はこれらのカットが激しく入れ替わりながら進行するため、頻繁に時系列が逆行します。

相対的に、戦闘機乗り視点が最も濃密に描かれ、防波堤の兵士はシーンが飛び飛びになる。ノーラン映画を観ていて(私には)必ずあることなのですが、途中あまりにも話の筋が見えなくなって、もしかして自分はものすごくあほなのでは?と不安になる感じのやつが今回もあります。ノーランのいやらしいところは、こういう道中の視聴者のストーリー理解曲線が混乱するような仕掛けをおそらくは全部計算ずくでやっていて、最後はちゃんと全部拾って誰にでも何となく理解できるようになっているところですね。性格悪い!

『メメント』や『インセプション』ほど複雑ではないものの、このあたりの仕掛けは、一度観たあと頭の中で各キャラクターの行動を整理してもう一度観たいと思わせる謎解き要素のひとつかもしれません。

描かれなかったもの

本作の特長は、むしろ作中で「描かれなかった」ものにこそあるような気がします。家族との愛や友情、同じ人間としての敵兵の姿、全体の戦況や司令官の決断…つまり一般的な戦争映画にありそうな要素が全然ないのです。

でもこれってつまりは、「まったくわけがわからないまま最悪のシチュエーションに放り込まれた兵士」の戦場における視点の再現なのですね。戦場を経験したことがない自分にとって、夢の中の世界のように思われるのはそのせいかもしれない。前後の脈略なくポーンと放り込まれて、3つの視点が飛び飛びで再生される。

尺にして2時間ない映画ですが、観に行くなら気力体力があるときにぜひ!


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